第7話 芥川賞④
最初の記者の質問は「お二人が作品に込めた思いを教えてください」というものだった。芥川賞の受賞会見ではあるあるの質問だ。毎回同じ記者が質問しているのだろうか。まずは、春野先生がマイクを手に取った。「えっと、わたしには15歳の娘がいて、その子の幸せを願って書きました」と言った。春野先生らしい優しさに溢れた言葉だった。芥川賞を受賞した喜びが溢れ出す同時に、少し緊張も感じられるような声色だった。
次に乙骨抹茶乙の担当編集者が、マイクを乙骨抹茶乙の口元に近づけた。マイクくらい自分で握れる。そこまで過保護になる必要はなかった。乙骨抹茶乙はマイクを取り上げてから「下世話なことは思いながら書いたけど」と置き「有名な文豪の名前は思いつくかしら?」と逆質問をした。乙骨抹茶乙の声を聞いて、コメントは盛り上がった。多くの視聴者が、声で本人だと確認できたのだ。質問を受けた記者は「……芥川龍之介でしょう」と、この場に相応しい名前を挙げる。コメント欄では各々が好きなように文豪の名前を書いた。乙骨抹茶乙の質問は続く。
「じゃあ、有名な漫画家は?」
「手塚治虫」
この質問に対しても、多くのコメントが寄せられた。インターネットの人たちは有名な文豪よりも、漫画家の方が思いついた。各々好き勝手漫画家の名前を上げていく。そこまで知名度のない漫画家ですら、インターネットの人たちの虚栄心によって名前があげられていた。乙骨抹茶乙は手元のタブレットでそのコメントを確認しながら、次の質問に移る。
「アニメは?」
「宮崎駿ですね」
記者は自分の役割に徹して、無難な回答をする。インターネットの人たちが集まったコメントのように好き勝手することはない。自我も出ず、逆張りをすることもなく、乙骨抹茶乙の言葉を引き出すのに徹する。インタビュイーの魅力的な言葉を、お金に換える。記者というのはそういう仕事だ。
「有名なラノベ作家」
「……すみません。勉強不足で」
ここでようやく記者が答えることのできない質問が出る。答えられなかった記者は申し訳なさそうにする。乙骨抹茶乙にもラノベ作家にも失礼だと頭を下げた。しかしラノベ作家の名前が出てこないのも仕方がないことだった。大衆に浸透しているラノベ作家はいないのだ。乙骨抹茶乙の思惑に反して、ラノベ作家の名前を上げるコメントもあった。チラっと乙骨抹茶乙の視界に入ったが、都合が悪いので無視をする。
「いいわよ。次は有名なライトノベルのキャラクターは言えるかしら」
「涼宮ハルヒでしょう」
「他には?」
「キリト、レム、えー、このくらいでいいですか?」
「十分よ」
ラノベ作家の名前は思い浮かべることができない記者だったが、ラノベのキャラクターの名前は思いつく。記者はハルヒ、キリト、レムをラノベのキャラクターというよりは、アニメキャラとして認識していたのだが、名前を知っていて、それがラノベのキャラだということも知っていたのは事実だ。
この質問に関しては、大量のコメントが寄せられた。ライトノベル何十年の歴史のなかでラノベキャラクターというのは多くの人に浸透した。記者があげただけでも十分だったが、ベル・クラネルや湊智花などみんなの心に残っているキャラクターの名前で氾濫した。
「ライトノベルについて考えるときに思い浮かぶ人物は、時代を切り開くような面白い作品を書いたライトノベル作家ではなく、ハルヒやレムやキリトとか、彼らが描いてきたキャラクターたちよね」
ライトノベルについて考えるときに、と言われてもここにいる記者はライトノベルについて考えたことはなかった。そんなことは乙骨抹茶乙も分かっていて言っている。記者ではなく、その向こうにいるライトノベルに興味がある人たちに訴えかけている。
「でもね、それっておかしいと思ったの。ラノベキャラよりも、もっとラノベ作家が注目されるべき。そのためにはラノベ作家が自分たちが書いた魅力的なキャラクターに勝たないといけない。この小説で書いたのは『涼宮ハルヒの倒し方』よ」
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