バーチャル・ロマンス【デジタル・メモリーズシリーズ】

ソコニ

第1話 バーチャル・ロマンス

第1章:仮想世界での出会いと成長


「Second Life 2.0」のログイン画面で、山田健一は深いため息をついた。28歳、システムエンジニア。現実世界での人間関係に疲れ、このVR空間に逃げ込むようになって3ヶ月が経っていた。


アバターの「Ken」は、現実の彼とは異なり、颯爽とした銀髪のキャラクターだ。仮想世界では誰もが理想の姿を選べる。それが魅力であり、同時に危うさでもあった。


「おはようございます、Ken様」


ログインすると、いつものNPCたちが挨拶をしてくる。しかし今日は様子が違った。広場の中央で、青い髪のアバターが七色の蝶を操っていた。その幻想的な光景に、思わず足を止める。


「すごい...」


思わず漏れた言葉に、青髪のアバターが振り向いた。


「ありがとうございます。『蝶の舞』というスキルなんです」


「Yumi」という名のアバターは、現実世界で小学校教師をしているという。VRの世界では、デジタルアーティストとして活動していた。


「現実の子供たちに、想像力の大切さを教えたくて」


彼女の言葉には、現実とバーチャルを繋ごうとする意志が感じられた。それは単なる現実逃避として、この世界に入り込んでいた健一には、まぶしいほどの熱量だった。


それから、二人は毎日のように会うようになった。Yumiは健一に創造の楽しさを、健一はYumiにプログラミングの基礎を教えた。時には他のプレイヤーと冒険に出かけ、時には二人きりで星空を眺めながら語り合った。


「Ken、私ね、このバーチャルな出会いも、きっと運命だと思うの」


ある夜、満天の星空の下で、Yumiがそうつぶやいた。


「僕もそう思う。でも...」


健一は言葉を濁した。この世界での自分は、理想化された姿だ。現実の自分を、彼女は受け入れてくれるだろうか。


「私たち、実際に会ってみない?」


突然のYumiの提案に、健一は戸惑いを覚えた。しかし、彼女の真摯な眼差しに、小さく頷いていた。



第2章:現実世界での再会と葛藤


待ち合わせ場所は、東京駅の丸の内口。健一は何度も鏡で自分の姿を確認した。短く刈り込んだ黒髪、角縁の眼鏡、少し猫背の姿。バーチャル世界の「Ken」からは程遠い、普通のサラリーマンの姿。


「山田さん...ですか?」


声をかけられて振り返ると、そこには小柄な女性が立っていた。黒いストレートの髪、優しそうな目元。バーチャル世界のYumiとは全く異なる姿だった。


「鈴木由美です」


二人は近くのカフェに入った。最初は気まずい沈黙が続いた。バーチャル世界での自然な会話が、ここではうまく成立しない。


「やっぱり、違和感がありますよね」


由美が静かに言った。健一は黙ってコーヒーカップを見つめた。


「でも、それは当たり前のことかもしれません」


由美は続けた。


「私たちは、理想の姿で出会った。でも、それは私たちの一部に過ぎないんです」


その言葉に、健一は顔を上げた。由美の表情には、バーチャル世界のYumiと同じ、真摯な輝きがあった。


「私は、山田さんの優しさや、物事を深く考える姿勢に惹かれたんです。それはアバターの姿かたちじゃない」


健一は、胸が熱くなるのを感じた。確かに、バーチャル世界での二人の関係は、見た目だけで成り立っていたわけではない。


「鈴木さん...由美さん」


健一は勇気を出して言った。


「僕も、由美さんの情熱や、子供たちのことを考える優しさに、心を打たれていました」


二人は、徐々に会話を重ねていった。現実の自分たちについて、仕事のこと、家族のこと。バーチャル世界では話さなかった、等身大の物語を共有していく。


「私たち、二つの世界で出会い直せたのかもしれませんね」


夕暮れ時、由美がそう言った時、健一は初めて心から笑顔になれた。


それから一週間後、二人は再びSecond Life 2.0で会った。しかし今度は、それぞれの等身大の自分を知った上での再会だった。


「ねぇ、Ken」


Yumiが言った。


「私たち、リアルでもバーチャルでも、きっと出会えたと思う」


健一は頷いた。二つの世界は、決して別々のものではない。それは、一人の人間の異なる側面を映し出す、鏡のようなものだった。


都会の喧騒の中、スマートフォンの画面に新しいメッセージが届く。


『今度の週末、現実でデートしませんか?その後、バーチャルな星空を見に行きましょう』


健一は微笑みながら、返信を打った。

(完)

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