第9話 不屈戴天
「『
「だ、だからどうした! 驚かせやがって、このまま締めあげて腕をへし折ってや――」
一閃――刀が迸るように駒込の胴を斬ったかと思うと、彼は真黒がかつて叩きつけられた校舎の壁面に打ち付けられた。
ムチの間合いは瞬きのうちに詰められていた。左腕の鞘からはとっくに刃が抜かれており、その一刀は時間さえ斬ったのかと紛うほど、あっけなく駒込の体に届いた。
「す、すごい! あの状況から勝つだなんて……!」
「ぐっ……まだだ、まだ終わってないぞ犬上ィ!」
膝を付きながら駒込は吠える。咄嗟に鋼鉄のムチで斬撃を防いでいたのだ。しかし、ムチはそれにより真っ二つになっており、最早使い物にならない。
本来、グロッサムという戦いに明確な敗北条件はなかった。多くの場合は決闘者が事前に条件の取り決めをするが、そうでなければ相手が「参った」と言うか戦闘不能状態に陥るまで、誇り高き戦いは続く。
「喰らえェッ!」
真っ二つのムチを両手に持ち、なおも果敢に挑む駒込。おかっぱ頭は崩れて、その姿には鬼の如き気迫があった。
しかし、犬上はその勇気を許さなかった。
「もういい、もういいんだ駒込殿」
「貴様、なんのつもりだ……! この私になんてことを……ッ!」
駒込が飛び掛かるより先に、真黒はその懐に入り込み、そして彼を抱きしめた。
熱い抱擁。生き別れた母子の感動の再会が如く、真黒の腕はひしと彼を包んで離さない。
「君の愛は十分に伝わった。君の正しさも、それにかける熱意も、まさにこの体で理解したよ。『
「だったら離せ、この変態っ、馬鹿っ、キモいんだよ!」
「まだだよ。まだ俺は君に何もあげられていないじゃないか」
抱きしめたまま、真黒は駒込に語りかける。思いもよらぬ力のこもった抱擁に、駒込は成す術もなかった。
「君は先程から俺の行動を『変態』だ『気持ち悪いだ』とやけに貶してくれたが、それは俺の正義でもあるんだ。君はここまで俺に沢山の愛情表現をしてくれただろう? そんな君にこそ骨身で
「ひぃっ、な、何をする気だ!?」
「じゃあ、いくよ……」
決して離さぬようにと、真黒は駒込を一層強く抱きしめる。
そうして身動きの取れなくなった彼の耳元で、なまめかしく唱え始めた。
「オマーン湖、マチュピチュ、始皇帝、インモラル、陰謀、チョコバッキー、中見出し、チンチン電車、ドビュッシー、しこたま、万歩計、エロマンガ島、新玉ねぎ、もちつき、ヌードル、フェラーリ、精通、あんこ、アイアンマン、しこり、ドグラマグラ、anan、ムラっけ、二子玉川、マンチカン、毘沙門天、シックス、乱入、ちんすこう、賃金、
「そして……ソックス」
「う、うわああ……あああああああっ!!」
怒涛の下ネタ……に近しくも、あくまでそのものではない言葉の数々が、真黒の囁き声に乗って駒込の脳に直接流し込まれる。
他者を厳しく縛り上げ、自身の理想を押し付けることばかりに腐心した駒込包は、清濁を併せ飲むことを知らなかった。それ故に、彼にとって真黒が吐いた猥語の数々は刺激が強すぎたのだ。
「正しさというヴェールに守られたその正体も……なに、剥いてみればどうということはない。ただの
「い、一体何をしたんだ真黒くん……」
戦いの場から離れていた御伽には、何が起こっているのか理解できなかった。
真黒渾身の猥語ASMRに脳髄を焼かれた駒込は、抱擁が解除されると同時にその場にへたり込む。
そこにはもはや先程までの鬼気迫る正義の信徒は居ない。居るのは頬を赤らめて涙を流す、初心で愛おしい黒髪おかっぱの美少年だけだ。
「さいてーだぁ……お前は絶対に許さないからなぁ、いぬがみまぐろぉ……」
「ふふっ、そう泣くなよ。あんまり愛おしすぎてどうにかなりそうじゃないかっ……!」
「ひぃぃ!?」
泣きっ面に蜂――ならぬ猥褻。彼の一挙手一投足に怯える駒込は、もはや戦える状態ではなかった。
かくして勝負は決着する。中庭の決闘は犬上真黒の勝利に終わった。
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