第8話 芥川賞⑤
涼宮ハルヒの倒し方 その①
【芥川賞をとること】
◇◇◇
質問者が次に移る。質問は「次回作の予定はありますか?」というもの。これも芥川賞会見あるあるの質問だ。春野先生は「新作はもう完成していて文芸誌にも掲載されております。今回の『林檎の輪郭』と一緒に文庫本で出版されますので、そちらのご購入をお願いします」と答える。芥川賞を受賞するような作品は、原稿用紙100枚から200枚程度の短い作品だ。一作品で文庫本にすると内容がぎっしりでも見た目は薄っぺらになってしまう。文章以外の視覚情報というのは重要で、見た目が悪いと文章の説得力まで失われてしまうのだ。それを防ぐために何作品かをまとめて本にして出版するのはよくあることだった。
乙骨抹茶乙は(春野先生の次回作も気になるわね、買おうかしら)と考えながら「次回作はライトノベルになるわね。賞を頂いたのに、純文学に還元することができないのは申し訳ないわ。純文学は春野先生に任せることになるわね」と答える。還元やお世話になった人への恩返しなどがコンテンツの成熟には必要不可欠であることを彼女は知っていた。純文学への還元をせずに、ライトノベルを書くというのが心残りではあった。
生配信では「Vtuberとライトノベルは相性が良いよな」というコメントが流れた。実際にVtuberを書いたラノベは存在するし、ライトノベルの広告にVtuberが起用されることがある。イラストレーターという共通点もあるのでコラボは容易だ。しかし、相性が良いというわけではなかった。Vtuberとはベタな存在であり、小説というのはメタなものだった。この二つの相性はすこぶる悪い。逆にVtuberの中の人と小説の相性はすこぶる良い。お互いにメタなものだからだ。
質問者が次に移る。質問者は「乙骨抹茶乙先生に質問です」と回答者を指名する。乙骨抹茶乙は(春野先生に失礼ね)と思う。質問は「純文学とライトノベルはどう違うのでしょうか? また違う場合、必要とする執筆の能力も異なると思います。面白いライトノベルを書く自信があるのでしょうか? わたしも記者という一物書きですので、文章のことには興味があり質問します」というもの。
乙骨抹茶乙は「難しいわね」と置き「ラノベも純文学も専門性が高くて、大衆文学とは少し異なる場所にある。その上で、ラノベはエンタメ性が強く、純文学は芸術性が強いって印象かしら」と少し自信が無さそうにラノベと純文学の違いを説明してから、やはり自分の説明にあまり納得ができなかったのか「春野先生はどう思う?」と振る。
春野先生は「あ、えっと」と慌てたあと、息を整えて「ゲームやアニメなど創作物の影響を受けているのがライトノベルで、社会や人物など現実の影響を受けているのが純文学です。その違いは明確にあります」と返す。春野先生の言うとおり、ライトノベルというのはドラクエやTRPG、エロゲー、ソシャゲ、SFブームなどに強く影響を受けていた。
乙骨抹茶乙は「さすが芥川賞作家。すばらしいわね」と置いてから「てことで記者さんに質問。Vtuberは創作物と現実のどちらに影響を受けていると思う?」とお得意の逆質問を記者にする。記者は「……申し訳ないのですが、あまりVtuberに詳しくなくて」と言う。50歳くらいの男性の記者だったので若者のエンタメについて行けていないのも仕方がない。
乙骨抹茶乙は「じゃあ、他にこたえられる人はいるかしら?」と会場を見渡す。すると春野先生がおそるおそる手を挙げる。春野先生は「娘がVtuber好きで」と置いてから「両方だと思います。Vtuberは創作物と現実の両方の影響を受けて存在している」と答えた。
乙骨抹茶乙は「そうね」と肯定し、続けて「そして、わたしはVtuberよ。両方いけるの」と最初の記者の「面白いライトノベルを書けるのか?」という質問に答えた。Vtuberだから、純文学もライトノベルも面白いものが書ける。屁理屈を捏ね通し、乙骨抹茶乙は堂々としていた。
次の記者に質問が移る。質問は「えー、お互いの作品がこういう理由で受賞したのではないかというのを一言いただけますでしょうか」というもの。つまり、春野先生は『ハルヒによろしく』の受賞理由を、乙骨抹茶乙は『林檎の輪郭』の受賞理由をお互いに言い合ってくれというもの。そんなのは選考委員に聞いてくれとしか言いようがない、小説家を困らせるかなり迷惑な質問だった。
考える様子の春野先生を見て、空気を読んで乙骨抹茶乙が先に仮面の下で口を開く。いちおう「15歳のガキが偉そうに言うことでもないけど」と置いてから「春野先生くらいの年齢の女性が政治的に透明になっているという社会批評性と当事者性、それから15歳の娘という他者性は芥川賞において高評価されると思うわね。あとは、お話が短いというのと、タイトルがカッコいいというのもあるわ」という発言する。無難な回答ではあったのだが、15歳の少女が理路整然と説明する様子に会場はざわつく。乙骨抹茶乙は春野先生を見る。
春野先生は「そうですね……」と一度言葉を詰まらせるも、声を出したことで考えがまとまったのか「そもそも15歳が純文学を書くというのだけでもすごいですからね」と置いてから「Vtuberの私小説というのは画期的ですし、インボイス制度などの導入や、フリーランス新法などによって、社会的にも個人クリエイターというのは注目されていますし小説にすることは大きな意味があったと思います。あと、これまでだけではなく、これからというのも評価に値するのではないでしょうか」と饒舌に語る。その間に、新たな理由に思い至ったのか「それから」と続けて「どちらの作品も15歳の少女というのがキーワードにありますから、それも理由の一つでしょうね。すみません。長々と」と申し訳なさそうに少しだけ背中を丸める。
嬉しいな、と乙骨抹茶乙は思う。言葉というのは貰うと嬉しい。それは芥川賞作家の言葉でも、配信に流れるコメントの一つでも同じだ。草でもWでも純粋にそう思える。芥川賞受賞に向けて小説を書き始めてからはとくにそうだ。吐き出す言葉の量に、食べる言葉の量が足りていない。
作品についての質問が続いた反動なのか、次の質問からはプライベートについての質問や、賞金で何をするかなど、当たり障りのない質問が続いた。なかでも「彼氏はいますか」という質問に、乙骨抹茶乙が「ふん。オタクみたいな質問ね。わたしはユニコーンの生態系を守る保護観察官としても活動しているの。残念だけど、その質問には答えられないわ」と答えた場面は、全く無駄な時間だった。
そんな無駄な時間も経過し、会見が終了に近づく。司会者は「最後に受賞者のお二人から一言いただきましょう」と言う。会場にいる関係者たちは、肩の力を抜く。春野先生は「このような大変名誉な賞を頂いたことは、本当にうれしいです。ひーちゃんやったよ!」とピースをする。会場は朗らかな空気に包まれた。
乙骨抹茶乙は、静かに笑った。
楽しかったし、面白かった。
しかし、純文学とはこれでサヨナラだ。
彼女はエンターテイナーだった。
仮面の下で口を開く。
「わたしのことが欲しいVtuber事務所があったら、声をかけなさい。宇宙人、未来人、超能力者、異世界人を連れて行くから、よろしくね」
ハルヒによろしく フリオ @swtkwtg
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