ラリーゴーラウンド

@kare-udon3

第1話

1.

 空色の髪の青年がのぼっているのは、彼の背丈の約二倍、三五〇センチメートルほどある階段だ。無駄に幅広だ。

 やっとのことで最後の一段を飛び越えれば、石造りの床が茫洋と広がっているそこへ辿り着く。

“塔”の最上階はかなり背低の胸壁に囲まれているが青天井の下にあり開放的な空間だ。

 ここはバトルフィールドなのですよ、と言わんばかりに無駄に広い。

 道中の階層のように“ゼリー状のモンスター”が雑踏しているということもなく、ただ一体のモンスターが巣食っている。

 ――塔の主であり、最上階層に出現する唯一のモンスター“黒竜”は眠っていた。

 胸壁からはみ出すように存在している巣は枯れ木や枯れ草で編まれたものだ。

 空色の髪の青年がいる位置からは小さな巣に見えるのだが、遠近法でそう見えるだけにすぎずとても大きな巣だ。その中で、頑強がんきょうそうな体躯の黒き竜が瞼を開き、卵黄色の瞳を晒した。

 ――ドギャアアァァァァァァァァァァ!!

 黒竜は巣の中で丸めていたその身を起こし、吹き曝しの地いっぱいに咆哮を響かせた。

 青年は思わず耳をふさぎ――それでもつんざくような轟音に襲われ、目を瞑る。自然と身体は微震し、強張ったその身体は少しの間ままならかった。

 つまり彼は恐怖していた。

 青年の心の内など気に留めてくるわけもなく、黒竜は背中に備えられた一対の翼を広げると巣から飛び出した。

 空色の髪の青年はまだ震えの残る右手で、背中に携えていた鞘から抜剣すると鋼鉄製の盾を反対の手で構えた。

 石造りの地に降り立った黒竜は早々に、片手剣のスタイルを取った青年――剣使いの方へ駆けだした。巨体ゆえに動きは素早くない。

 剣使いはウエストポーチから緑色の液体が入った瓶――身体能力向上のポーションを取り出し、即座に蓋を開けると液体をすべて嚥下した。

 そして対面から迫り来る巨体のタックルを盾で受け止める――わけではなく、盾を捨てると迫りくる大型モンスターに向かい走りだしていた。

 ――盾では強大な力のあのタックルを受け止めきれないのだ。

 盾の構え損じゃん、と独り言ちた彼は一、二と助走をつけてそして踏み切り、頭上の雲を掴みにいくような想いで青天井に手を伸ばし飛び上がった。

「うぉりやぁああー!」とどこかマヌケな掛け声を響かせ、十メートルほど上に飛んだ。黒竜を跳び越した。

 黒竜の背後を取るような位置で着地した剣使いは、獲物の足に狙いをつけ剣を振るう。剣身が左足のかかとをかすめた。しかし、その程度の斬撃で受けたダメージなど黒竜は露にも思わない、という様子でだらりと垂れ下がっている長い尻尾を振るった。

 黒竜の足元、剣使いは反射的に左手で構えるがその手に盾はなく、もろに尻尾での一撃を食らい吹き飛ばされる。

 身体に裂傷を作り、地に顔を伏せる形になった。

 剣使いは左手を地面に付き、頭上を見上げる。

 ――かっこいいなお前。

 黒竜は彼にとって宿命の敵であり倒さねばならない存在だ。しかし黒竜という存在は、彼が羨望の眼差しを向けている対象でもあった。

 黒一色に身を染める竜を見てテンションが上がらないやつがいたとしたらソイツには男心というものが欠如している。

 卵黄色の鋭い瞳に見下ろされている。

 黒竜は地に寝そべる剣使いに向かって重厚な竜頭りゅうとうを振り下ろした。つまり“ずつき”だ。

 振り下ろされる寸前、剣使いは立ち上がり愛刀を構える。剣柄を両手でしっかりと握りしめている。

 振り下ろされている竜頭に潰されまいと、愛刀で応戦する。上からの馬鹿力を断ち切らんとす勢いで立ち向かう。

 ギラギラ輝く銀の刃と黒竜の頭頂部――硬質な皮膚とがぶつかりあっている。

「まじで重たすぎるし硬すぎるしずるいだろそのパワー!」剣使いは表情を歪めてぼやきながら力を振り絞る。

 すると剣使いの目先――刃先とぶつかり合う黒き皮膚からわずかに真紅の血がじわじわと溢れてくる。

「断ち切れろぉおおおおお!」

 生まれてきてから今日までの十七年、このすべてをぶつけるような心持ちで腕を振るう。

 肉薄の末、――グギャァアアアア!と黒竜が悲鳴を挙げ、その額から血しぶきがあがる。

 ――きた!ここに降り注げ!

 剣使いの祈りは天に届いたのか、彼の顔に真紅の雨が降り注ぐ。

 下品に舌を突き出すと、宙で血の雨をぺろりと舐める。口内に生臭い鉄のような味が広がる。刹那、細身の剣使いの身体は――筋肉たちはポンプアップを起こしたように盛り上がる。

 そして、鼻息を荒く立てた剣使いは剣を大きく振るい、黒竜を攻めていく。刃が皮膚を断ち切り、真紅の血が噴き出る。腹部や足を中心に斬撃を与え、黒竜にダメージが蓄積されていく。

 黒竜は怯んだ様子だ。

 ――今日はもしかしたらこのまま押し切れるのか?

 剣使いは心臓をバクバクとさせ、全身を緊張感と高揚感につつまれていた。それでも剣を振るう手を止めない。

 しかし、――ドギャアアアァァァァァァァァ!!

 黒竜は石造りの地を震わせるような壮大な咆哮を解き放った。

 剣使いは瞬時、咆哮に脅かされ、地に膝をつき身体を硬直させてしまう。ブルブル、ブルブルと微震することはできるが身体中がままならず、つまり動かない。立ち上がることができない。

 愛刀を握っていた両の手は脱力し、彼の足元にはその愛剣が落とされていた。

 ――膝が笑っちゃうぜ、なんて軽口を飛ばす間もなく彼は吹き飛ばされた。ボールのような扱いで黒竜に蹴飛ばされたのだった。

 黒竜はついでといわんばかりに、そこに放置されたシルバーの刀身の剣も踏む――何度も何度も踏みつける。剣はバキバキに砕かれて、原形を留めていない。

 青年は愛刀のことに意識を割くことができないまま、またしても地に伏す。指先に力を入れて立ち上がろうとするも思うようにいかず、うつ伏せを継続するほかない。そのボロボロの身体にはもう碌な体力は残っていない。

 彼は対処法や打開策を考えなくてはいけないのに、その頭の中は空白に等しい。やばいやばい、どうするどうする、意外になにも思いつかない。

 ドスンッ!ドスンッ!という足音がどんどん迫ってくる。

 続けて鳴り響いていた足音は青年の近くで止んだ。

 彼がかろうじて顔をあげると、余裕の笑みでも浮かべているような黒竜がこちらを見下ろしていた。

 ――舐めプはうざいからやめてくれ、と剣使いは歪んだ表情のまま自らの頭上、正面にある鋭い卵黄色の双眸を睨みつける。せめてもの抵抗だった。

 黒竜は剛腕を振り上げる。腕の先端で黒く艶めく、黒曜石のように頑丈な太い爪。

 青年の背中に爪の一撃が降り注ぐ。

「ぐはっ」吐血し、悶絶する。

 黒竜の鋭い爪は、青年の背中を――軽装のアーマーを貫通して皮膚を、さらには臓器を深く突き刺した。

青年の身体から流血が止まらない。

 ――これは今日も負けだな。……咆哮ずるくないかね、対処遅れたら“詰み”じゃねぇかよ。

 青年の意識がじわじわと薄れていく。

 ――ドギャアアアァァァァァァァァァァァァア!!

 青天井の下、吹き曝しの地いっぱいに勝者の咆哮が轟いたのだった。

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