白雪くんは恋をまだ知らない

@koharu_773

第1話 はじまりは王様ゲーム

 わいわいと賑わう教室で木綿花ゆうかはひとり途方に暮れていた。

 本日は二学期の始業式。ドキドキしながら学校にきて、愕然としてしまった。


 (……どうしよう。頼みの綱だった、小林くんに彼女ができたなんて)


 小林陽介とは同じ小学校の同級生。中学は離れたが高校で再会した。

 いつもニコニコしている優しい雰囲気の彼は犬顔の癒し系。話も上手で、共通点もあるせいか自然と話が弾んだ。

 

 諸事情から彼氏役をお願いしないといけなくなり、木綿花は真っ先に小林の顔を思い浮かべた。

 

 だが、今朝学校に来ると、小林が男子にもみくちゃにされている。どうやら彼女ができたらしく、お祝いモードだった。


 耳をそば立てていれば、彼女は小林と同じ陸上部のひとつ上の先輩なんだとか。

 しかも同じ中学で、その当時からお互い好意を持っていたようだ。


 (……小林くん以外、誰に頼めばいいの、彼氏役なんて……)


 事の発端は、夏休み中に開催された中学校の同窓会だった。

 同窓会といえど、三年二組の生徒のうち、いつもの仲良しグループが集まった小規模のものだ。


 しかし、その同窓会で木綿花の想い人、甲斐悠人かいゆうとに宣戦布告された。


 『どっちに先に恋人ができるか競争しようぜ! 負けた方は勝った方の惚気を聞く』


 売り言葉に買い言葉。ついノリと周囲の雰囲気で甲斐の挑戦を受けてしまった。

 心底自分に呆れたが、一度口から出てしまった言葉を取り消すこともできない。

 

 (甲斐から惚気を聞かされるなんて死んでもいやだ……!)


 そもそもなぜ、そんなことになったのかといえば、集まった友人たちの中で、甲斐と木綿花だけがフリーだった。その場の悪ノリで「くっつちゃえよー」と言われたが、二人揃って否定した。木綿花はとても泣きたくなったが、あの場所で大真面目に頷くと、空気が固まるのは目に見えている。なんなら、ノリで口に出した彼が落ち込むかもしれない。


 それに甲斐が木綿花をなんとも思っていないことはちゃんとわかっていた。

 以前、友人たちに「木綿花をどう思っているのか」と尋ねられて、笑いながら「妹」だと否定していたことを聞いてしまったからだ。

 おまけに続いた好みのタイプが「色白で黒髪ストレートの清楚系巨乳」だとも。


 体育館倉庫で偶然その話を聞いてしまった木綿花は思わず自分の胸を見下ろして、巨乳ではないことに項垂れた。ぺたんこではないが、ボインではない。ふわっとはしているが、いささか彼のいう定義には外れているだろう。


 それに加えて先日会った時に「いい感じの人がいる」とのことも自慢げに報告されている。

 見せてもらった写真には某○坂グループにいそうな控えめで清楚な女の子が写っていた。


 つまり甲斐は、もうすぐ付き合う予定だから気が済むまで話を聞いてくれよ、と言っているのだ。


 (いやだ、イヤだ、嫌だ……! ぜったい無理。しぬ)


 好きな人からなぜ自分以外の女との馴れ初めを聞かされないといけないのか。

 本気で嫌だ。笑って聞けない。ぜったい泣く。無理だ。無理無理。無理すぎる。


 そのため、木綿花は早急に彼氏になってくれそうな人を探すことにした。

 甲斐より先に彼氏を見つけて、惚気を回避しないといけない。


 (彼女持ちにそんなこと頼めるわけないし)


 その際たる候補が小林だったが、登校してすぐに希望が潰えてしまう。


 「みんな、見たか? 見たか? 時間がないから始めるぞー」

 「まだ回ってないじゃん!」

 「織原さん、回して」

 「あ、うん」


 表面上はぼんやりしながら、頭の中を忙しなく働かせていると、番号くじの入ったボックスティッシュの空箱が回ってきた。中にはくじ番号が書かれたルーズリーフの切れ端が複数入っている。

 木綿花は人工的にくり抜かれた穴に手を入れて、中から二つ折りにされたその紙を取り出した。 


 (……7番ね、……はいはい。一度も王様でないじゃん)


 体育館で校長先生の話を聞いた後、教室に戻ってきた。担任は伝達事項をざっくり伝えると、「明日のテスト勉強でもしとけ〜」といい、職員室に戻った。


 そうなると、おとなしく勉強しない生徒が出てくる。

 

 その筆頭がいま、音頭をとっている坂本だ。クラスいちのお調子者で、明るく楽しいことが好き。若干甲斐と似ているせいか、彼に誘われると木綿花は断れなかった。


 (……坂本くんはなぁ……絶対ダメ。バレちゃうもん)


 たまに調子に乗りすぎるところはあるが、ベースは良い奴だ。しかし、嘘が下手。

 嬉しくなるとお口が滑らかになるので、彼氏役としては相談できない。


 となれば、あとは必然的にお願いできる人物は限られてくる。

 他のクラスでもいいっちゃいいが、入学してまだ四ヶ月。クラスメイトの男子ですら、ちゃんと全員のことを知らないのに、他のクラスの男子のことを知っているわけがない。


 (あー、もう、どうしよう……)


 ふと目についたのは、クラスメイトの白雪理仁しろゆきりひとだ。 

 色素の薄い栗色の髪、白い肌は滑らかで、身長百八十センチ近くある長身なのに顔が小さい。モデル出身の女優を母に持つ彼は母親似なのか、手脚が長く、モデル顔負けのスタイルを持つ。父は経営者のサラブレッドだ。


 (……白雪くんか、白雪くんなら文句ないけど……巻き込んだらダメな人だ)


 普段は制服なので、少し垢抜けた高校生のように見えるが、遠足で私服を着てきた彼を見た女子生徒の何人かあまりのかっこよさに陰で悶絶していた。木綿花は悶絶するまでもなかったが、素直にかっこいいと見惚れた。


 そんな少女漫画にでも出てきそうな王子様然とした彼を、木綿花のちんけなプライドのために巻き込むわけにはいかない。そりゃ、彼が承諾してくれれば百人力だが、周囲が黙ってないだろう。


 むしろ余計な火種を生むことになりかねない。


 「回ったか〜? 見たかー?」

 「見た!」

 「よしきた。せーの!」

 「「「「「「王様だーれだ?!」」」」

 「俺〜〜!!」


 坂本が得意満面の笑みが立ち上がった。参加者から「なんだお前かよ」「だから急かしたのか」と苦情が入る。彼のそんなノリがやはり、甲斐と通じるところがある。だからといって、坂本を好きになるわけではないが。


 「えーっと、じゃあ、七番と、十五番が」


 少し脳内トリップしていると、突然番号を呼ばれて飛び跳ねた。

 ゲームに参加していたとはいえ、ほとんど傍観者だったので、まさかこのタイミングで番号を呼ばれるなんて思ってもない。


 (なにを言われるんだろう)


 ここまでの命令は、先生のモノマネだったり、持っていたお菓子を食べさせ合う、だったり、語尾に「にゃん」をつけて喋る、だったり……それはそれは盛り上がる内容だった。


 ドドドド、と心臓の音が忙しなく動く。

 どうか無難な命令でありますように、と木綿花は心の中で手を合わせた。


 ーーーーしかし。


「『恋フリ』みたく、偽物の恋人としてお試しで付き合う〜〜!」

(えぇえええええ〜〜〜⁈)


 坂本が小鼻を若干膨らませてむふーと笑う。

 

 恋フリとは『恋人のフリを幼馴染に頼まれたが、なぜか嫁になってしまった』といういま流行りのラブコメ漫画。主人公は冴えない男子高校生で、幼馴染がストーカーに遭ったことをきっかけに恋人のフリをお願いされ、過ごしていくうちにほんとうの恋に発展していくストーリーだ。坂本はこの恋フリにズブズブにハマっていた。

 

 「七番だーれだ?」

 「……はい」

 「「「おぉ〜〜!」」」


 はじめて女子の番号が当てられたせいか、周囲の男子が数名声を重ねて驚きの声をあげた。

 木綿花もハッとしてあることに気づく。


 (これはチャンスかもしれない……っ!)


 参加者のうち女子は木綿花を含めて三人しかいない。木綿花が選ばれたら、残り二人。

 つまり、男子が選ばれる確率がさらに高くなる。彼女持ちなら諦めるが、こうなればもうヤケクソだった。


 (十五番の人に彼氏役を頼もう! 時間がない!)


 さいわい、木綿花たちの学校は甲斐の高校含め周囲の公立高校より一週間早く二学期が始まった。

 この期間に、彼氏役を見つけて、ある程度打ち合わせができればいい。

 

 (お願い! 彼女いない人! きて!)


 「十五番だーれだ」

 「はい」


 その声の主を探して、木綿花は口をぽかんと開けた。教室内の時間が一瞬止まる。


 「「「「えーーーー⁈」」」」


 数瞬して教室内に激震が走った。口を閉じることも忘れて唖然としてしまう。

 彼ーー白雪理仁は、そんな状況にもめげずに平然としていた。


 (……え、え? ど、どうしよう……)


 理仁の顔をじっと見ていると不意に彼と目が合った。

 目を逸らすこともできないでいると、にこりと微笑まれる。


 (え、ええ? え? え?)


「坂本、アウトー! けつバットじゃあ〜!」

「それはあかんやつ! 坂本が悪い!」


 木綿花が何かを口に出す前に、クラスメイトたちが王様を強弾した。

 やっぱり、いくらゲームでも、理仁と木綿花じゃ釣り合わない。

 そもそも、特定の誰かをつくった時点でフルボッコの刑になりそうだ。


 ーーーーーキーンコーン、カーンコーン


 (……あーあ、終わっちゃった)


 坂本がみんなからこんこんと叱られているうちにチャイムが鳴ってしまった。

 助かったような、残念なような、なんとなく消化不良だ。

 

「もめ、災難だったね」

「ほんと災難すぎるよ!」


 椅子を片付けていると、木綿花の元に友人の西原果乃実にしはらかのみ柏木美結かしわぎみゆがやってきた。

 美結にひしっと抱きつかれて、果乃実にはよしよしと頭を撫でられる。

 

「うん。ちょっとびっくりしたけど……」


 もう一人の当事者を探すと、理仁はすでに自席に戻って着席していた。

 隣にはクラスメイトの藤代もいて、二人で何かを話している様子だ。


「もめ、ごめ〜ん」


 そこへ、がっくりと項垂れた坂本がすごすごとやってきた。

 よほど強く叱られたらしく、しゅんと落ち込んでいる。


「ばかもと! あれは漫画だから面白いんでしょ⁈」

「さすがに人の気持ちを弄んだらダメだよね」


 美結と果乃実から追撃され、また坂本は小さくなった。

 木綿花は「まぁまぁ」と美結を宥める。


「もめは甘いよ」

「でも、みんなが怒ってくれて、わたしの出る幕ないし」


 それにいい案だと思ってしまった。

 チャイムが鳴らなければどうなっていたんだろう、なんて都合のいいことを考えてしまう。

 

 (いや。どっちみちだめだって)


 高校に入学して四ヶ月。


 理仁は両手で足りないほど女子生徒に呼び出されていた。彼はすべて断っているらしく、振られた彼女たちは悔しさにハンカチを噛み締めているという。


 (読者モデルをしている校内いち美人の先輩でしょ、学年一可愛いと噂のC組の瀬戸さん、次期生徒会長の知的清楚系美女……。うーん、勝てる気がしない)


 秀でた特技もなく、美人でも可愛くもない平々凡々な己がたとえ偽物の恋人とはいえ、理仁の恋人になるなんて、砂漠で水を探すのと同じぐらいの確率だ。承諾してくれるとは到底思えない。


 「男の子同士でやったら面白いと思ったんだ」


 坂本の言い訳として、男同士で「恋フリごっこ」がされたら面白いだろうという目論見だった。

 だが、彼が選んだ七番には木綿花ーー女子生徒、がいて、もう片方が校内一の有名人の理仁だったことが問題だった。


「そもそも女子が参加しているんだから、普通当たることを想定して命令を考えるよね? 考えていたらそういうこと言わないでしょ」

 

 美結がグサリと正論を述べる。坂本がまた「うっ」と喉に何かを詰まらせた呻き声をあげて項垂れた。


 「坂本くんは反省してるんだし、いいよ。もう」

 「も、もめ〜」

 「王様ゲーム自体は楽しかったし(ほとんどぼんやりしていたけど)」


 坂本が両手を合わせて木綿花に頭を下げる。木綿花は笑って許した。


「もめ、ありがとう! 白雪にも謝ってくる」


 坂本が「じゃあ」と言い、理仁の元に向かう。その坂本の後ろ姿を追いかけていると、理仁がこちらを振り向いた。


 (……え?)


 ばっちりと目が合い、またにこりと微笑まれる。

 木綿花はどうすればいいかわからず、曖昧に笑い返した。


 「ねえ、もめ。聞いてる?」

 「あ、ごめん。なになに?」


 果乃実と美結の会話に混ざりながら、もう一度視線を理仁のいる方向に向ける。

 だが、彼は笑顔で坂本の謝罪を許し、友人たちの会話に戻った。



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