神も仏も

@Syu-zou

第1話

急に、自然発生的な感覚で目が覚めた。今見ている光景は、果たして自分の目で見ているものなのだろうか。自分は、とうの昔に死んだのではなかったか。自分は誰なのだろうか。確かに自分自身であるのに、自分ではない誰かの体であるように思える。不思議だ。体を起こそうと、四肢の力を入れようとすると、ある違和感が脳をよぎる。手がない。それどころか足も失ってしまっている。普通は自身の一部を失ったことに狼狽するのだろうが、自分はそんな気分にもなれなかった。いや、こうなると分かっていたからだろう。あいつらなら、生贄の手足も潰しかねんだろう。そう冷静に分析している自分は、本当に人の子ではなかったのだろうと今では思う。生前散々村人たちに「化け物」だの、「忌子」などと言われ続け、癪に触っていたものだったが、あいつらの方が正しかったのだと今更納得する。だが、手足を潰されては動くのも難儀なものだ。これからどうしようか。そう思っていると、またある違和感が脳をよぎった。自分は今、四肢どころか胴も失っているのではないだろうか。考えてみれば、今己が使っている感覚というものは、視覚と脳髄だけではなかろうか。いま己は確かに祭壇の檜の床の上にいるはずなのだが、本来肌で感じるはずの木目や、木の温かさというものを一切感じ得ない。己は一体どうなってしまったのだろうか。

....

「だれか助けてください...!!」

突然戸が開けられたかと思うと、若い女が青ざめた顔で駆け込んできた。これはただ事ではないと瞬時に理解する。女は勢いよく戸を閉めたかと思うと建物の奥へ身を忍ばせ、

「どうか...どうか来ないで...!!神様...仏様...お願いします...助けて....!!!」

とひっきりなしに神とやらに縋っていた。ここには神も仏もありゃしない。あるのは四肢も胴体をも失った化け物だけである。しばらくしてから、外から荒々しい声が響いてくる。どうやら複数の男の声らしく、おそらくこの女を探し回っているのだろう。なるほど、この女は男たちに襲われそうになったところを逃げてきたわけだ。それは見つかるわけにはいかないだろう。張り詰めた空気が室内の充満する。この女のことはよく知らないが、目の前で犯されても気分が悪い。どうにか守ってやりたいが、生憎己には四肢も胴もないのだからどうやって守ってやったらいいのかもわからない。そうこうしているうちに、徐々に足音がこちらに近付いていることがわかった。あゝ、この女はここで犯されてしまうのだろう。か細い女の力では複数の男たちに抗うこともできずに心の体も壊されてしまうのだろう。その屈辱は己もよく理解できる。あゝ、もし己に四肢があったなら、胴があったのならこの女を守ってやれるというのに。己と同じ惨めな思いを、屈辱的で今にも死んでしまいたいが、復讐心にも駆られる思いを、背負わせることにならないというのに。この女にとっても己にとっても、見つかったら地獄だ。あゝ、あゝどんどん足音が近づいてくる。手を外口にかける音と共に、勢いよく戸が開けられた。開けられてしまった。

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