第10話 時計塔の美少年
「すごい、ほんとに勝っちゃうなんて……」
「まだ気は緩められんぞ。先も言った通り、俺はまだ目的達成の過程に居るのだからな」
そういえば、と御伽は思い出す。そもそも彼は一体何の『目的』があってソックス売りなんて強行に走っているのか。まだその弁解が済んでいないのだ。
「駒込副委員長、君に一つ伝えておかなければならないことがある」
「な、なんだよぉ……」
「あの靴下について改めて主張しておこう。看板に書かれていた文言――『生徒会長の靴下』という触れ込みだが……」
『あれは事実だ』
「は、はぁ……?」
唖然とする御伽。いきなり何を言い出すかと思えばとんでもない大口が出たものだ。あの靴下が獅子羽会長のものかだなんて、どうやって証明するというのだろう。第一、あの風紀委員がそんなたわごとを信じてくれるはずが――
「……その話、本当なんだな」
「美少年の始祖ナルキッソスに誓って嘘ではない。今はただ、自分の正義を貫くと良い」
「ま、まじで信じるんだ……」
駒込は幼気で初心な少年の顔つきから一転、いつもの勇ましい風紀の鬼に変貌する。苦虫を噛み殺すようなその表情からは、覚悟の色が見て取れた。
彼は笛を取り出し、鋭い音を中庭に響かせる。
「副委員長より各員へ伝達。これより真黒が配ったソック……靴下の行方を追う。購入者は一人残らずふんじばれ。抵抗する者には折檻をしてやれ。生徒会長の威信と尊厳に泥を塗るような事態は、万難を排してでも避けるんだ!」
駒込の号令が中庭に響く。瞬間、中庭の茂みがざわつき、窓辺をいくつも人影が横切り、観衆だと思っていた何人かの生徒が目の色を変えてその場を離れた。
「
「ああ、楽しみにしているよ。そのムチもなかなかエロくて素敵だったしな」
「――ばっ、ば、ばかぁ!」
頬を朱に染めて駒込は走る。次に会う時は武器を変えてないといいけど、と要らぬ心配をする御伽だった。
「……さて、早くここを離れるぞ、御伽」
「えっ!? な、なんだよ急に!」
静寂が中庭に立ち込めたのも束の間、真黒は御伽の手を引いてその場を離れる。
中庭沿いの廊下を走りながら、真黒は御伽にだけ聞こえるように話した。
「今朝から何者かに尾行されている気がするんだ。それも一人や二人でなく、あらゆる方向から視線を感じてな。まあ、心当たりなら多少はあるのだが……」
「君の場合心当たりしかないでしょ……というか、それなのにあんな悪目立ちするようなことしてたの?」
「監視者の殆どが風紀委員だと気づいたんだ。少しでも尾行を巻くためにあえて彼らを呼び寄せ、そして散会させるきっかけを与えたという訳だ。残りは今のように走って振り切るだけさ」
つまり、この状況は犬上真黒の想定通りということか。
御伽は次に残った疑問を思い浮かべる。それが下らないと思いながらも、質問せざるを得なかった。
「その……アレって本当に獅子羽会長の靴下なの?」
「俺がいつ獅子羽会長のものだと言った? この世の、どこの生徒会長かも分からないソックスを配っていただけだよ俺は。彼らが都合よく解釈してくれて助かった」
「……真黒くん、君絶対いつか駒込くんに殺されるよ」
ハナから本当のことは言っていなかった、ということか。真黒の面の皮の厚さに御伽は呆れるばかりだった。
だが真黒の判断もあながち間違いではなかった。彼ら風紀委員会は生徒会に継ぐナンバー2の組織でありながら、その実態は生徒会におもねるフォロワーに過ぎず、頭が上がらないのだ。風紀委員会会長はその限りではないと聞くが、とにかく今回はその力関係に助けられた結果とも言えた。
真黒の言葉が嘘だと断定できない以上、彼らも動かざるを得ないということだ。風紀委員会の心労を想像して、御伽は気の毒に思った。
廊下を走るうちに
その場所から見える景色はブリリアント学内に留まらず――大きく囲われた塀、その先に広がる神戸の街並み。美少年の脅威から逃れるため、ほとんどがもぬけの空になっているという周辺の民家。そしてそんな脅威を監視するため、学園が都内から神戸市へ移転する際に設置された、日英合同の軍事拠点。それらは壮観ながらも寂しい現実を物語る。つまり自分たちが隔絶された場所に居るのだと、御伽は景色を通して痛感した。
そんな御伽と相反して、犬上真黒は涼し気な顔をする
「ここは好きだ。眺めも良いし、風も心地いいし、なにより邪魔をされることがない」
「そ、それって……」
高所の風が真黒の髪を撫でる。覗く横顔は儚くて美しくて、御伽の心をじわじわと燃やした。
ブリリアント名物時計塔の噂――この場所で告白したカップルは永遠に結ばれる。美少年同士の恋愛を禁ずる学園においては、あの駒込包の耳にも入らないほどの小さな噂だ。御伽はありえないと思いながら、その可能性を想像して耳まで顔を赤らめた。
「そ、そういえば! 真黒くんはさ、どうして生徒会長なんて目指してるの、かな……」
恥ずかしさのあまり、御伽は乱暴に話題を振った。口の乾きは風のせいか、それとも緊張か。
「どうして、か……」
時は夕刻。沈みゆく太陽が学園の壁面を赤く染める。雲は落日に吸い込まれるようにして西へ西へと連なった。
風の中で、真黒は振り返って御伽を見つめた。真っ黒な瞳と目が合った。ゆっくりと、彼は御伽に近付いてくる。
まさか、真黒くん、やっぱりそういうつもりだったの?
高鳴る心臓が胸を破りそうだった。誰もが目を奪われるほどの美少年がすぐそこにいる、そんな現実に眩暈がした。そんな御伽に対し、真黒はずいっと大きく踏み出したかと思うと――
突如、御伽を勢いよく壁際に押しやった。
「うぐぇっ! え、な、なに……!?」
壁ドン、なんて生易しいものではなかった。真黒は黒い短刀を逆手に持って、その腕を押し付けるようにして御伽に迫ったのだ。これは紛れもなく脅迫の構えだ。
黒い刀身が頸動脈のそばで煌めく。一体いつの間に武器を作ったんだ? いやそれよりも、なんで真黒くんはこんなことをするんだ!?
疑問と恐怖心で体が硬直する。そんな御伽を他所に、真黒は先の質問に答えた。
「やらなければいけないことがある」
「へ……?」
「俺はある使命のためにここに来た。それにはまず立ちはだかる一切を、生徒会を、そしてあの獅子羽を打倒して学園の頂点に立たなければならない。だが昨日今日と経て、やはり今の俺一人では到底太刀打ちできないと理解した。つまり、協力者が必要なんだ」
ぐぐ、と真黒の短刀に力がこもる。
「だからこそ三宝界御伽、君のその目が役に立つ。君の『美学』はその中にこそ隠れていて、きっとそれは素晴らしいものだろう。その目で見つめられて、俺はそう直感したんだ」
そして、彼は堂々と言ってのけた。
「俺は君が欲しい」
どきっ、と御伽は胸を弾ませる。彼の言葉の意味は分からなかったが、これが脅迫の後でなければ、やっぱり恋に落ちていたのかもしれない。
何にせよ、『それが人にものを頼む態度か』とは口が――もとい首が裂けても言えなかった。目をぐるぐるさせながら、少しでも相手を刺激しないよう薄ら笑いを浮かべるしかない。
なんだよこれ、なんなんだよ一体! なんで僕はこんな目にばかり遭うんだ!
「
「中庭で言ってた目的って、まさか、僕を脅迫すること……?」
「――ああ、君をゆっくり口説く暇はなかった。乱暴な男で済まない。どうか自身の命と天秤にかけて、この俺に従ってくれ」
「め、めちゃくちゃだよ……」
困惑する御伽を解放して、真黒は時計塔の柵のそばに立つ。その眼下、茜色のブリリアント学園を睨む彼の瞳には、どす黒い意思が宿っていた。
「そうさ。俺たちはこれから、この学園をめちゃくちゃにするんだ」
ビューティフル・ブラック 泡森なつ @awamori
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