残念な俺が大好きな人に残念認定された話。

ふらり

第1話

…日頃から、よく言われる。


「お前は、なんかほんと残念な感じだな!」


なんだよそれ、すっげぇ失礼と思うけど、我ながら否定もできないのが現実…。


今日は俺にとってとても大切な日なのに、朝から寝坊するわ、出掛けに近所のおばちゃんに捕まるわ、空は今にも泣きそうな色をしているわ、明るい未来なんて描けそうにない感じだ。


なんなら、慌てて出てきたせいで靴下は、右足が紺色で左足が黒だし、とりあえずタンスの端から引っ張り出してきたハンカチは、弟の最近のお気に入りの戦隊もののミニタオルだ…。なんで俺んとこ入ってんだ…。


それでも、こんな約束にこぎつけただけでも、俺にとったら幸運なことで、あの時頑張って良かったとほんとに思う。




今日、俺は部活の先輩とデートだ…。

俺は先輩にもうずっと片思いしている。




バレンタインの日、「はい、あげる。」そう言って某菓子メーカーの「黒い稲妻」を名乗るお菓子を剣道部の先輩がくれた。


ずっと好きで、憧れていた先輩…。優しくて、たまにちょっと塩対応だけど、でも、笑うとほんと可愛くて…。

もらったのは、広告とか宣伝でもよく話題になる義理チョコ用のお菓子。そうだとわかりつつ、チャンスは逃したくなかった。


「ホワイトデー、頑張ります、から、俺とデートしてくれませんかっ…?」


今思えば、空気読まない自意識過剰な後輩だと思われたに違いない…義理なのよ?と言われても、断られてもおかしくない、そんな申し出に先輩は微笑む。


「いいよ。期待しとくね。」


そう言って、先輩はホワイトデーに会う約束をしてくれたのだった…。


今でも信じられないけど、思いきって言ってみて良かった…。

もちろん、今日この先を断られる可能性はある…けど、頑張る…。



と思っていたのに、思っていたのに、だ…。



「はぁっ…はぁっ…間に合っ…た。はぁっ…。」


ギリギリで出てきた上に待ち合わせ場所に向かう電車とは逆方向の、いつもの学校へ行く方の電車に乗り、すぐ気づいて引き返して来たけどもう、ギリギリなんて言うレベルではないくらいのロスタイム。

そこへ、先輩から「ごめんね、10分位遅れます。」というメッセージ。

なんてありがたい…まだ間に合う…。


そうして、待ち合わせ場所に着いた。先輩はまだいない…呼吸を整えなくちゃ…。


「お待たせ、ごめんね?ちょっと迷っちゃって…。」


「いえっ…俺も電車間違えていま来たとこです!」


「ふふっ…迷子?反対方向乗っちゃった?」


「えっ…なんでわかるんですかっ…?」


「んー、なんとなく。」


いたずらっぽく笑う先輩に、きゅんとしつつも言い返す。


「先輩だって、迷ったって…。」


「うん、こっちの服とあっちの服とどっちがいいかなぁって…考えてたら、時間過ぎちゃってて…ごめんね?」


「イエ…マイゴジャナインデスネ…。」


上目遣いのごめんね?に俺はもうこのまま死んでしまうかと思った。いや、これからだろ、死んでる場合じゃない。


「なんでカタコトなの…?」


「えっ…といや、なんとなく?」


「ふーん…?」


「さっ…行きましょっ…。」


デート日和、とは言い難いような曇天の空。2人で歩き出す。



「わぁ…。」


動物園の入場ゲートを抜けると一気に広々とした世界が広がる。囲われた空間なのに、広く感じるのはなんでなんだろう…。

景色と雰囲気が変わったことに、先輩は小さい声で感嘆する。…可愛い。


「先輩、何が見たいですか?…やっぱりパンダとかですか?」


「やっぱりって、なんで…?パンダ好きに見えた…?」


「いえ、みんなパンダの方に流れていくから、先輩もそうかなって。」


「パンダも悪くないけどねぇ…やっぱりハシビロコウかな。」


「ハシビロコウ…?あの動かないっていう…。」


「そう、それ!ちょっと渋い感じのおっきい鳥。あれ好きなの。」


ふふっ…と笑う先輩の、意外な『推し』を知って、俺の中の好感度はまた上がっていく。

パンダ、とか、ウサギ、とかじゃなくって、ハシビロコウ…先輩らしい。


「じゃ、ハシビロコウ見に行きましょう。」


「うん!」


ハシビロコウ舎の位置を確認して、歩き出す。


「可愛い系だと思った?」


「えっ…?」


「動物の好み。パンダーとかウサギーとかそういうの好みそうって、良く言われるの。友達からあんたのそのギャップは、いつかどこかの一部の人にニーズがありそうだけど…一般受けはしないから、初対面からは言わない方がいいよって…言われたの。今日は、初対面じゃないし、君ならわかってくれそうだから、いっか…ってつい言っちゃった。」


へへっ…と俯いて笑う先輩に、もう…ここに!あります、ニーズ!と叫びそうになったが、堪える。

先輩のお友達、グッジョブです。こんな可愛いところ、誰にでも見せていいもんじゃない…。


「…パンダ見たかった?」


俺がいろんなものを噛み締めている間に、先輩は心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「いっ…いえっ…俺もパンダとかよりそういう方が見ていて楽しいですっ…。」


「そっか、良かった。」


微笑む先輩に、またなんかもう胸をつかまれていく。ぎゅっ…てなる…。


「あ、着いたよ!…えー。」


たどり着いたハシビロコウ舎に貼られていたお知らせに立ち止まる。


『鳥インフルエンザ流行につき、ハシビロコウはハシビロコウ舎にて展示しています。』


と書いてあるところに小さなメモ書きで、『今日はフラミンゴも一緒に飼育していて、機嫌が悪いので見えるところにいないかもしれません。』


…機嫌が悪いハシビロコウ…。


そんなことあんの?!ってか、ハシビロコウって機嫌常に悪そうだけど…?いや、それは失礼か…。


ふふっ…と先輩が笑う。


「ハシビロコウって機嫌悪いとかいいとか、わかるんだね。飼育員さん、すごいね。」


…おんなじこと、思ってた。それだけで、ちょっと幸せ…。



って、いかんいかん…ハシビロコウ見れないかもしれない危機じゃないかっ…探さねば…ハシビロコウ…。





…いっねぇじゃん!マジどこ?ハシビロコウ…。

ハシビロコウ舎は一部がガラス張りになっているだけのほぼバックヤード的な飼育中心のスペースだった。当然、いたとしても角度的に見えない場所、つまり死角みたいなところがある。


「いないねぇ…ハシビロコウ…。」


「…いませんね…ハシビロコウ…。」


どこを探しても、ハシビロコウは見つけられなかった。見えるのは、葉っぱとフラミンゴの群れ…。これ、ハシビロコウだってそりゃ不機嫌にもなるよ…こんな大勢で間借りされたら、「は?邪魔…うっざ…。」とかなりそう。


…変な想像しちまった…。先輩、がっかりしちゃったかな…。


「ハシビロコウ…ちょっと残念。ま、また違う時に見られればいっか…ね?」


俺を見上げて微笑む天使…いや、先輩。ほんと、見せてあげたかった…残念。


「そっそうですね…残念…。残念…って言えば、俺もよくそれ言われるんですよ…。友達に…。」


「そうなの?」


「えぇ…何もしなければ、そこそこ整ってる顔してんのに、行動が残念…って。」


「え、それひどくない?失礼すぎる。」


眉をひそめる先輩に、笑って返す。


「いや、ま、そこまで気にしてないんで…。ただ、せっかく先輩の好きなもの見に来たのに、見せてあげられないなんて、と思ったら、なんかそれ思い出しちゃったっていうだけの話です。」


「…そんなこと、いいのに…。ちゃんと楽しいよ?ハシビロコウ見つかんなくても…。」


ちょっと拗ねたような、表情がまた可愛い。

少しほっぺがふくらんだ。触りたくなる…。


やっぱ少し見たかったんだな、ハシビロコウ。


「ほっ…他に何か見たいのあります?」


「うーん…そうだなぁ…象とか、キリンとかかなぁ…それよりさ、あそこ、ハシビロコウのグッズが売ってるみたい、見に行かない?」


「あっ、ほんとだ。そうしましょう。」


ここの動物園は展示してある動物の近くにグッズを置くようにしているらしく、店内に入るとハシビロコウ一色だった。こんなにいっぱいあるんだ…。


「ね、これかわいい!」


小さなハシビロコウのぬいぐるみが、先輩の手に握られてる。

可愛いのはどっちかって言うと、先輩です…。


「ボールペンとかもあるんだね。」


俺を見上げて先輩が微笑む。もう、うん、買いましょうか、お揃いで…。


「えっ、本当?いいの?」


「えっ…?」


「お揃いでボールペン、買うって今…。」


「え、声に出てました?俺…。」


いやいや、やばい思考が口をついて出てるとかもう恥ずかしい…嘘だろ?


「…出てたよ?違うの…?」


「チガワナイデス…。」


「ふふっ…またカタコト。」


「ボールペンじゃなくても、いいよ?」


気を遣ってくれたのか先輩が他のハシビロコウグッズも提案してくれる。

お揃いで…は決定なんですか…?


「これも、可愛い!ハシビロコウのお箸!」


「箸…ハシビロコウだけに…?」


「ぷっ…なぁに言ってんの。ふふっ…。」


思考の追いつかない苦し紛れの一言にそんなに笑ってもらえるとは思わなかった。


「先輩、笑いの沸点低いとか言われません?」


「なぁにぃ?そんなことないもん…。」


「冗談です、すみません。」


「嘘、よく言われる。…やっぱ誰から見てもそうなんだね。」


たはは…という効果音が似合いそうな、なんともいえない顔で先輩が笑う。そして、それすら可愛い。


「いいんじゃないですか?冗談に笑ってもらえて気分の悪い人はいないんだし。」


「そっか。ふふっ…。」


「俺の残念よか、よっぽどいいですよ。」


「でも、それだって別に誰にも迷惑かけてるわけじゃないんでしょ?」


…新しい視点だ。残念と思われてるだけで、がっかりさせて、もはや迷惑行為か、位の気持ちで居たけど、確かに誰にも迷惑は掛けてない。


「まぁ、そっすね。確かに。」


思わずにやけた俺の顔を、見て先輩は何故か俯いてしまった。でも、すぐに顔を上げる。


「私もね、1回言われたことある。残念って…。」


「え、なんでですか…?」


こんな可愛くて優しくて、頭も良さそうだし、運動も当然出来るし、いいとこばかりだろうに、どこが残念なんだ。言ったやつ、出てこい、今から俺と話しよう…。


「誕生日プレゼントをね、昔からの友達にあげた時にね、中身はもう最高に欲しかったものなのに、ラッピングがさ、ちょっと残念…かな。って。あげる相手のこと、よく見てるなぁって思うくらい、プレゼントの選択は最高!でもスーパーの袋とか、新聞紙とかはちょっと心躍らない…って。」


「中身がいいなら、いいでしょうに…。」


昔の友達で、かつプレゼントまでもらえるほど仲が良いのに、それだけでもかなりうらやまし、もとい、ありがたく受け取れって話だろ…やっぱ1回お話しましょうか…ちょっと長くなるかもしれないけど。


「うん、でもやっぱり外見そとみも必要だな〜って最近は思うようになった。だから勉強中。」


「…そうなんですね。」


「うん。」


照れたように笑う先輩は、またハシビロコウグッズを選び始める。


ハシビロコウのハシ…は、さすがに男子高校生にはハードル高いからやっぱボールペンかな…。


「見て!手ぬぐい!」


「…そんなのまであるんですか。」


「これさ、面の下にさ…。」


「さすがにそれは、面取ったあと笑われそう。」


「えーだめ?」


「それでなくても俺笑われる時あるんで…。」


「なんで?」


「なんか、普段話してる声は低いのに、剣道してる時の声が高いまんまみたいで、昔からの奴に笑われるんです。イケボになったはずなのに、そこだけ残んのかよって。」


「えー。全然気になんないよ?」


「そうっすか?」


「うん、でもなんか剣道ってさ、子どもの頃からやってたりすると、子どもの頃の声の出し方って抜けない時あるよね。」


「そう、それなんですよ。声がわりはしたけど、あれこういう時ってどうだっけってなって…。」


「わかる!」


手ぬぐいを握りしめながら先輩が頷く。

シワになっちゃうな…お買取ですかね…可愛いから許します。面の下にはつけないけど…。


「あ、しわしわ…。」


ほら、やっぱり。


「あ、でもこれ買いましょうか。なんか気に入ったかも。」


「そんな、無理しなくても…。私が買うよ。」


「いや、なんか先輩がしわくちゃにして、味が出たと言うか…。」


「ふふっ…何言ってんのかな〜。」


結局、ハシビロコウの手ぬぐいは俺が買うことにして、お揃いは、無難にボールペンにした。会計を済ませ、外に出る。


「うわぁっ…寒いね〜。」


まだ冷たい風が先輩の前髪をかきあげていく。可愛いおでこがのぞく。

それを気にするわけでもなく、先輩は首をすくめてマフラーに隠れようとしている。


「晴れてくるかと思ったのに、曇ったまんまですね。なんか、温かいもの食べにいきましょっか。」



3月14日、最近のニュースでは、そろそろ桜もほころんでいいはずだった。今年は早いですね〜なんて、コメンテーターが言ってた。


桜の見えるカフェ、せっかく調べたんだし、行ってみよ…。


調べていた店の方角を目指しながら、途中気になった動物を見ながら動物園を出る。


動物園を出たら、すぐそこに店がある。


…はずだったんだけどな…。



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残念な俺が大好きな人に残念認定された話。 ふらり @furarin

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