英雄の帰還~異世界で少年少女は生きる意味を探す~
@Philanthropist
第1話 いつも通りと特別とー1
物語は一人称、あるいは三人称で語られる。一人称の物語とはすなわち主人公そのものが語り手である物語、主人公が観察し、知覚し、観照した世界を記録する物語のことである。一方で三人称の物語とは、その物語世界より一つ上の次元から俯瞰する作者あるいはその物語世界からは一般的には認知することのできない作者の代行者たる神によって記述される物語である。では、その物語世界において実在する神が語り手であった場合、それは三人称の物語でありながら、一人称でも同時にありえるのだろうか。
つまらないことを考えながら、世界を眺める。手慰みにつまむポップコーンもなければ、コーラもない。むろん、実際にはどちらも口にしたことはないのだが・・・。退屈だ。ローブをまとった私のよく知る男が慌ただしく教会の掃除をしながら、少女に指示を与えている。男の胸の内は歓喜に震え、少女は期待で足取りが浮足立っていた。
――そうか、もうすぐなのか
では準備を始めよう。
その輝きを目にするのは、地球の人類が定めた時間軸に従って表現するのであれば、十二年ぶりのことであった。ただその輝きは単に十二年前に一度起こったきりというわけではなく、十二年周期で起こる定期的な出来事であった。そして私が生きる世界で起こる唯一の娯楽であり、仕事であり、交流であった。悠久の時をこの独立した世界で過ごす私にとって、それは慣れ親しんだ繰り返される出来事であったが、新鮮な出来事であることには変わりがなかった。習慣や典型、そのような退屈なものから始まる出来事であったとしても、ほんのわずかばかりのイレギュラーによって、その後の出来事は無限に分岐していく。ましてや、その眩い光は人々が訪れる契機なのである。人間というものは、どれだけ似たような形をしていて、学校教育によってどれだけ均一化した人生を送っていたとしても、まったく異なる存在であり、同じ人間など二人と存在しないのである。遺伝子的には同一であるはずの一卵性双生児でさえ、その例外ではない。つまり、何百、何千、何万回とこの輝きを目にしていても、現れる存在の独自性によって私は一定の新鮮さと娯楽を得ることができるのだ。だが、始まりは典型的な部分から始めなければならない。そうしてこそ後に待っている新しさをより感じられるというものだから。
「ようこそ、皆様。私は「ウルスビナ」、あなた方にとってわかりやすい言い方をするのであれば神と呼ばれる存在です。」
輝きが落ち着いてくると、五人の人影が現れた。いつもと同じように全員が似たようなデザインの服をまとっている。毎度、彼らが着ている服のデザインは違うが、同時に現れる人間たちの服装には必ず一貫性がある。かつて光から現れた人間の一人から聞いたことだが、彼らの着ている服はデザインの違いはあれど一様に制服と呼ばれるらしい。そして似たような制服を着ている人間たちは、同年代だけの共同体を作っていて、人間の尺度で言う一日という時間の半分ほどを共に過ごしているらしい。すなわち彼らの連帯の象徴としての衣服なのだろう。実際、同時に現れる人間たちは互いに強い繋がり、すなわち彼らが彼ら自身を誇りをもって表現する言葉に従うのであれば、絆というものを持っているのだ。
「では、そちらも名乗っていただいてもよろしいですか。」
いつも通りの、かつての人間から学んだ丁寧な言葉を駆使して彼らの緊張をほぐすことを試みた。人間というものは初対面の相手に緊張し、心理的な距離を感じるらしい。大仰に話せば委縮させてしまうし、フランクに話過ぎてもうさん臭く思われる、とのことだった。そういう知識を経て身に着けたのが、人間の使う敬語であった。この言葉を使うことによって、馴れ馴れしくも、威圧感も持たない話し方が可能になるというわけである。
人間たちは五秒ほど互いに顔を見合わせたが、中央の髪の短い長身の女性が前に出て話し始めた。
「初めまして、私は木村瑞樹と申します。私たちはみんな水島高校という学校の生徒です。一番左の背の低い子が福田花、その隣の目つきの悪い男が山副光太郎、私を挟んで隣の金髪が桐谷昂輝、右のアクセサリーをたくさんつけている子が高畑円です。これはどういう状況なのでしょうか?」
どうやらこの中央の女性がこの集団のリーダーらしい。自信を持った一人がしゃべり、状況や目的を知りたがる。いつも通りの流れだ。
「君たちにはこれから、これまでいた場所、すなわちその高校とは違う世界で生活してもらうことになる。君たちには申し訳ないが、十二年に一度、こういうことが起こる。私は君たちが違う世界に行くための橋渡し役というわけだ。神とは名乗ったものの、どうしてこんな仕組みができたのかも知らない、ただの案内人に過ぎない。」
「それって異世界転生とか転移ってやつじゃん、最高じゃん。何か使命でもあるのかよ。」
「言葉づかいをもう少し気にしてよ。神様、申し訳ございません。」
金髪の男をリーダー格の女性がたしなめる。
少しずついつも通りから外れてきたらしい。この場所に来るものを選べず、彼らの生きていた世界のことを知ることが出来ず、彼らのこれから向かう世界も見ることしかできない私にとって、この場所に訪れた人間と過ごす一時だけが、見る以外の体験を許される時間なのである。だからこそ丁寧な言葉づかいに加えて、謙虚さと誠実な態度でもって彼らの柔和な態度を引き出すことを試みるのである。
「気にすることはない。私がこのしゃべり方を好むだけで、君たちが無理に合わせる必要はない。先ほども言った通り、君たちは私が案内するべき客人なのだから。むろん、適度な敬意を互いに持つことは必要だと思うが、気楽に話してくれればいい。色々と質問に答えたいのだが、スムーズに会話を進めるために、まずこちらから尋ねてもいいかな。異世界転生とは何かな、もちろん言葉の響きから何となく想像はつくが、初めて聞く言葉だ。」
「ありがとう、神様。もちろん教えてやるよ。簡単に言えば、元の世界での知識を持ったまま違う世界で人生をやり直してヒーローになるってことだ。俺らの世界では、そういう話がマンガやアニメで流行ってんだよ。赤ん坊から違う身体で始まるパターンと元の身体のままのパターンがあるんだ。だから俺は今、主人公になった気分なんだ。」
「マンガやアニメの話は以前に案内した人間から魔法の話をした時に聞いたことがあったが、今はそういうものが流行っているのか。」
「え、新しい世界には魔法があるの?」
アクセサリーをたくさんつけた少女が小さな声で控えめに尋ねる。
「高畑も魔法とか興味あるのか、いいじゃねーか。」
「もしかしたら君たちも使えるかもしれない。では話を戻して君たちの疑問を解消していこう。まずは使命の話をしよう。君たちには魔王と戦い、新しい世界を守ってほしい。だがそれは、可能ならばそうして欲しい、というだけで絶対にそうしなければならない、という話ではない。というのも魔王はまだ倒されていないものの、現在その世界ではある程度の均衡が保たれているのだ。もちろん魔王の軍勢や魔物による被害がゼロということはないが。」
「弱気なこと言うなよ、神様。こんなチャンスが巡ってきたんだ、俺は英雄になるぜ。」
「勝手に一人で盛り上がんなよ、戦うって死ぬかもしれないんだぞ、バカ。」
「それは私たちより前にその世界に行った方が活躍されている、ということなのでしょうか、それともその方々が亡くなったかわりに私たちが呼ばれたのでしょうか。」
戦いの運命について考え、同じ運命をかつて辿った人間について思いを馳せる。彼らの反応は幾度となく見てきた光景だった。
「君たちの抱く奮起も不安も当然のものだ。だが君たちはおとぎ話のや伝説の登場人物のように崇高な使命を果たしたり、強大な運命に立ち向かう前に、まずは新しい世界を生きていかなければならない。前の世界で積み重ねた時間や経験、人生、といった知識を持って新しい生を受ける君たちは、ただ生まれ落ちる赤ん坊とは違って覚悟を持って生まれ落ちなければならない。違う文化、文明、習俗、具体的に言うなら、食事、排泄、睡眠、衣服といったものの常識がおそらく君たちが暮らしていた世界とはすべて違うのだ。ゼロから社会に適応していくのと、ある程度成熟した価値観を持った状態で別の社会に適応すること、そのどちらが大変なのかはわかってもらえると思う。」
「高校生辞めて、親の支援もまともに望めないまま、外国で急に暮らすみたいなことだよな、それって。」
「そんなこと出来る未成年なんて、ほとんどいるはずない。去年の夏休みの留学だって精神的に苦しいって感じることがたくさんあった。」
「私は自信ないよ。」
「お前ら何弱気になってんだよ。元の世界であのまま大人になったって、どうせ俺らなんてテキトーな大学行って、社会の歯車って言葉の実感すら得られないようなサラリーマンになって、大して好きでもないヤツと本当の愛も知らないままナアナアで結婚して、運が良ければ子供が生まれて、でもその結婚相手とうまくやれるかもよくわかんなくて、運が悪けりゃ子供にたどり着く前に離婚することになったりして、とにかくそいつの家族か友達でもなきゃ興味を抱かないようなつまんない人生送って、他人から見て面白いことがある人生だとしても、それはきっと不幸まみれの人生だよ、きっと。俺らなんてそんなもんだ。元の世界に残っていたところで未来が明るいほど、優秀じゃねーんだ。」
「そうね、私だってただ一学年百人くらいしかいない水高で成績が十番以内で、生徒からも先生からも信頼が厚いだけのつまらない優等生だったわ。昂輝よりはましな人生送れるとは思うけど、ほんの少しだけましってだけね。」
「瑞樹ちゃん、その言い方はちょっとだけ嫌味かも。でもあたしだって英雄とかお姫様とまではいかなくても、自分のこれからに期待できるような人生を送りたい。うち兄弟多いし、やりたいこともないから、大学行くのすらずっと迷ってた。桐谷くんのつまらない普通ですらあたしには特別なのかも。うまく言えないけど、前に進みたい。」
「花ちゃんって意外と前向きだよね。みんなと一緒なら大丈夫だよね、きっと。」
「そもそも選択肢なんてないんだよ。俺たちは別の世界に行くしかない、それだけだ。使命かそれ以外か、俺たちが考えるべきなのはそっちなんじゃないか?使命を果たさなくていい、なんて言うのは逆にうさん臭く感じるけどな。あなたは神様なんだろう?世界の命運とか大事じゃないのかよ?」
「たしかに山副くんの言う通りだわ。神様、使命はあなたやその世界にとって大事ではないのですか?」
リーダー格に見えた少女ではなく、少し軽薄そうにも見える少年が場の空気を変えたことは意外ではあったが、もう元の世界に帰れない彼らにとって選択の余地はなく、それならば彼のようにポジティブな意志を持って新しい世界にむかうことは正しいことなのだろう。
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