アーケードの片隅で辻占しています。

一休庵寿

第1話

駅近くの古い商店街。

アーケードの片隅。

夜の帳が降りる頃開店する。

小さな机の上の行灯には「占」の文字。

そう、私は辻占い師。

日暮れとともに開店し、夜明けとともに閉店する。

夜を生きる人達の間で、ひっそりと仕事をしているのだ。

仕事帰りの人、夜の仕事に向かう人、そして酔っ払い人。

今夜のお客さんは、手入れの行き届いた靴を履き、紺色のスーツがよく似合う誠実そうなビジネスマンだった。


<秘書>

「少し、お聞きしたいことがあるのですが。」

 彼は正面からではなく、路地側、つまり私の真横から声を掛けてきた。

 基本的に占いに来るお客さんは、机を挟んだ真正面から私をのぞき込むように声を掛けてくる。

 今日は普段とは違う角度から声を掛けられ、私は少し身構えた。

「はい?何でしょう。」

「占いをお願いしたいのですが。」

「ではこちらへお座りください。」

 机の向かい側に置いてある椅子に座るよう勧めた。

「いえ、私が占って欲しいと言うわけではないのです。」

 一瞬、彼が何を求めているのか分からず、周りを見渡した。

 帰宅を急ぐサラリーマンや、膨らんだエコバッグを肩に掛け、スマホ画面を凝視しながら歩く人、学校帰りか塾へ向かっているのか制服姿の学生達、それなりに人の流れはあるものの、この辻占い師へ視線を送ってくる人は居ない。

 疑問顔で彼の方を見ると、何やらスマホ画面を操作している。

「出張占いをお願いできませんか?」

 目線をスマホの画面から私に向けた。

 それにしても、辻占い師に出張を持ちかけてくるとは驚きだ。

 辻占いは路上でしているもので、嫌でも多少は人目につく。人目に付きたくなければ個室営業をしている占いの館にでも行けば良い。それでも辻占いの私を選ぶとはどういうことなのか。

「出張占いの場合でしたら、交通費は実費を頂くことになりますが。」

 このような依頼は初めてだったが、試しに言ってみた。

「ここから歩いてすぐの場所でも交通費が必要でしょうか。」

「ここから歩いてすぐ?」

「はい、近くです。大体5分くらいです。」

「えっと、今から?でしょうか。」

「いえ、今日ではなく日時を指定したいのですが。」

「ご希望の時間帯にもよりますけれども、ご予定は?」

「少しお待ちください。」

 そう言うと彼はスマホ操作を始めた。どうやら誰かと連絡を取り合っているようである。

「あ、ちなみにこちらでの営業時間は何時からでしょうか?」

 スマホから顔を上げ私に目線を戻して聞いてきた。

「日にもよりますが、この時期ですと大体19時頃です。」

「分かりました。あ、それと占いに掛かる時間はどの程度でしょうか。」

「内容にもよりますが、1件30分程度です。長くても1時間です。」

 過去に長時間粘られて、心身ともに疲弊した苦い経験がある。頑張れるのは1時間が限界だとその時痛感した。

「わかりました。」

 そういうと彼はまたスマホ操作へ戻った。

 1分も経たないうちに彼はスマホ画面に小さく頷き、こう言った。

「急で申し訳無いのですが、明日の18時はどうでしょうか」

「18時ですね。良いですよ」

 私の営業時間に合わせた時間の設定、丁寧な言葉遣い、誠実そうな態度、小綺麗な身なり…酷い目に遭う可能性は低いだろうと思い、出張占いを引き受けた。

「では、18時にこの場所に私がお迎えに上がります。ああ、それから歩いて行ける場所なので、交通費は無料ですよね。」

 交通機関を使わないのだから交通費は不要でしょ?と目で念押しし、彼は一礼して去って行った。


 翌日18時、いつものアーケード。

 彼は先に来ていた。

 私を見つけると軽く会釈して、歩く方向を小さな手の動きで示した。

 彼の半歩後ろ辺りを歩き、アーケードを出て更に西へと真っ直ぐに進む。

 ここの辺りは官庁街であり、この時間は帰宅する人も多いが、それでも多くの建物の窓には、まだ煌々と明かりが点いている。

 右手に県庁、左手に市役所のある交差点に差し掛かった。すると彼は左側へと歩いて行った。市役所の正面玄関側の歩道を抜け、来客用駐輪場と書かれてある標識の下を右に曲がる。

「少し私の後ろを付いてきてください。あまりキョロキョロしないでくださいね」

 私は彼から5歩程度下がった位置で付いていくことにした。ラッシュ時など人が密集している時間帯でなければ、他人同士と分かる距離間は概ね3から5歩以上離れた距離である。

 彼は、駐輪場を抜けた先の奥まったところにある扉を開けた。

 職員用通用口と小さく書かれている。

 部外者が入っても良いのだろうかと少し躊躇したが、堂々としていれば問題はないだろうとそのまま建物の中へ入った。

 市役所の中は就業時間が過ぎているためか、日中のようなザワついた様子はなく、静かな執務室が広がっていた。

 カウンター越しに見える風景は、意外なほど多くの人がまだ働いていた。皆パソコンに向かってひたすら何かの作業をしている。時折、重そうなファイル机の上に置く 鈍い音、書類を早いスピードでめくる音が響く。電話こそ鳴らないが、まだまだ仕事中という空気感に溢れている。

 上の階へ上がると、通路を挟んで両側に執務スペースが広がっており、そこは下の階と違って、打ち合わせや、電話対応の声が響いていた。

「今度の火曜日…」

「女性の影になっている…」

「気をつけて。注意して…」

「…落胆して。」

 中央の通路を歩いていると、ザワザワとした中に断片的ではあるが、幾つかの言葉が耳に入る。

 更に階段を上り、一番奥まったフロアの一角に「秘書室」と掲示のある部屋があった。彼は何の躊躇もなくその部屋へ入り、入り口で戸惑っている私に素早く手招きする。

 私は、招かれるままに恐る恐る部屋へ入った。部屋を入ってすぐのカウンターには大きなカサブランカが活けられており、豪華な雰囲気と共に百合独特の強烈な芳香を放っている。

 彼は更に奥にある部屋の扉からこちらへ手招きしている。

 掲示されているプレートには「市長室」とあった。

 市長室?何でまた占い師が市長室に招かれる?もしかして依頼人は市長なのか?まさかね。秘密裏に占って欲しい人が、誰も来ない部屋を使っているだけだろうと戸惑いながら入室した。

 そこには緑がかった優しい色合いの応接セット、奥にはダークブラウンの大きな執務机があり、机上には年季の入ったプレートに「市長」と記されていた。

 そして彼は一人掛けソファーの横に立っており、そのソファーには一人の老年と壮年の中間くらいの男性が座っていた。

 どこにでも居そうな雰囲気で、毒気も強さもなく、かといって弱そうでもない絶妙に地味な男性である。しかも、どこかで見たことがあるような気がする。どこにでも居そうな感じなのでそう思うのかもしれないが…。

 その男性は座ったまま、テーブルを挟んだ3人掛けソファーへ座るように手で示した。

 彼は男性の横に突っ立ったままだ。

 勧められるままに、優しい色合いからは想像も付かないほど堅い座り心地のソファーに座った。

「昔からまつりごとには占いを用いていたらしいからね。私もそれに習おうと思ってね。」

まつりごとを占え…と?」

「今、難しい案件を扱っていてね、学校跡地の土地利用に関するものなんだが。マスコミに煽られて市民が好き勝手言うもんだから、施策が暗礁に乗り上げてしまって、前に進まないんだよ。下手なことをするとまた叩かれてしまうのでね。その案件が無事に終わるか、いや、どうすれば無事に終わるか占って貰おうと思って。」

 ああ、やはり目の前の男性は市長だ。どおりで薄ら見覚えがあると思った。

 しかし、辻占い師にまつりごとを占えとは、世も末だな…いや待てよ、世が世なら普通にこういうこともきっとあったはず。現代では表だって聞こえてこないだけで、案外占いに頼っている政治家も居るかもしれない。

 ただ、この場所では人の気配も会話も聞こえてこないため辻占はできない。私は占いの種類を変えて、占うことにした。


<遡ること数日前>

 秘書室の電話が鳴る。

 電話を取ると緊張と恐怖のためか早口で「市長に会わせろと、しつこい市民が居るのですが」と言う助けを求める声が聞こえてきた。

「いつもお伝えしておりますが、すぐ市長に会わせろというご要望には応じかねます。そちらの部署でのご対応をお願いします。」

 電話口からは緊迫した声で、

「市長に会わせろの一点張りで何を言っても聞いてくれません。」

 ほぼ悲鳴に似た懇願の声が響く。

(またか。無茶な要求をしてくる輩はいつもこうだ。人の話を聞かず自分の言いたいことだけ言って、周りの迷惑などお構いなしだ。)

「陳情ならば、正当な手順を踏んで頂くようそちらの部署から説明してください。くれぐれもこれ以上の反発を招かないよう慎重な対応をお願いします。それでも無理なようでしたらクレーマー対策室へ連絡し、対応して貰ってください。」

 冷たく言い放ち、受話器を置いた。

 ため息をつきつつ、ipadで市長のスケジュールを確認する。

 後10分後には庁舎を出て市長会会場へ送り届けなくてはならない。

 電話があった部署の前で、もしもクレーマー市民に捕まったらスケジュールに狂いが出る。なんとか遭遇しないようにしなければいけない。できるだけ目立たないルートで市長を地下の公用車置き場まで連れ出さねばならないのだ。

 市長には少し早めに動いて貰おう、そう判断し先に伝えるため市長室の扉を開けた。

 普段なら必ずノックをするが、電話口の緊迫した声を聞いたせいなのか少し慌てていた。ノックをせずに勢い扉を開けてしまったのだ。

「!」

「!」

「!」

 驚き顔が3人。

 秘書である自分と、市長と、そして秘書課長。

 ドアノブを握りしめたまま硬直していると、何事もなかったかのように秘書課長は市長の膝の上から滑り降りた。

「あらあら駄目ね。市長室に入るときにはノックは必要でしょ?市長、私の指導が行き届かず大変失礼しました。」

「ん?あ、いや、いいんだ。大丈夫だよ。ところで何か用かね?」

 市長の顔を見てハッと我に返り、他部署で直接面会を強要されている事を手短に説明し、庁舎内の移動は計画していたスケジュールより早めに動くよう市長に依頼した。

「わかったよ。じゃあもう出発しようか。」

「では、準備が出来ましたら声をおかけください。」

 努めて冷静さを装い、なんとか市長室から出た。

(さっきのは、何だ?何だったんだ。市長の膝の上に課長?どうして課長が市長の膝の上に?まるで不倫現場じゃないか。いやいや、市長に限ってそんなことがあるわけない…よな。課長と?不倫?まさかな。信じられない。)

 脈拍がいつまでも落ち着かない。頭の中が混乱してさっき見た場面がグルグルと頭の中で回っている。


 市長を連れて、できるだけ人目に付かないルートを通り、無事に地下駐車場まで連れ出すことが出来た。

 公用車へ乗り込むと、息苦しい沈黙の時間が流れた。あの場面のことには触れないでおこう。それが賢明だ…しかし、このまま沈黙を続けても息苦しい。

「あの難航している土地利用の案件ですが、もういっそのこと占い師にでも頼ってみてはどうです。」

 助手席から後部座席に座っている市長へ唐突に話しかけてみた。そうでもしないと目撃した衝撃の場面がいつまでも目の前に現れる。気持ちを切り替えるんだ、とにかく今は仕事の話を進めよう。

「古来からまつりごとには占いが重宝されていたようですし。」

 やけくそで言ってみた。

「占いか、もうこうなったらそれもいいかもしれないな。市民全員が納得する方法なんて絶対ないのだから。君、誰か良い占い師でも知り合いに居ないかね?」

 やけくそで言った占いの提案を易々と受け入れられてしまい、ますます動揺した。

もう誰でもいいから、適当に占い師を連れてきて占って貰おう。こうなったらどうにでもなれ!だ。しかし、本当に占い師に頼る気なのだろうか。市長の思慮の浅さと人間性に急に嫌気がさしてきた。

 彼の落胆をよそに、市長はまだ話し続けている。

「あの土地の利用方法について、いつまでも方向性が決まらないから、自分勝手な団体がそれぞれの思惑で陳情にくるのだ。そんなのイチイチ相手をしていられない。それに、関係議員に説明しようにも準備と根回しが必要だ。いつまでもあの土地を遊ばせているわけにも行かない。市民の目を引く面倒くさい問題は、早めに決着を付けたいのだ。」

(結局は、自分の身の安泰しか考えて居ないわけだ。いっそのこと不倫の事も表に出てしまえばいいのに。)

 ただ、不倫に関しては今のところ当事者以外では、秘書である自分しか知らない。

 コレが表に出ると言うことは、自分がリークしたことが決定的となる。当然人事評価にも影響するだろう。それは避けたい。

(適当に占い師を当たろう。もうどうでもいい。来年は異動を希望しよう。)

 失望とやる気喪失のあまり、真面目に対応するのが馬鹿らしくなっていた。

 市長の方を見るのをやめ、体制を前に戻した。

 左を向くと、磨き抜かれた公用車の窓から街路樹が一定の間隔で視界に入ってくる。それをぼんやり見つめていた。

(占い師か…。)

 ふと、帰宅ルートでもあるアーケード内で見かけた辻占い師を思い出した。

 もうアレでいいや。思考は停止していた。無駄なエネルギーをこれ以上使いたくなかった。


<占いの結果>

 現在の位置には「衰退」の相。このままだと衰退の一途という事を表している。

 未来の位置には「停滞」の相。今までと何ら変わりのない現状維持と言うことである。ある意味、現状維持は衰退でもあるわけだが。

 分岐点には「子供」の相。選択肢によっては未来に希望があるという事。

 占い師は、占いで出た結果を客に率直に伝えるのみである。

 その結果を聞いて、今後の行動を選択するのは本人の自由だ。占い師には何の決定権も責任もない。ここでは、依頼主の市長が私の占い結果を聞いてどうするかだ。

「どうだ?どう出た?」

 市長は身を乗り出して、結果を待っている。さて、この結果をどう伝えたものか…。

 出ている相をそのまま伝えても、この市長に占いの真意は伝わりそうにない。

 努めて具体的に伝えるしかないと、私は腹をくくった。

 さて…と、姿勢を正し、真っ直ぐに市長を見る。

 市長も私の気迫に負けじと、面と向かう。互いに少しだけ緊張感が走る。

 先ずは質問を交えつつ、市長の理解力に掛けようとした。

「ここの官庁街は、今でもそれなりに賑わっていますが、廃れることなく維持できているのは何故か、ということをお考えになった事はありますか。」

「ん~それは考えるまでもないね。この界隈は昔っから県庁や市役所があって、この場所で地方自治体という組織が、ずーっと続いているからね。」

 何を分かりきった事を聞くんだといった空気が伝わってきた。

 どうやら市長の思慮はやや浅そうだ。沢山の人に分かりやすく話を伝えるための癖だろうか、言葉が簡潔すぎて深みがない。もう少し思考を深めてもらうために、私は市長の言葉に解釈を付け加えて返した。

「市長がおっしゃっているのは、この場所で地方自治に関わる職員が、長年に渡って脈々と入れ替わっている。つまり、働いている人の新陳代謝が図られているからと言っているのですよね。毎年退職者が居て、新たに入庁してくる人達がいる。これが毎年繰り返されていると。だから常に一定数の人数がこの場所に確保されている。それだけの人数が集まっているわけですから、庁舎の周りには関連する店舗も継続的に営業できます。例えば、飲食店やお弁当屋さんなどですね。この他に病院なども近くにありますしね。」

「どこの自治体も、官庁街はこんな感じだよ。」

 ソファーに深く座ったまま、大して興味が無さそうに答える。

「ですので、官庁関係の人達だけでなく、ビジネス以外でも街なかに常に人が供給される体制を整備すべきではないかと思うのです。あの土地を利用することで、常に人が供給されるような施策などはお考えになっていますか。」

 問題となっている土地利用について、具体的なビジョンがあるのかどうか探りを入れた。

「そうだな、例えば中心市街地でもある、あの土地にとりあえず箱物作って、大手企業の事務所を誘致するとか。貸事務所的な箱物をね。建物自体に名前を付けてもらうネーミングライツという収入源もあるしな。ただの広場や公園にしておくよりはマシというものだ。税収も上がるし、事務所費用だって徴収できるのだし。」

「確かに、中心市街地であれば企業の事務所などは良いかもしれません。ただ、このご時世、いつまでも安泰な企業などありませんよ。店子に入ってもらえなければそれまでです。それに、庁舎のあるこの場所が、今や中心市街地とは言えなくなっているのではないでしょうか。市長がおっしゃる中心市街地とは、どこを指すのでしょう?」

 市長は腕を組み、相変わらずソファーに深く腰を掛けたままだ。

「中心市街地とは、この庁舎周辺だ。役所もあれば商店街もある。陳情に来ている市民も「中心市街地に賑わいを!」と求めてやってきているくらいだから。」

 私は少し強めに畳みかけた。

「賑わいを求めていると言うことは、既に賑わいはなくなっている。あるいは過去の賑わいを取り戻したい…私には、過ぎ去った過去を取り戻したいという要望に聞こえます。それは先ほどおっしゃった施策で実現可能でしょうか?」

「何度も言うが、公園や只の広場にしておくよりはマシだと思うが?そもそも、すぐ近くには大きな公園を整備してある。これ以上、この界隈に公園は要らんだろう。」

 これから進めていこうとしている施策に何か文句でもあるのか?と言いたげな表情で答えた。

「ここでひとつご提案なのですが、確か、あの土地は文京区でしたよね。文京区なりの賑わいを検討してみてはどうでしょうか。」

 何も分かっていないくせに、とでも言いたげに市長は答える。

「この少子化の時代に?あなたもご存じでしょうが。あのアーケードを歩いている年齢層を見れば分かるだろう?年寄りばかりじゃないか。それに比べて、子供の数は年々減ってきている。」

「年寄り…つまり現役世代ではなく、年金暮らし以外の人を集めるとするならば、いかにそこに集まる人を若返らせるか、ということがポイントだと思うのですが。」

「だから、何度も言ってるように、子供は減少の一途だよ。そもそも、あの土地は学校跡地なのだよ。学校の統廃合でできた土地なのだ。」

「子供が居ない。でしたら子供に来て貰えばいいのではないですか。」

「来て貰おうにも年々住民の数は減ってきているのだし、出生率も全然上がらないのにどうやって増やせと。」

「市長はなぜ、ここの、この土地に住んでいる人達だけで何とかしようと考えるのですか。先ほどおっしゃったように住民の数は減っているし出生率は低い。高齢者の人口は増える一方で現役世代は減少。これがこの自治体の現在の姿、そのことを十分に把握されているはずなのに。」

「ああ、そうだ。だが、どうしようもないじゃないか。知っているか?この先の高齢者の割合を。あ、君、市民調査の結果を…」

 すぐ横に立っている彼に、書類を準備するように指示を出そうとしたが、私はそれを手で制した。

「私がそれを知ったところで、何の得にもなりませんので結構です。時間の関係もありますので、単刀直入に申し上げます。」

 市長室の壁に掛かっている時計は既に18時30分を越えている。

「今から言うことは、一つの例としてお聞きください。ただのイチ案です。」

 市長は、深く腰掛けていた位置から少しだけ前に体を動かし、興味がありそうなそぶりが見えた。

「大学のキャンパスを作ってみてはいかがでしょうか。」

「大学のキャンパス?」

 ひっくり返りそうなほど大きくのけ反り、信じられないという表情を浮かべた。

「官庁街は今も人が入れ替わりつつも受け継がれ、人口密度の変動は少なく、衰退はしていない。対して市長の言う中心市街地は高齢者ばかり。この場所に常に人が入れ替わりつつも維持できる体制を新たに導入するならば、県内外から若者を呼び込むための施設が必要。となれば大学のキャンパスを作るのが手っ取り早いのではないでしょうか。あの土地は十分な広さがありますし、不可能ではないと思います。」

 市長はのけ反ったまま、口を開けてこちらを見ている。そしてゆっくりと、体制を戻し、

「確かに良い案かもしれないが、難しいな。」

と、一言だけ言った。「ふう」と息を吐き、肩を下げ、諦め顔でこちらを見る。

「で、結局、君の占いの結果はどう出ていたんだね?」

 私もこれ以上の説明は要らないだろうと思い、占いに出た結果をそのまま答えた。

「現在の位置には「衰退」、未来の位置には「停滞」、そして分岐点には「子供」が出ていました。以上です。」

 そう言って私は座り心地の悪い、堅いソファーから立ち上がった。腰が痛む。

「あ、念のため申し上げておきますが、これはあくまでも占いですので。」

 そして、最後に辻占い師としてもう一言付け加える事にした。

「それから、火遊びはお止めになった方がよろしいかと思います。優秀な人材が離れていきますよ。」

と言い放ち、市長室のドアノブに手を掛けた。

 私が部屋から出るときには、市長はこちらを見ることもなく、片手だけ上げて「ご苦労さん」とでも言いたげなジェスチャーをした。

 だが、市長室の扉が閉まりかけた時には、ソファーから腰が浮いており、驚いた顔で立ち上がろうとしている姿だった。

 すぐに扉を閉めると、私は足早にその場を離れ、急いで階段を駆け下りた。こんな場所に長居は無用である。

 すると、後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。

 私を走って追いかけてきたのか、息が上がった様子の彼の手には封筒があった。その封筒を私に差し出しながら、

「本日はありがとうございました。これはお代です。」

 私のような辻占い師に依頼したことを、後悔しているのだろうなと思うと、少々申し訳ない気持ちになった。

「ごめんなさいね、あまりお役に立てなかったみたいで。」

 とりあえず、謝っておこうと上目遣いに顔を見た。

「いえ、良かったんじゃないかなと思います。占い師さんとは言え、一般市民の方です。そのような方から、思いも寄らなかった提案が頂けて、少しは刺激になったと思います。それより、占い師さんにはどこまで見えていたのですか?」

 不思議そうな顔をして、私の顔をのぞき込んでくる。

「どこまでと言われましても…。私は辻占い師としての役目を務めたまでです。」

 そう言って彼に一礼し、私は市役所を後にした。

 彼は、信じられないといった表情をしたまま、その場に突っ立っていた。

 そして、アーケードに戻った私は、いつもの場所にいつものように座り、静かにお客を待った。

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アーケードの片隅で辻占しています。 一休庵寿 @ikkyuuanjyu

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