アクアリウム
青切
アクアリウム
高校の古ぼけた体育館で行われていた部活動紹介で、文芸部の部長が壇上に上がると、だれていた場の空気が引き締まった。テレビなどでしかお目にかかれないレベルの美人を前にして、みな、緊張したようだった。体育館には女子生徒しかいなかったが、そんなことは関係なかった。
部長は、淡々と文芸部のあらましについて話した。歴史のある部で、著名な作家を何人か輩出し、高校生向けのコンクールでも入賞者を多数出しているとのことだった。
深い理由もなく、私は文芸部に入ろうと思っていたが、そんなすごい実績のある部活だとは知らず、すこし尻込みしていると、入部希望者が多い場合は試験を行うという、部長の説明が耳に入ってきた。
文芸部に入るために、この学校を選んだ子も何人かいることを後から知った。
空き教室いっぱいに集まった入部希望者に課せられた試験は、小論文だった。「女の顔」というテーマだったので、私は三島由紀夫の『文章読本』とからめて書いた。
数日後、一年生の下駄箱前の掲示板に、合格者のなまえが張られていた。そこに私のなまえはあった。
私がほっとしたのも束の間、備考欄を読むと、二次試験があり、今度は面接とのことだった。
掲示板の前で、めんどうなことになったなと私は思った。
部室のドアを三回ノックすると、返事があったので、中に入った。室内の両壁には本棚が置かれており、色とりどりの本が収められていた。あと、目につくものと言えば、観葉植物くらいであった。
部屋の中央では、例の部長が椅子に坐り、値踏みするような視線を私に向けていた。「どうぞ」と彼女が手を差し出したので、私は、彼女の前に置かれていた椅子に腰を下ろした。
新入生の面接のため、きょうの部活は休みとのことで、室内には部長以外、だれもいなかった。
私が簡単な自己紹介をしたのち、部長は根掘り葉掘り、私についてたずねてきた。文芸に関係のない話ばかりなので、私がいぶかしがると、彼女はそれに気がついたのか、微笑したのち、次のように言った。
「毎日、狭い部室で一緒に活動するわけでしょう? 部室の空気を乱す人を入れるわけにはいかないのよ」
この言葉を聞き、ああ、私は落ちたと思った。
しばらくの静寂の後、「わかる?」と部長から聞かれたので、私は、「わかります」とだけ答えた。
また、数日後、掲示板をのぞいてみると、私は面接も受かっていた。私の隣では、いかにも文学少女といった感じの小柄な女の子が、ひとり静かに泣いていた。落ちたのだろう。
その日の放課後、私は教室に残り、書き終えた入部届を前に逡巡していた。あの部室と部長の雰囲気がどうも気になって、すなおにそのまま入部する気にはなれないでいた。
そうしていると、教室に小さなざわめきが起きた。私が顔をあげると、そこには部長がいて、私にやや不機嫌な顔を見せていた。
「早く部室に来てくれなければ困るじゃない。まさか、いまさら、入部する気がないなんて言わないでしょうね」
言いながら、机の上の入部届を手に取ると、「あら。書いてあるじゃない。担任に提出するには、私のサインがいるのよ。さあ、いきましょう」と部長は私を急かした。
私は言われるまま、彼女のあとについていった。
「いい。中に入ったら、物音を立てるのは最小限にしてね。みんな、本を読んだり、文章を書いたりしているのだから」
私に注意したのち、部長は部室のドアを静かに開けた。
中では、長机がロの字型に組まれていて、本を読んでいる人、ノートパソコンとにらめっこをしている人たちが十名ほどいた。何人かが私を一瞥してから、すぐに視線をもとに戻した。
「部活は来週から参加してもらうわ。いろいろとルールがあるから、それをおぼえてもらわなければね。むずかしいのは、お茶くみくらいよ……」
私は部長の話を聞きながら、部屋の様子を見ていた。
本棚と長机、それに観葉植物の位置。坐っている部員の雰囲気。窓から注ぎ込んでいる日差し。ときおり響く、本をめくる音とキーボードを叩く音。すべてが絡み合い、不気味なほどに調和が取れていた。
「なにか気になるの?」
私の様子を不審に思ったのか、部長がたずねてきた。それに対して、私は恐るおそる言った。
「いえ、私、場ちがいじゃないかなって思っただけです。この部室の調和を乱すんじゃないかって」
すると、部長が微笑を浮かべて、「そうかもしれないわ。でもね、完全な調和なんてものはないのよ。それは死だけだわ……」とむずかしいことを言った。
私はその言葉を聞いて、入部したてだったが、いますぐにでも退部したくなった。どうしたら、退部できるのだろうかと思いつつ、「きょうはもういいわ」と言われたので、部長がサインした入部届を受け取って、部室を後にした。
アクアリウム 青切 @aogiri
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