僕の密かな計画

ORCHID

第1話 

 花畑は眺めているだけでいい。

 一度足を踏み入れると、花畑の美しさを失ってしまう。入るときも出る時も、花を潰してしまうからだ。

 ずっと、そう思っていた。

 

 僕は今日もスープに使うキノコを採りに森へとやってきた。

 物心ついた時から、僕はこの森で祖母と二人っきりで住んでいた。祖母曰く、両親は僕が幼い頃に他界してしまったそうだ。

 両親の記憶はほとんどない。死因も外見も、性格さえ知らない。だが、祖母はよく「お前を本当に愛していた」と、どこか懐かしそうに両親の話をしてくれる。

 祖母は僕の親代わりだった。この森のことを全て教えてくれた。

 複雑でややこしい道も僕はすぐに覚えた。「邪の森」と言われている不吉な名を持つこの森は、入ったら間違いなく迷うと言われている。

 それに運が悪ければ、クマなどに遭遇することもある。……僕の今の目標はクマと友達になることだ。

 なぜなら、僕には友達がいない。

 そう、祖母以外の人間を知らない。

 祖母との会話は飽きないが、時々、同世代の子とも話してみたいと思う。クマとは会話出来ないが、遊び相手ぐらいにはなってくれるだろう。

 …………なんで僕は森なんかに住んでいるんだ?

 キノコを籠に入れながら、そんなことを思う。

 最近よくそんなことを考える。もう十四歳だ。そろそろ外の世界を知りたい。

 煌びやかな場所で生活したいとは思わないが、この森から出てみたいと思う時もある。

 だって、暇なんだもん。

 こんなキノコ生活、早くやめたい。

 

「今日のスープはいつものスープ~♪ キノコってぶっちゃけどんな栄養があるんだ~~♪ ああ~、今日も新鮮な空気はうまいな~~♪」


 僕は呑気に歌いながら、家へと戻る。

 なかなか酷い歌だが、思いのままに歌うのは気持ちいい。それに、誰も聞いていないから、歌いたい放題だ。

 いつも通り、色とりどりの花が沢山植わっている花畑の隣を通り過ぎる。

 その時、小さな違和感を抱いた。

 ……なんだ?

 僕は立ち止り、目を凝らして花畑を見る。特に、荒らされた様子はない。誰かが足を踏み入れた跡があるわけでもないのに、「誰かいる」と思った。

 動物ではない。人間だ。僕はそう確信していた。


「誰かいるのかい?」


 できるだけ相手を怯えさせないようにと、柔らかな口調で話しかけた。

 不思議なことに、僕に恐怖という感情はなかった。むしろ、僕と祖母以外の人間と出会えたことに対しての喜びの感情の方が勝っていた。

 僕は目を細めて、「誰かいる」場所を必死に見つめた。花畑の遠くの方でモソモソと動きがある。そこだけ、花が潰されている。それ以外はいつもと変わらぬ花畑なのだ。

 …………僕もこの花畑に入った方がいいのだろうか。

 そんな気持ちが心の中に浮かぶ。

 花畑を壊してしまうぐらいなら、眺めていたほうがいい。……好奇心にも負けそうだ。


「大丈夫~~!?」


 僕は大きな声で叫んだ。

 腹の底から声を出した。ここまで声を張れば、流石に反応しくれるだろうと期待して……。

 結果は、効果なし。

 悲しきかな、何も状況は変わらなかった。

 …………ここで突っ立っているだけでは、何も変わりやしない。

 世界を変えるには、行動しなければならない。このキノコ生活を破壊するには、僕は花畑へと足を踏み入れなければならない。

 僕はその場にキノコがたんまり入った籠を置き、ゆっくりと深呼吸をした。

 そして、一歩、花畑へと足を踏み入れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の密かな計画 ORCHID @___raran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画