私の人生のヒーローが不安そうだったので安心させる話

バルバルさん

だって私は貴方の人生の

「え、私は作家にはならないよ?」


 私がそう言うと、前に座る眼鏡と制服の似合う彼はぽかんと口を開け、マスタードソースにナゲットをつけたまま固まった。

 そんなに変な事を言っただろうか。というか、そのままだとナゲットが辛くなりすぎると思うのだが……

 そんな彼は秒針が時計を一周するまでに再起動した。


「え、リリ。君、作家にならないの?」

「うん」

「なんで?」


 何でと言われてもなぁ……


「逆に、なんで私が作家になると思ったの?」

「え、いや。いつも僕からしたら辞書みたいな厚さの本読んでるじゃん」

「うん」

「で、国語の成績トップじゃん」

「まあね」

「それに、ウェブに短編小説をいくつもあげてるじゃん」

「こないだ、何個かの閲覧総数が百を超えたよ」

「え、おめでとう。だから、てっきり進路は文系大学行って作家になるものだと……」


 そう言いながら、マスタードをつけすぎたナゲットをかじり、少し顔をしかめる彼。

 そんな彼を眺めながら私はウーロン茶をストローで飲む。


「確かに、小説や活字は好きだよ。書くのも、読むのも……でも、それはあくまで好きなだけ。トウマだって、漫画は好きでも、漫画家になりたいわけじゃないでしょ?」

「そうだけど」

「私は、小説の主人公が好きなの」

「え」


 そこで区切り、少し冷えてきたポテトをつまむ。


「私たちは、主人公って役割を与えられると、どれだけでもカッコよくなれるし、どれだけでも情けなくなる。いくつも残酷な選択肢を突き付けられるし、私達じゃ想像もつかない苦境に立つんだ」


そして、彼の目を見つめ。


「でも、主人公は折れない。彼らは、彼女らは、答えを出して、進むんだ。たまに出さない主人公もいるけど……私は、自分の人生の主人公として、作家にはならないって答えを出したの」

「なら、何になるんだい?」

「聞きたい?」

「え……聞きたい、けど」


 そして、私は答える。


「お姫様!」

「は?」


 再び、彼はぽかんと口を変えたまま固まる。そんなに変なことを言っただろうか。

 今度は、秒針が時計を二周して彼は再起動した。


「え、お、お姫様?」

「うん」

「お姫様って、プリンセスってこと?」

「ちょっと違うかな。お姫様って言うのは、ヒロインの事だよ」

「ひろいん」

「うん」

「ごめん、全然わからない」


 全く、鈍いなぁ。


「いい? 主人公にはヒロインが必要だよね」

「まあね」

「私は、主人公にとってのヒロインになりたいの」

「ほえー……ところで、リリにとっての主人公って?」

「貴方」

「え」

「貴方にとってのお姫様になりたいの」

「……」

「ちょっと、真っ赤になって黙らないでよ」


 私だって少し恥ずかしいんだから。


「え、えっと……僕にとっての、ヒロインになってくれるって……こと?」

「うん」

「え、えっと……ありがとう……」

「ふふん。私の人生の主人公は私だけど……貴方の人生のヒロインも私なんだからね」


 さて。


「これで安心した?」

「……うん」

「まったく、でもびっくりしたよ。『リリは作家になるから、もしかしたら卒業したら人生が別れちゃうかもね』なんて言うんだもの」

「し、仕方がないだろ? 僕、理系の大学に進学するし……もしかしたら、縁が切れるんじゃないかって」

「ばーか。言っておくけど、私は文武両道ならぬ、文理両道だよ?貴方と同じ大学に行くなんて簡単だし。それに……」

「え」

「一杯、私は貴方に救われてる。貴方は、私にとってのヒーロなんだから、しゃっきりしなさい」

「……ああ。わかった!」

「そうそう、その意気その意気」


 そのまま、私達はファーストフード店のジュースで乾杯した。


◇◇◇


――ちょっとリリ!

――何? トウマ。

――進路相談の用紙に将来は僕の彼女になるなんて書かないでよ……し、死ぬほど恥ずかしいから……

――あはは、小説みたいにはいかないね。でも、提出する前にちゃんと書き直したから大丈夫だよ。

――え、じゃあなんて書いたの?

――ないしょ。

――えー、教えてよ。

――ヤッダよー。


◇◇◇


 進路相談

名前   雨宮璃莉

進路希望 ○○大学○○化学科 

 理由・備考

 化学の楽しさを探求したいから。(この後に、薄く『そして柊藤間君の人生の支えになりたいから』と下書きしたのを消した跡が残っている)

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