第7話 脚本を書いたのは誰

 妻から聞いていたのは「最後の方に出る」ということでした。

 ところが───。

 幕が開いて出てきたのは娘でした。

 役名は「スズ」

 隣に座る「リン」と「字が同じ!」と、友達になるところから始まります。

 将来何になりたいの? と問うリンに、

「私は心が折れそうな人を、支える人になりたいの」

 と答えるスズ。

 ふと、違和感を覚えました。

 それは娘が進路に選んだことでは?

 暗転し、暫く時間が経過したのでしょう。

 リンがスズの隣に座り、会話を始めます。

「スズちゃんて勉強もダンスも何でも出来るわよね。完璧な人だよね」

 身体が凍り付きました。


 完璧?

 何が起こっている?

 全員で娘に何をやらせようとしているんだ?

 娘にスポットライトが当たり、独白が始まります。

 それはまさに、これまで娘から聞いていた内容でした。

「私は完璧なんかじゃない!」

 と言う叫びと共に舞台は暗転しました。


 場面は変わり、雑貨屋。

 客が入ってきて、男主人が出迎えます。

 よく見ると、舞台端に大人になったリンが座って作業をしています。

 男主人が「この店は貴方の悩みを解決するサービスを提供致します」と言います。

 雑貨屋に場面が移ってからはコメディで、会場から爆笑が絶えません。

 しかし私は、不安でしかたありませんでした。

 今の流れと、冒頭の流れがあまりに違いすぎるのです。

 何故、冒頭のシーンがあるのか。

 スズは自殺してしまったことにされるのではないのか。

 娘の出番が無いことを祈りました。

 しかし妻が言うには、娘の出番は後半らしいのです。

 

 暗転。

 最初のシーンの教室です。

 娘が一人座っています。

 リンに貰ったオルゴールから「声」が聞こえてくる、と呟き、会場に音声が流れ始めます。

「何でも出来るって、いい気になってんじゃない?」

「失敗すればいいのよ」

 スズは頭を抱えて舞台袖に下がります。


 馬鹿な。

 娘の幻聴まで題材にしている?

 誰が脚本を書いた?

 担任はこれを了承したというのか⁉︎


 リンがオルゴールが壊れていることに気付き、ごみ箱に捨てます。

 ごみ箱のオルゴールを見つけたスズは学校に来なくなりました。


 不登校まで題材にし、しかもそれを本人にらせている・・・・・・。

 先生は学校を辞めることを知っています。


 舞台は進みます。

 男主人がリストラにあって落ち込んでいるところに、娘が登場。

 2人が話していくことで、悩みを聞いてくれる雑貨屋がオープンされます。


 再び雑貨屋。

 リンがずっと修理していたのは、捨てたはずのオルゴールでした。

 修理が終わり、オルゴールが再び音を奏で始めます。

 歯車の故障がようやく直せたと喜ぶリン。

 男主人が言います。リンに合わせたい人が居るのだと。

 スズが入ってきて、リンがオルゴールを渡し・・・・・・。

 二人が見つめ合ったまま幕は閉じました。


 この役を引き受けたことの意味を考えながら、私は必死に涙を堪えていました。

 様々な理由が浮かんではスライドし、混乱が収まりません。

 皆に言えなかったことを叫んで終わりたかった? それなら何故全校生徒の前?

 担任との面談で「辞める」と宣言したのは、劇の後に学校に居たくなかったから?

 自分を犠牲にしても、この劇を成功させたかった?

 そうじゃなければ────。

 

 妻も横で鼻を啜っていました。

 私は外に出ます。

 独り煙草を吸いながら、顔の筋肉が次第に歪んでゆき、とうとう涙しました。

 泣いたのは長男が生まれて以来でした。

 パンフレットを見ると、脚本は娘ではありません。

 あんなに自分の症状を他人に知られないようにしていた娘。私には、どうやって脚本が書かれたのかも想像出来ません。


 次の日から学校はインフルエンザ流行の為、休校となりました。

 学園祭が、クラスメイトが娘と会った最後の日となったのです。

 あの劇の真意を知ることが出来るのは誰もいなくなりました。

 私も娘に何も聞けません。

 最初に妻が言った「私、あれは演技だと思うんよ」という言葉が何度もリフレインしていました。



─────────────────────

【あとがき】

 

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インプロヴィゼーション 館野 伊斗 @ito_tateno

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