カラダがピース~ジグソー好きの末路~

比呂田周

 

「事実は小説より奇なり」なんてことをいうが、さすがにこれは事実ではありえないだろう、という出来事がデザイナーの山崎の身に起きた。


 山崎が「それ」に気付いたのは、彼が勤めるデザイン会社「クエスト」に出勤した朝9時5分前のこと。このデザイン会社は山崎と、デザイン学校で同期だった田中が共同で運営していて、今年で10年目。山崎はいつも田中よりも1分でも早く出勤するのをひそかに目標にしていた。


 が、その朝、田中はすでに山崎よりも先に出勤していた。

 その小柄ながらちょっと神経質な姿をすぐに視界にとらえることは出来なかったが、フロアの奥にある六畳間に、彼は存在していたのだ。


 異変にはすぐに気付いた。山崎が出勤後すぐ、ドアの横のタイムカードを押すと、タイムカードを入れる細長い棚のひとつ上におさまっている田中のタイムカードに、6時2分の刻印があるのを見つけたからだ。

「あいつ早いな!またアレか?早朝の」

山崎は田中の変な癖を思い浮かべて笑った。彼は大のジグソーパズルのファンで、このオフィスに少し家賃を多めに払って和室を設けたのはそのためだ。畳の部屋に何千ピースものジグソーパズルを広げて、気分転換にそれに挑む。

 時には、朝早く出勤して来て、仕事の前にジグソーと「会話」しているのだ。


 だが、その朝田中の姿は仕事場にも、奥の和室にもなかった。

 最初、コンビニかどこかに買い物に行ってるのかな?と思ったが、すぐに違うとわかった。山崎は、なぜか田中が社内に「居る!」と感じとっていたからだ。

 彼がそろりそろりと奥まで歩いて行くと、和室には、まだ手をつけてなさそうなジグソーパズルが無造作に散らばっている。

「おい、田中!居るんだろ?」

山崎はジグソーパズルの方に呼びかけてみた。そんなわけがないと思いながら、なぜか確信めいたものを感じ取ったのだ。

「まさか……?まさかな」山崎の予感は当たった。

 そう、確かに田中はそこに居た。

 驚くべきことに、畳に散らばった何千ピースものジグソーパズルの1つ1つに、田中の姿がバラバラになってプリントされていたのだ。

 山崎は声を失った。「い、一体これは・・・・・・?」

 ジグソーパズルのピースには、田中の細い目や、薄い唇や、ちょろっと無精ひげが生えたアゴや、カッターを器用に操るしなやかな指先や、陸上部で鍛えたという足などの写真がプリントされている。それらはまさにあちこちにランダムに散らばっていて、さながらそこは「バラバラ殺人事件」の現場のようにも思えた。


「おう、山崎か。おはよう!」 山崎の姿に気付いた田中の声が、奥の方から聞こえた。いくつかに分かれた彼の唇が一斉に動いて、馴染み深い、そしてのんびりとした声が数カ所から聞こえたのだ。

「おはようじゃないよ!おまえ一体これ、どうなってんだよっ!」

「いやあ、面目ない。どうやら俺、ジグソーパズルが好きすぎたせいか、自分自身がジグソーパズルになっちゃったみたいなんだ」

「ハアアア?そんなわけあるかよっ!」


 山崎はつい大声を出したが、田中の姿がバラバラのピースになって目の前にあるのは現実なので、受け入れるしかない。

 「実はさ、朝6時に出社して、買ったばかりのジグソーパズルをやろうと思ったんだよ。で、この和室に上がったら何かにつまずいて、その瞬間バラッと俺の体が崩れた感覚があった。ハッと気づいたらこれだよ」

 「そんなアホな!いくらジグソーが好きだからって、自分がそれになってどうするんだ!おまえがジグソーになっちゃったら、誰がこれを組むんだよ」

「いや、すまんが、こうなってしまった以上、おまえが俺のジグソーを完成させてくれ。完成すると、元の俺に戻れるような気がするんだ」

「な、何を言ってんだよ!俺、おまえと違ってこれ苦手だし、目も悪いし、腰も悪いから無理だよ!それに、今日の分の仕事もあるし」

「そういうなよぉ~、俺も手伝うからさ」

田中は心底困った声を出している。

「手伝うって、どうやってだよ!その姿じゃ何も出来んだろ?」

「それぞれのピースが何なのか、俺にはわかるんだ。言ってくれればどこどこに置けって指示が出来るよ。だから頼む!」

田中をこのまま放置してはおけないので、山崎はシブシブ和室に上がった。

「本来は外側から組むのがセオリーなんだが、まずは俺の上半身の方から作ってくれ。そしたら俺も自分の体を探しやすくなるだろうし」

「しょうがね~なあ!」


 ということで、山崎はまずは得意先に電話をして、自分の分と田中の分の仕事の納期をギリギリまで伸ばしてもらった。そして畳に座ると、目の前にある「田中ジグソーパズル」に向き合った。

「ハア~ッ、こりゃ大変だぞぉ。おまえバラバラになってるけど、痛くはないのか?」

「別に痛くはないけど、思うように動けないからストレス溜まるわ。おまえが来るまで3時間ほどずーっと天井見てたし」

田中は人類で初めて、生きたままジグソーパズルになった感想を述べた。

確かにそうなんだろうな、と山崎は思った。自分がもし同じ立場だったら、一瞬で気が狂いそうな気がした。

「ま、ジグソーの気持ちがわかって、ちょっと嬉しくもあるんだけどさ」と、田中は呑気にいう。どこか嬉しそうでもある。

「おまえ、マジで変態かよ!」山崎はちょっと笑った。『田中らしいわ』と思った。


 田中のジグソーパズルは、まず、すぐに目に飛び込んできた口から組み始めた。上唇、下唇、そして右端の唇の3つのパーツがあり、数分かけて3つとも探し出した。3つのパーツをくっつけてみると、馴染みのある田中の唇が出来上がった。

 田中の唇がパクパク動いている。バラバラのくせに、やけにつやつやしている。

「手始めに口を組んでくれたか。これで何か食べることが出来そうだ。俺、今朝出勤する時に魚肉ソーセージ買ったんだけど、食わせてくれないか?」と、唇がいう。

 「俺が?」

 「うん、だって朝から何も食ってないからさあ」

 「食わせるのはいいけど、体はバラバラに散らばってるのに、ちゃんと飲み込んだり消化できるのか?どういう仕組みになってるかわからんが」

 山崎が尋ねると、田中は「大丈夫。こう見えても全部しっかりつながってるんで」という。まあ、確かにつながってるからこそ生きているんだろうけども。


 山崎は畳の上にあるレジ袋から魚肉ソーセージを取り出すと、今組み立てた唇をソーセージでツンツンと突いた。

 「ン、ありがとう」

 唇はそう動くと、山崎が手に持つソーセージを口に招き入れていく。

 山崎の手の中のソーセージがどんどん短くなり、ついには消えてしまった。

 「あ~ありがとう。とりあえず満足したよ。ホントは五目あんかけ焼きそばも買ってるんだが、それは我慢しとく」

 「当たり前だ!あんなドロッと重い、水分多い食い物が食えるかよ、今の状態で」

 山崎は田中の唇のピースをピンッ!と指で弾いて、次のパーツを探し始めた。

 

 唇の次は、さっき見つけた下あごに手を伸ばした。パーツの表面から田中の無精ひげが突き出していて、ちょっと不気味だ。下あごの次は、首のあたりと思われるパーツがいくつかそばにあったので、拾って繋げた。そこで山崎はふと思った。

 「あのさあ、このジグソーパズル、一体何ピースあるんだ?」

 「さあ、わからんけど、多分俺の体全部が入るのと、そのまわりの余白が上下左右数センチずつあるとして、大体3000ピース弱くらいかな?」

 「さ、サンゼン~っ?……それ、多いのか?」

 「ほら、そこの壁にいくつかかかってるだろ?俺が過去に作ったパズルがさ。それらが大体3000ピースだよ。通常だと60時間はかかるといわれている。かなりやりがいを感じられる数字だね。まあ、頑張ってくれ」

 「気軽にいうな!60時間って、3日弱じゃないかっ!」

 「まあまあ、ジグソーマニアの俺が途中から手伝うからさ」


 数十分経ち、ようやく田中の顔下半分と、あごの下から鎖骨の上ぐらいまでが出来上がって来た。当初、「こいつ、もしかして全裸なのでは?」などとイヤな予感がしたのだが、田中がよく着ている紺のダンガリーシャツと、黒のジーンズらしきパーツを確認して安心した。

 そして、田中の目の一部が見つかったので、とりあえずその場所あたりに置いた。だが、まだ鼻とその周辺が見つからない。

 そう思って奥の方に手を伸ばすと、田中が何か叫び始めた。

 「おいっ!やめろよっ!臭い臭い臭いっ!」

 「な、何が臭いんだ?」

 「なんか急にめちゃめちゃ臭くなったんだよ、おまえが動いた直後から・・・・・・これはおまえの足の臭いだな?」

 そう言われて自分の足の先を見ると、田中の鼻の穴のピースが見えた。なるほど、足の裏が直接奴の鼻を刺激しているらしい。

 「こりゃスマンな。昨日風呂に入らなかったもんでな」

 「これ、一日や二日の臭いじゃないだろ!おまえの足の臭さはデザイン業界でも有名なんだよ!あ~っ、死ぬかと思った」

 「うるせーなこいつ!このままほっとくぞ!」 山崎はイラッとして手に持ったパーツを投げようとした。

 「あ~っ、ごめんごめん!ちょっと言い過ぎました。頼む!早く元に戻してくれ」

 「じゃあゴチャゴチャ言わずに、足の臭いぐらいガマンしとけ!」


 普段から歯に衣着せぬ発言が時折癇に障る田中のその性格は、ジグソーパズルになっても改善されることがなく、それどころかますますワガママになっている。そんな彼の要求に必死で耐えながら、得意ではないパズルに四苦八苦する山崎。

 『こいつ、元に戻ったらコンビ解消してやろうかな。いくらこんなひどい目に遭ったからって、ワガママすぎる。そこまで行かなくとも、高級ステーキぐらい奢らせなきゃ気が済まんわ』などと頭で考えながら、ひたすらパーツを探し、田中の再現に向き合っている。


 ジグソーに慣れていない山崎だったが、田中の体という特徴を捉えることによって思ったよりスムーズに作業は進んだ。5時間も経つと、だんだん田中の全貌が見えてきた。頭の方は大分出来上がり、胸や腕も見えてきている。それぞれのパーツが左右どっちに付くのか迷った時は、本人に見せるとわかるようになったのも功を奏した。

 作り始めてから10時間程で、とうとう田中の体がほぼ出来上がって来た。あとは彼のまわりにある白い余白を作れればちょうど全体が長方形となり、そこから田中がムクッと起き上がるような気がする。ただ気がするだけで、ずーっとそのまんま「平面田中」の可能性もあるが、その時は見世物にでもして金儲けしよう……などとちょっと考えつつ、山崎は白いパーツを集めてははめこんでいく。

 田中の方は待ちくたびれて山崎に協力もせず、途中からグーグー寝てしまった。

 そんな寝顔を見ていると、時々バーッとひっくり返して、もとのバラバラの状態に戻してやろうかと思うが、損をするのは自分なので、必死にこらえた。


 取り掛かってから実に15時間。気付けば窓の外はすっかり真夜中になっている。途中で腹ごしらえなどをしながら、ようやく難しい余白も埋まり、長方形の田中のジグソーパズルが完成しようとしていた。

 が、ここで全体を見回して山崎はギョッとした。まだ入っていないパーツが十数個残っているのだ。ほとんどはめこんで、もう隙間は無いはずなのに、これは一体何のパーツなんだ?

 よく見ると、それは赤黒い色をしており、ちょっと血生臭い。そしてそれぞれがドクンドクン動いているではないか。

 「こんなもん、あいつの体にあったっけ?」

だが、じーっと見ていてわかった。

「こ、これは心臓だ!」

 何と、田中の心臓のパーツだけが体から離れてドクンドクンと脈打っているのだ。山崎はあわてて田中の体をドンドンと叩いた。

 「おいっ、起きろ田中!えらいことになったぞ、これを見ろ!」

 「なんだよ・・・・・・ン?」

 「おまえの心臓が、体から離れてるらしいんだ!」

 「ええーっ!どういうことだよっ。そんなこと、ありえるのか?」

 あまりの事態に、田中は目を回している。そりゃそうだろう。ジグソーパズルに余分なパーツがあるだけでも焦るのに、心臓が別個になってるなんて想定外だ。

 まあ、人間がジグソーになってる方がよっぽどありえないのだが。

 「どうしたらいいだろうか?」

 「そんなの俺に聴かれてもわからんよっ!」

 二次元田中は床の上でオロオロするだけだ。


 ふと、山崎はあることをひらめいた。今、田中の胸の部分には紺のシャツがプリントされたパーツで埋まっているが、このパーツを抜いてみてはどうだろう?

 本来、人間の心臓があるのは、大体胸の中央からやや左のあたりだ。

 この抜いた部分に、心臓のパーツを埋めて、その上から服のパーツをはめこんでみれば、もしかすると心臓も元の体に組み込まれるのではないか?

 そう思って胸の部分からある程度パーツを取ると、心臓のパーツを持って来て中に入れて、上からさっきの服の胸の部分を元に戻した。


 はたして、山崎の推理は見事に的中した。田中の胸にはめこんだ心臓は、上からかぶせたシャツのパーツの下で、さらに勢いよく鼓動を繰り返している。

 「どうだ、田中!俺の思った通りだぞ。心臓がちゃんと元の位置で動いてるようだ!」

 「た、確かに……おまえ天才だなあ!ありがとう!これで元に戻れそうだ」


 山崎が最後の白いピースを左端に埋め込むと、田中の全体像が完成した。

 その瞬間、ジグソー全体がピカピカ光ったかと思うと、光の中から田中が起き上がってきたのだ。それはまるで「ヴィーナスの誕生」のような神々しさがあった。

 「おおっ!田中、田中が元通りになったぞ!」

 「山崎ィ!ありがとう、本当にありがとう!助かったよ」

 田中の目から涙が溢れている。山崎も田中の手を握り、思わず抱きつこうかと思ったが、また崩れては困るので、やめておいた。

 

 こうして、山崎と田中の共同経営によるデザイン会社「クエスト」は元通りの営業を始めることが出来そうだ。

 心地よい疲労感とやりきった感動の中で山崎は感慨深くいった。

 「なんか、俺もこれだけの大作を作ることが出来て、ジグソーの面白さが少しわかった気がする。これからジグソーにハマりそうな」

 「おう、そうか!それはいい。じゃあ2人で1万ピースの大作でも作るか!」

 「さ、さすがに今は遠慮しとく。それにしてもおまえも凝りねーなあ」

 「まあな!ハッハッハッ」


 そう笑いあった瞬間、突然山崎と田中の立っている床が突然ガラガラガラと崩れた。「うわ~っ、何だ何だ?」

 大量の埃が舞う中、気が付くと山崎と田中はビルの外にいて、目の前には大量のジグソーパズルのピースが広がっている。

 それぞれのピースには、古びたビルの一部がプリントされているではないか。

 「こ、これって俺たちの会社のビルだよ!」

 田中はにわかに興奮し始めた。

 「うわ~っ、早速物凄い大物が俺たちに挑戦状をたたきつけて来たぞ。おい、山崎、早速取り掛かるか!」

 「やめてくれ~っ!やっぱり俺、ジグソーはもうこりごりだ!」


                                < 了 >

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