第2話 いつも通りと特別とー2
むろん元の世界に戻す力すら持たない私に、その彼らの意志や考えの正否を論じる権利などないのだが・・・。少なくとも、帰りたいと願う人々を送り出すよりはよほど軽い気持ちで送り出せるのだ。
「ありがとう。君たちの問いに答えさせもらう。そしてより詳しく君たちの言うところの転生について説明させてもらおう。説明した通り、私は無力だ。君たちを元の世界に帰せないし、君たちがこれから生きる世界に干渉することもできない。私は君たちにほとんど何もしてあげられない。できることと言えば、ここで君たちと少しの時間話をすることだけだ。そんな私に、君たちの生き方を強制する力もなければ、権利もない。私に出来ることはただ、誠実であることだけだ。それも決してただ、君たちへの善意だけからくるものではない。十二年に一度現れる君たちと話すこと、それだけが私にとっての積極的に行える娯楽だ。自分の知らない世界について聞き、初めて会う人間と話す。この娯楽を享受するためには、君たちの機嫌を損ねるわけにはいかないのだよ。神様などと名乗っておいて格好の悪い話ではあるが、私は決して偉そうに振舞うことなどできる立場ではないのだよ。それに君たちが早々に死んでしまっては、君たちの人生をここから眺めることもできなくなる。では使命の話に戻らせてもらおう。君たちのむかう世界には魔王と呼ばれる人間の脅威が存在するが、その人間の敵の力は決して強大ではない。君たちの先達の活躍によって魔王の軍勢の力は弱まり、人間と魔王軍の勢力の均衡は現在保たれているのだ。つまり、無理に魔王討伐をRPGのように目指さなくても生きていけるのだ。魔王を討伐した後の平和な世界ではないが、戦争中の世界でもないのだ。もちろんこれから戦争が起こり、君たちも戦いに巻き込まれる運命が待っているかもしれないが、少なくともそれは今ではないのだ。」
私は誠実に、可能な限り嘘偽りのない言葉を選んで彼らに伝えた。それだけが自分が、彼らにしてあげることのできることなのだ。
「言いたいことはわかった。それにしても神様でもゲームとか知ってるんだな、それもこれまでに来たヤツから聞いたのか?」
「その通りだよ。それだけが私の楽しみなのだ。」
「あなたの言葉はきっと誠実なんだろうな。でも結局どうしたらいいかなんてわからない。俺らは何の力もないただの子供だ。元の世界ではただ生きてるだけの守られた存在で、親やら先生やら大人に頼らなきゃ生きていけないどうしようもない存在だった。そんな何の能力も無い俺らが新しい世界でどうやって生きてきゃいいんだよ?」
「そうね、生活するにしても知恵がない、戦うにしても力がない。それが客観的に見た今の私たちだわ。」
「それでも・・・あたしにとっては大人に守られないことよりも、しがらみがないことの方がよっぽどまし。迷うまでもないわ。」
背の低い少女は、装飾品を多く身に着けた少女もそう称した通り、誰よりも肝が据わっているように見えた。帰る道がないからという消極的な理由ではなく、積極的に新しい世界で生きていく決意ができているようだった。
「君たちの不安はもっともだ。ここにただ存在する私には実感の持てないことだが、生きること、ただそれだけのことにどれほどの困難がつきまとうのかを、私は多くの人間の人生を通じてここから見てきた。」
頭の中をこれまで目にしてきた何人もの人間の人生が通り過ぎる。
「衣食住と呼ばれる最低限の生活環境を確保すること、それだけで多くの苦労を必要とされるだろう。しかしそれだけでは人間は尊厳を持って生きていくことが出来ない。他者からの信用、娯楽、家族、衣食住の豊かさ、身分、人間が求めるものを数え上げれば際限が無い。私は君たちに生活の知恵を与えることはできない。土地の耕し方、商人との交渉の仕方、火のおこし方、そういった生きるための知恵は自ら学んでいってもらうしかない。ただその一方で君たちに力を与えることはできる。これは、君たちに魔王と戦うという使命が与えられていることの影響である。与えることが出来るといっても、厳密にはそういう風な仕組みがあるというだけで、私が何かをするわけではないだがね・・・」
結局のところ、話していて悲しくなるほどに私は無力なのだ。
「それなら、結局戦う、しか選択肢はない、ということ、ではないのですか、神様?」
リーダー格の少女の絞り出した言葉は重く胸にのしかかった。
悩みながらためらいがちに絞り出された弱々しい言葉でありながら、その言葉は長年にわたって私を苦しめ続ける罪悪感という感情を強く刺激するものだった。これもいつも通りのやりとりだ。実際、これまでに私が見送った者たちもそのほとんどが、目の前の彼女らと同じく戦う道を選んだのだった。判断力も能力も未成熟な若者たち。彼らに降ってわいたように与えられた戦う力をいかす生き方、彼女たちにそれ以外にどんない生き方を望めるというのだろうか。使命に必ずしも殉ずる必要はない、という私の言葉は、彼らにとっては決して彼らの自由を意味する言葉ではない。彼らには自由に振舞えるだけの力がないのだ。
「そうなのかもしれない。実際、多くの人間が戦いの道を選んだ。」
嘘をつかないこと、聞こえの良い甘い言葉を用いないこと、それだけが私にできる唯一のことだった。
私とて、この転生の案内人という運命から抜け出せずに悠久の時を過ごしてきたのだ。
「神様が悪いわけじゃないことはわかっています。だからそんなに辛そうな顔をなさらないでください。」
困難な状況にある人間に情けをかけられる神、そんな惨めな状況。これでさえ、人間に誠実であろうとした時から何度となく経験した、いつも通りだった。
「こんな時までいい子ぶる必要ないんじゃない?神様の力が足りないせいで苦労する、それだけでしょ。色々言葉を並べ立ててはいるけど、わたしにはただ自分が嫌われたくないようにしか見えない。何百年間繰り返してきたのか知らないけど、薄っぺらな保身よ、そんなもの。」
「俺たちが無能なのも悪いけどな。俺たちに知識や能力さえあれば色々な生き方を選べるわけだし。」
「でもこの神様の話じゃ、わたしたちみたいな子供しか選ばれないらしいじゃない。 技能を元の世界で身に着けた大人を選べばいいのに、戦うにしても軍人とかを連れてきた方がよっぽどいいでしょ。駄目な人間をわざわざ選んでるようにしか思えないわ。」
「本当に申し訳ない。誰がここに来るかすら私には選べないのだ、申し訳ない。」
いつも通り、何度も繰り返された光景、心情。それでもこの苦痛に慣れることはない。そして何度繰り返そうとも、不器用に頭を下げること以外にできることが思い浮かばなかった。
髪の短い少女の言うことは耳に痛いがまったくもってその通りだ。だが私とて、思考を放棄したわけではなかった、諦めたわけではなかった。十二年ごとのこの対面の瞬間だけではなく、世界を眺めることしかできない十二年間の空白の間も常にこの問題について考えをやめることはなかった。それでも他にできることは思いつかなかった。
私はただの人形だ、神でありながら教会に奉られた神像と何のかわりもない。心や脳を持っていて自由に考えたり感じたりすることができても、あまりにも身体が制限されている。文字通りに拘束されているわけではないが、この空間に縛られた私にとってこの状態はそれと変わらない。だからしようがないのだ。私には何もできない。だがそれでも諦めずに考え続けること、それだけが私が自分を傷つけながら、不完全さを自覚し続けながらも、自身を神として、一個の生命として認め続ける方法だった。
「そんな湿っぽいくだらない話をしたってしょうがなくないか?誰が悪いかなんてどうでもいいだろ。神様がどう思ってようが、俺らには関係ねー。まぁ意地悪な神様より親切な神様の方がマシだろうけどよ。大事なことは一つだろ!俺らがどれだけ強くなって、むこうの世界に行けるかそれだけだろ?」
「たしかに魔王と戦うとかは置いておいて、戦ってお金を稼いで生きていく目途を立てられるかどうかは大事だもんね。」
威勢のいい少年に装飾品を多く身に着けた少女が同意する。
ただ優しいだけの言葉よりも、多少言葉が汚くとも、話題を変えようとしてくれる彼の言葉は救いだった。何度こういった言葉に救われ続けてきたことか、経緯の差こそあれ、彼らは若いのにもかかわらず悠久の時を生きる私に対して毎度救いの手を差し伸べてくれる。
「ありがとう。これからむかう世界の人間は十五~十八歳ほど、つまり君たちと同じくらいの年齢の時に、君たちの世界で言うところの成人をむかえ、独り立ちしていく。武力をふるう職業で言えば、軍人や傭兵、魔物と戦う冒険者も同じだ。そしてそのような職業を目指すものは一般的に、ある程度体格のできあがってくる十二、三歳頃からそれぞれ訓練を始める。もちろん個人差はあるし、生まれが良い者の多くは特別な訓練を受ける機会に恵まれる。そういうわけで生まれの良いものほど力を持つ傾向にある。君たちの身体は一般的な訓練を普通の人間の二倍、つまり十二年分ほどの訓練を受けたのと同等の筋力や魔力を持った状態で転生する。街の近隣に生息する魔物程度であれば、倒すことができるはずだ。もちろん、個人の持つ潜在能力に君たちの強さは左右されるだろうけどね。」
「つまり他の仕事を考えるよりは、やっぱり戦って生きる方が現実的ってことなのね。」
「ゲームみたいに数値化されてわからないのは不安だけど、ある程度強くなれるっていうのは信じるしかないみたいだな。木村の言う通り戦うしかないな。」
「で、むこうに行ってからは、どの程度サポートを受けられるわけ?戦うにしても、その日の宿も最低限のお金もないわけでしょ。野宿できるほど治安が良くて、食べ物恵んでもらえるほどみんなが優しい世界ってわけでもないでしょ、きっと。」
「花ちゃんの言う通り、それも大事なことだね。どうなんだろう。」
少年少女はある程度の戦う能力を与えられることを理解して、少しは安心したようだった。本当は生活するための知識を授けられればいいのだが、それはできない。ここに彼らを長い間留めることができるのなら、私が彼らの先生になるのだが、彼らとの邂逅は制限時間付きなのである。けっして彼らの安心を喜ぶことはできなかったが、それでも彼らの背中を押すしかなかった。
「君たちはフアンというそれなりの大きさの街の教会に転生する。そこには私が祀られているのだ。ある程度の期間、君たちの世話をそこを管理する者がしてくれることになっている。彼の言葉に従うならば、ウルスビナの信徒とよばれる存在である。信徒が多いわけではないので、長い間面倒を見れるほどの資金はないはずだが、少なくとも一週間ほどは宿や食事には困ることにはならないはずだ。ある程度街での生活に溶け込むための手助けもしてくれると思う。それに一つ補足しておくなら言語面の不安はない。君たちはこれまでの世界での言葉を話すように、自然に新しい世界の言葉を話せるはずだ。」
「言葉が分かるってのは、お約束ってヤツだな。それなら何も問題ねーなきっと。俺は冒険者になって活躍するぜ。お前らは色々思うところがあるみたいだけど、俺はこうやって転生出来ることになってよかったと思うよ、神様。」
「調子のいいことばっか言って、昂輝。でも私も元の世界と同じで優等生ぶってるって言われるかもしれないけど感謝してます、神様。魔王と戦うとかはともかく、頑張って生きます。」
「うん、うちもみんなの足を引っ張らないように頑張る。みんなみたいに神様に感謝したいとかは特に思わないけど。」
「円、それでいいのよ。こんな神様に感謝する必要ない。ここで話すだけで多分金輪際関わることなんてないのよ。気にするだけ無駄だわ。憐れむ必要もなければ、怒りをむける必要だってない。わたしたちはわたしたちのやりたいようにやるだけよ。安全な範囲で戦ってある程度余裕ができたら、本当にどうしたいのか考えればいいのよ。しがらみのない世界で自由に生きる、それだけ。」
「戦うしかないから戦う。何をしたらいいか考えなきゃいけない元の世界より単純で俺は好きだよ。こんな暗い神様としゃべってたって仕方ない、さっさと新しい人生ってやつを踏み出す方が賢い。じゃあな。」
感謝され、憎まれ口を叩かれ、別れを告げられる。今回も彼らに新しい道筋を示すことはできなかったし、親交を深めて大した会話をすることはできなかった。だが、彼らを引き留めることはできない。説明が終わり、彼らの準備が済めば、次の世界への道は開ける。だから仕方なくいつも通りの言葉で見送る。
「どうか君たちに幸せな人生が待っていますように。いってらっしゃい。」
かつて出会った人間から教えてもらった見送りの言葉で、彼らを見送る。
いつものように床を眺めれば、その床は透き通り、世界をのぞくことができる。私を祀った教会の長椅子に先ほどまで目の前にいた五人の少年少女が横たわっているのが見える。かつて一週間も持たずに死んだ者がいた、戦いの恐怖に脅え心を摩耗し動けなくなったものがいた。彼らがそのような不幸な先達と同じ足跡を辿らないことを祈る。私は見ることしかできない。だからせめて彼らにどんな人生が、未来が待っていようと目を逸らすことなく眺め続けよう。それだけが自己満足でしかなくとも私の果たすことのできる彼らに対する責任なのだから。
英雄の帰還~異世界で少年少女は生きる意味を探す~ @Philanthropist
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