婚約破棄もハッピーエンドも、元はと言えばお前のせい

カルムナ

もう沢山だ

「エリザベス・クレルモン!貴様との婚約を破棄する!」


 めでたいはずの学園卒業パーティーにて、場違いな怒号が響き渡った。

 浮足立っていた卒業生やその両親、忙しく動いていた給仕係たちは途端に静止し、思わず聞き覚えのある声へ振り向いた。

 広いダンスホールの中心、人が避けたど真ん中に彼ら2人――いや3人は立っていた。


 1人は先ほど声を上げた男。この国の第1王子、アラン殿下だ。

「お前のような冷徹で意地の悪い女との婚約なんてやってられん!陰湿な虐めを指図するなど、この国の未来の王妃に相応しいとは思えん!」

 大層怒っているのか、周囲を考えることなく声を荒げている。その目は血走り、凡そ冷静でないことが容易に伺える。


「何のことを仰っているのか、理解できかねます。」

 対して少し離れた位置にぽつんと立っているのは、エリザベス・クレルモン。クレルモン公爵家の長女。

 彼女はアラン殿下とは打って変わり、静かに、そして優雅に立っている。婚約破棄だなんてショッキングな言葉を受けて尚、堂々と振舞っている姿は流石公爵令嬢というべきか。


「貴様、しらばっくれる気か。ヘレナにあれだけのことをしておいて?」

「ヘレナ?ああ、その平民の子ですか。」

 呆れたようなエリザベスの声に、アランの後ろに隠れていたもう1人がおずおずと前へ出た。

 彼女はヘレナ。何の苗字も持たない、ただの平民のヘレナだ。

 そんな本来何も持たないはずの彼女は、なぜかアランの横を陣取る様に立っている。アランの婚約者の目の前で。


「そ、その……」

「ヘレナ、言ってやれ。お前はずっと嫌がらせを受けてきたんだろう?酷い虐めだ、教科書を折ったり制服を汚したり、それで困っているヘレナを見て遠くでクスクス嘲笑ったり。お前の取り巻きが吐いたぞ、全部お前が指示したことだと。」

「嫌がらせを指示?そんなことしませんわ、濡れ衣です。」

「そんな訳ないだろう、闇魔法なんて下賤で卑劣な魔法しか使えぬ奴の考えそうなことだ。」

「私の魔法の才能は関係ないでしょう!」


 ヘレナが戸惑っている間に、2人の喧嘩はどんどんヒートアップしていく。

 それに対する周囲の反応は、「ああ、またか」程度のものだ。


 無理もない、彼らは婚約者でありながら元々非常に仲が悪かった。

 自由奔放に動きがちなアラン殿下に比べ、エリザベスは保守的な家で生まれ育った箱入りお嬢様。それぞれ帝王学と王妃教育で疲れ切った中、互いの存在が気に入らなかったのだろう。子供の頃から毎日のように言い争い、学園に入学してからは最早会話すらもしなくなった。所謂冷戦状態だ。

 かといって、同年齢で、身分的に丁度いいからという理由で親同士に決められた婚約を反故にすることもできず、彼らはひたすら婚約者という地位を疎ましく思い続けていた。それは周囲も充分察しており、いつ彼らは婚約破棄するのかと賭け事の種にしていたくらいだ。

 だから、婚約破棄自体は驚くべきことではなかった。


 驚くべきことは、もっと他にあったのだ。

「ともかく、俺はお前との婚約を破棄する!そして、ここにいる聖女ヘレナとの婚約を宣言する!」

 アラン殿下は突然そう宣言すると、隣にいたヘレナの肩を抱き締めた。

「は?平民と、ですか?」

「彼女はただの平民ではない。数百年に1度しか現れない癒し魔法の使い手、即ち聖女の名を冠す者だ。聖女が貴族と同程度、或いはそれより上の立場にあることは知っているだろう?」

「彼女はまだ聖女ではありませんよ、教会からの認定を受けていないでしょう?仮に聖女になったとしても、聖女は僧侶と同様に、一生独身で清い身体でいることが求められます。」

「そもそも癒し手の希少さから教会はヘレナを認めざるを得ないし、聖女が独身で居なければならないというのも数百年も昔の価値観から来ている。実際は結婚したからといって力を失う訳じゃあるまいし、形骸化したルールなぞ必要ない。」


 2人の言う事はどちらも正論だ。ヘレナはまだ聖女でない平民だが、いずれ聖女として認められるだろう。

 それに、聖女が結婚してはならないというのは、本来聖女の権威を独り占めしたい教会の我儘だ。先に王家が聖女候補を取り込めば、教会は聖女を認めつつも手放さなくてはならない。

 王家に権力を集めるという意味でも、アラン殿下のやっていることは決して間違っていない。


「……だとしても!私たちの婚約は王家とクレルモン公爵家の契約です。貴方の一存で勝手に覆していいものではないでしょう?」

「その心配はない。」

 良く通る声だった。


 その声がパーティー会場に響き渡った瞬間、会場にいたほぼ全ての人間はその場に跪いた。

 身分社会における判断速度の早さは、社交界で生き残るために重要だ。こういう時、少しでも反応が遅ければ首が飛ぶのだから。


「国王陛下。」

「うむ、アラン。そしてエリザベス、卒業おめでとう。……ああそれと、ヘレナ、お前もだ。」

 ありがとうございます、と2人揃って跪きながら返事を返す。

 ヘレナも少し遅れて感謝の意を述べる。ここで彼女に国王陛下が声を掛けたということは、彼女の存在を認めるという事。即ち、


「アラン。お前の婚約破棄についてだが、認めよう。エリザベス、クレルモン公爵も婚約破棄をお認めになった。」

「……そうでございますか。」

「ああ、今までご苦労だったな。ついでにアラン、ヘレナが聖女として認められた暁には、彼女との婚約を認めよう。」

「本当ですか!ありがとうございます。」


 アランとヘレナの顔がパッと明るくなり、2人は目を合わせて微笑んだ。さながら感動的な恋愛劇場の主人公とヒロインだ。

 エリザベスはそれを見ながら何を考えているのか、扇子の奥に隠れた表情からは読み取れない。悲しんでいるのか、怒っているのか。


「エリザベス。」

「……お父様。」

「来い。帰るぞ。」

 エリザベスは父親に腕を強く引かれ、そのままパーティー会場を退場していった。


 それを見届けたは、彼らに続く様にその場を後にした。



 次の日から、社交界の話題は先日の婚約破棄一色になった。

 曰く、「虐めの主犯だった傲慢な公爵令嬢がついに婚約破棄された。」

 曰く、「聖女候補ヘレナとアラン殿下の真実の恋が実った。」

 いずれもエリザベスを貶め、ヘレナの株を挙げるような噂話ばかり。


「大変なことをしてくれたな。」

「……申し訳ございません。」

 クレルモン公爵の書斎で、エリザベスは俯いていた。

 公爵は業務を次々とこなしながら、ため息を何度もついた。


「謝罪1つで済むわけなかろう。婚約者1人手玉に取れない娘なんて私には不要だ。この家を出ていくがいい。」

「……はい、失礼いたします。」

 公爵の命令は絶対。いくら公爵令嬢であろうとも、公爵自身の命令1つで一瞬にして平民以下に成り下がる。

 そして、今日この瞬間から、エリザベス・クレルモンはただのエリザベスになってしまった。


 土産とばかりに片手カバンに詰めた数着の衣服を残し、ギギギと背後で閉ざされる門。邪魔者を見るような目でエリザベスを見下す門番。

 そんな場所から逃れるようにエリザベスは歩いた。

 そして、少し経って屋敷が見えなくなった時、エリザベスの前に小さな馬車が止まった。


「お待ちしておりました、エリザベス様。」

 差し伸べられた、リンダ・モンフォール男爵令嬢の手を、エリザベスはしっかりと掴んだ。


 ---


 元より公爵令嬢は不人気であった。

 夫人は厳しく、自分の地位の為に娘を絶対に王妃にすると言って憚らない。まだ物心つかぬ頃から王妃教育を施し、何か失敗する度に鞭で何度も打った。

 公爵自身は自分の子供に興味が無かった。跡継ぎの男子さえいればそれで良かったし、女子なんて政略結婚の駒として使えばいい。

 そんな両親に育てられたエリザベスは不愛想で不気味だと社交界で陰口を叩かれていた。


 それだけじゃない。

 彼女の使える魔法が闇魔法だけだという事実もまた、彼女の偏見の元になっていた。


 この世界の人間は魔法が使える。ただし、一部の才能ある人間だけだ。

 魔法は科学を凌駕する神秘的な力で、専ら人々はこの力を争いに利用した。魔力の無い人とは異なり、魔力を持つ人間は貴族として国や人を支配する側に回った。

 そう、貴族の存在意義とは、即ち武力である。その圧倒的な力そのものは戦場を支配するし、それを仲間に見せつければ士気も上がる。逆に、敵が強力な魔法を目にすれば尻込みし、絶望して逃げだすだろう。

 貴族とは、戦争で指揮を執るための存在なのだ。


 しかし、この国『ルミナリア』は平和ボケしていた。

 隣国との戦争は久しく、理想的がいない。そういった国は内部で争い、腐敗していく。

 最早この国の大半は、何のために貴族が存在するのかさえ分からないのだろう。


 だから、使える魔法の属性で偏見なんてものが起きる。

 個人を見ずに属性で人を見るなんて、人種差別や性差別と同じ位無意味だというのに。ああ、そういえばルミナリアは人種差別も性差別もそれなりにあるんだっけ。


 ガタゴトと馬車が鳴る。

 目の前に座っているのは、この先が不安ながらも堂々とあろうと背筋を伸ばす公爵令嬢。

 何とも可憐で気品があって、とても美しい。

 良く育成されたお人形さんのようだ。


「私が行く場所は、どんな場所かしら。」

「良い国ですよ。少なくとも貴方様にとっては。」

 独り言のような声にもちゃんと返事を返しておく。


「でも、私がこの国で冷遇されていた理由は知っているでしょう。使える魔法は闇魔法だけ。そんな不吉な力、誰だって欲しがらないわ。挙句、他の魔法には一切適正がないもの。」

「いいえ、それでも大丈夫です。使える魔法で差別されることは無いでしょう。そういう国ですから。」

 寧ろ、こちらとしては万々歳です。そんな気持ちは胸の内に秘め、何でもないような顔をする。


 魔法には様々な種類がある。火に水に、氷に雷。後は特殊属性として挙げられる、癒し魔法を含む光属性と破壊魔法を司る闇属性。

 特に、闇の力とは純粋な暴力だ。

 物を融かし、破滅に導く力そのもの。使い手は少なく、仮に使えるとしてもその才能を隠す人が殆ど。偏見の目で見られるせいだ。

 しかし、そんな闇属性を不吉な力だと嫌悪するのは平和が永遠だと信じているせいだ。

 だって、全てを破壊できる力なんて、有効活用するに限るのだから。


「それにしても、まさか貴方が隣国『ヴァルハルド』に逃がしてくれるとは思わなかったわ。ありがとう。ところで、どうして隣国の貴族と繋がっているの?」

「ご存じの通り、私の母は隣国出身です。また、叔母は隣国の子爵に嫁ぎました。我が家の領地は隣国と接しているので、結構人出があるのですよ。……そんな交友関係の中で、貴女様に会いたいという殿方がいらっしゃったものですから。」

「その話なんだけれど、本当なの?あの侯爵様とは社交界に何度か出会ってご挨拶したし楽しく会話もしたけれど、そこまで想われていたなんて。」

「そうですねえ、それはご本人様に聞いていただくのが一番ですが……何でも、一目惚れというやつだそうです。」

 エリザベス嬢は顔を赤くし、そっと扇子で顔を隠した。

 これでいい。侯爵様が彼女を気に入ったのは事実だから。


 一晩明けて馬車は泊まり、隣国の領地についた。私の叔母が嫁いだ先だ。

「ああ、ずっとお待ちしておりました。エリザベス様、ずっとお会いしたかった。」

 馬車を降りた先で待っていたのは、

「ハワード侯爵様……」

 先程話をしていたヴァルハルドの侯爵様だ。


「以前社交界でお見かけした時からずっと気になっておりました。婚約破棄されるかもしれないと聞いて、居ても立っても居られなくなりここまで来てしまいました。その様子だと……」

「はい、家も追い出され、もう貴族ではございません。」

 そういって跪こうとする彼女を、ハワード侯爵はそっと支えた。

「ああ、勝手に触れてしまい申し訳ありません。ですが、レディーがそのようなことを為さる必要はないのです。」

「ですから、もうレディーではありません。」

「貴族かどうかなんて、どうでもいいのです。私は、あなた自身を好きになったのですから。」


 ハワード侯爵が跪き、そっとエリザベスの手を取った。

 エリザベスは頬を赤く染め、その手を握っている。


「おほほ、流石美男美女は絵になりますわねえ。」

「叔母様。」

 そっと近寄ってきたのは、私の叔母様。今ではここの領地の子爵夫人だ。


「子爵夫人、突然の訪問をお許しください。彼女に真っ先に会いたかったのです。」

「いえいえとんでもない、エリザベスお嬢様が無事に侯爵様と出会えて本当に良かった。」

「ええ、リンダ嬢に感謝致します。」

 侯爵のお辞儀に合わせ、こちらもドレスの裾を掴みながらゆっくりと礼をした。


 その晩は皆揃って子爵の屋敷に泊り、あっという間に次の朝を迎えた。

「それでは、お世話になりました。」

 エリザベスはハワード侯爵についていくことを決めたらしい。

 行く当てもない中、身柄を約束してくれる人がいるなら当然の決断だろう。

 私と叔母は走りゆく馬車に手を振り、小さくなって見えなくなるまで見送った。


「……上出来ね、リンダ。」

「お褒め頂き感謝ですわ、叔母様。」

 叔母様は張り付けていた笑みを消し、普段のぶっきらぼうな表情に戻った。これが本来の顔だ。

「これでルミナリアの力は削がれた。バカなことだ、強力な闇魔力を持った血筋を自ら手放すとは。」

「しかし、お陰でやりやすかったですよ。スパイとしてね。」

 叔母様と目線が合い、互いににやりと笑った。


 ---


 自分はリンダ・モンフォール。ルミナリアのモンフォール男爵家の長女である。

 そして同時に、ルミナリアの隣国ヴァルハルドのスパイだ。


 私の祖父の代まではしっかりとしたこの国の貴族の一員であったが、祖父が一目ぼれから始まった恋愛婚をしたせいでこの家は乗っ取られた。

 祖母は隣国からやってきたスパイで、祖父はハニートラップに引っかかってしまったのだ。彼女、即ち私の祖母は男爵を取り入れて結婚し、幾つもの子を設けた。

 祖父は完璧な傀儡となった。彼女は子供に隣国式の教育を施し、彼らもまた隣国の為に働くようになった。

 息子の結婚相手はヴァルハルドからやってきた男爵家長女、娘の結婚相手はルミナリアの子爵家。いずれもヴァルハルドの為に動く駒だ。

 何十年もかけてルミナリアを蝕む為の作戦だった。


 そして、時は来た。孫娘の私の代までしっかりと教育は行き届き、私自身物心ついたころにはヴァルハルドに忠誠を誓う立派なスパイになっていた。

 狙いは同世代に誕生したエリザベス・クレルモン。クレルモン公爵家の長女だ。

 彼女が生まれながらにして強力な闇魔法が使えることは以前から有名だった。

 魔力とは遺伝するものであり、強い魔力を持つ貴族同士が結婚して子を設ければ、強い魔力を持つ子が誕生しやすい。


 だから、血筋至上主義のヴァルハルドはルミナリア王家とエリザベスの婚姻を阻止しようとした。

 簡単なことじゃない、だって彼女が5歳位の時には既に王家との婚約が決まっていたから。婚約とは約束であり、それを反故にすることは滅多にあり得ない。

 しかし、それを何とかしろと我々に命令が下った。


 いや、男爵家如きが王家と公爵家の約束を何とかできると思うな。

 そういってやりたかったが、仕方ない。やれと言われたらやる。それが我が家だ。


 調査の結果、2人の仲が良くないことが分かった。

 これなら、邪魔できるかもしれない。

 私達は社交界でエリザベスを貶めるような噂を流し続け、アラン殿下に相応しくない相手だと世論を広め続けた。


 それに加え、更に運がよかった。

 なんと、数百年に1度しか生まれないというほど希少な、治療魔法を使える子が同時にこの国に誕生した。

 何も知らない、天真爛漫な美少女だった。

 これを利用しない手はない。


 私は男爵家という貴族の中でも低い地位を活かし、学園で平民出身の彼女と友達になることに成功した。

「ねえ、貴方歴史学に興味ない?」

「え?歴史?あんまりないけれど……」

「そんなこと言わないで、試しにちょっと本読むだけでも楽しいわ。図書館でいい本があるの、タイトルを教えてあげるから探して来たら?」

 そんなことを言ってそそのかし、同じ本を探していた殿下と出会わせることに成功した。


 それだけじゃない。殿下がいる近くをわざとすれ違うよう誘導したり、すれ違う瞬間に彼女のハンカチを磨って落とし殿下に拾わせたり。

 狙い通り、殿下と彼女の仲は随分縮まった。後は周囲に噂を流し、彼らが引っ付く様に促すだけ。


 勿論エリザベスの取り巻き、というかクレルモン公爵家と仲のいい令嬢たちはこれを良く思わなかった。

 集まる度にヘレナの悪口をいい、悔しそうに顔をゆがめていた。

 その中でもエリザベスだけは表情を変えず、いつも澄ました顔をしていた。


 だから、取り巻きをおだててヘレナにけし掛けることにした。

 驚くほど上手く行った。嫉妬と正義感に狂った取り巻き達はヘレナの悪口を流すだけでは飽き足らず、教科書を折り、制服を汚し、それを遠くでクスクスと笑うようになった。

「あの子が最初に間違ったことをした。だから悪くない。」そういう言い訳を手に入れた時の人間は醜悪なものだ。


「どうして、どうしてこんなこと……」

 ヘレナは泣いていた。何度も何度も繰り返される嫌がらせに耐えられなかったのだ。

 貴族ばかりのこの学校で、彼女の見方はいない。友人も私を含めた数人程度で、いずれも地位が低い。取り巻き達の暴走を止められるような人間じゃないのだ。


「ヘレナ、可哀そうに。大丈夫よ。そうだ、殿下に相談してみたら?」

 陰で泣くヘレナを慰めながら、殿下に泣きつく様に誘導しておく。私も取り巻き令嬢たちをエスカレートさせるために、実はこっそり嫌がらせに加担しているのは内緒だ。

 素知らぬふりをし、そっと頭を撫でておく。


 殿下が泣いているヘレナを放っておくはずはない。きっと嫌がらせした犯人を見つけるだろう。

 そして、犯人の令嬢たちは責任逃れにこう言うだろう。

「エリザベス様に命令されました。」


 最後にダメ押し、婚約破棄の噂を学内に流しておく。

 人間と言う生き物は恋情に支配される愚かさを持っている。仕方ない、本能だ。そしてそれは婚約と言う壁があれば余計に盛り上がる。

 そんな時に婚約破棄の噂を聞けばどう思うだろうか?婚約破棄に相応しい理由を自分で見つけてきてくれるだろう。

 王族と公爵家の約束は大事だが、この国ではそれと同じくらい聖女の存在も大切だ。それをうまく理由付ければ公爵令嬢の追放も夢じゃない。


 後は流れるままに、身を任せておけばいい。


 ---


 カーンと鳴るおめでたい鐘の音を聞き、にこやかに微笑みながら拍手する。

 今日はエリザベスとハワード侯爵の結婚式だ。


 ヴァルハルドでは地位よりも何よりも魔力が優先だ。

 魔力さえあれば平民でも侯爵と結婚することはいくらでも可能だ。

 その証拠に、周囲の人々は心からの祝福を彼ら二人に送っている。高い魔力を持つ人同士の結婚を、心から望んでいる。

 何ともおめでたいことだ。


 豪勢な式が終わり、招待客が次々と帰って行った後のこと。私はハワード侯爵に呼ばれ、彼の執務室に来ていた。

「結婚して早々、別の女と二人きりになるなんてよろしくないのでは?エリザベス様に疑われてしまいますよ?」

「大丈夫だ、彼女は今疲れて眠っている。噂好きのメイドもこの近くには来ない。」

 彼は目の前の書類に次々にサインを書いている。私のことは一瞥もしない。


「それで、何の用でしょうか。」

「ルミナリアのことが知りたくてな。今国内はどんな感じだ?」

「どんな感じって……まあ、いつも通りですよ。公爵家は相変わらず王家にすり寄ってますし、王家も聖女を家系に取り込めると知って大喜びですよ。あの子のことが邪魔だったんでしょうね、お互いに。」

「喜んでいるって……あの事には気づいていないのか?」


 あの事?はて、と一瞬頭を捻るが、直ぐに閃いた。

「ああ、聖女の魔力が遺伝しないことですか。多分そこまで考えていませんよ、彼ら。だって、貴重な闇魔法の使い手を国外に逃がす位魔法には無知な国ですから。彼らにとっては、闇魔法が縁起の悪い魔法で、聖女の魔法は縁起のいい魔法。結婚させて王妃にするなら後者の方がいいに違いない!その程度の考えですよ。」

「浅はかだな、魔力を何だと思っているのか。」

「ヴァルハルドが魔力に拘り過ぎている節もありますね。ま、魔力の弱い私にとってはルミナリアの方が過ごしやすくて有難い限りですが。」


 聖女は百年に1度程度しか誕生しない。それは即ち、聖女の魔力は遺伝するものではなく、一定の確率で偶然人間の間から生まれるものだということ。

 つまり、聖女と王家が結婚しても魔力の強い子供は生まれないという事だ。


 魔力の血筋を全てとするヴァルハルドにとっては最高だ。貴重な闇魔法の使い手の血筋を奪って侯爵家に取り込めるだけでなく、相手の王家の魔力を削ぐことができるのだから。

 侯爵は何やら一人でニヤニヤしている。


「気持ち悪い、何笑っているんですか。」

「いいや、嬉しくてな。」

「経緯や目的はともあれ、エリザベス様は大切にしてあげてくださいね。あの子、一応可哀そうな身の上ですから。」

「なんだ、度重なる調査で情が移ったか?とんだ笑い話だな!大体、お前があの子を窮地にやったのだろう。エリザベスの悪い噂を流して孤立させ、ヘレナへの虐めを加熱させ、全ての原因を作ったのは紛れもないお前じゃないか。」

 ハワード侯爵は私を指差し、ハッと嘲笑った。まあ、確かに私は大分意地の悪いことをしたとは自覚している。


「仕事ですからね。結局皆ハッピーエンドに終わったからいいじゃないですか。大体、貴方が彼女を嫁に欲しいと言い出さなければ国外追放までやる必要はなかったんですよ。そもそも、ヴァルハルドから命令が来なければこんなことしませんでした。そうせざるを得ないからやったのであって、できる限りの範囲では皆不幸にならないように上手くやっています。だから、貴方様も上手くやってください。」

「お前なんかが心配せずとも、一生大切にするさ。浮気はしないし、この上なく贅沢をさせてやる。俺は、彼女の美しい魔力に惚れたんだから。あんな力強く、純粋な魔力はこの国でも見たことが無い。」

 ハワード侯爵はうっとりとした目でため息をついた。魔力オタクめ、気持ち悪い。


 私はすぐにその場を去った。

 呼ばれた結婚式には出たし、エリザベスの様子は見たし、もうやることがないからだ。

 とっととルミナリアの領地に帰らねば。


 そういえば、私の結婚はどうなるんだろうか。魔力が高ければヴァルハルドの貴族と結婚できただろうけれど、兄弟達の残りカスみたいな魔力しか持ってない私じゃ無理か。あいつら皆魔力主義だし、多分気が合わない。

 無難なルミナリア内の貴族にでも嫁ぐのだろうか、或いは独身のままでもいい。

 どっちにせよスパイとしての役目は十分果たしたのだから、ヴァルハルドからたんまり報酬は頂けることだろうし、それで贅沢しなきゃ生きていける。


「ああ、くだらない。」

 ぶっちゃけどうでもいい。国の為とか、未来の為とか。


 エリザベスはきっと自分のやったことを理解していないだろう。彼女は自分というルミナリアの貴重な財産を外国に売り渡したのだ。

 だが、それは彼女のせいかと問われれば微妙だ。そもそも彼女の闇魔力を冷遇したのはクレルモン公爵だし、聖女に惚れて婚約破棄を突き付けたのは王子だし、聖女との婚約に目を晦ませて黙認したのは国王だ。

 いくら私が扇動したとはいえ、元を辿れば小娘一人で扇動される程腐ってた国そのものが悪いとも言える。


 一方で、ヴァルハルドが正しいかと問われれば、そうとも限らない。

 少なくとも私が観測する限り、ヴァルハルドは魔力の血筋に拘り過ぎだ。魔力の血筋こそが全てこそだと信じ込み、その他の能力を軽んじている。

 勿論、この世界が魔法によって支配されていることは確かだし、戦争において魔力が如何に効果的かは理解している。それでも、いささかやり過ぎではないだろうか。


 ルミナリア以外の隣国、特に近くの新興国たちは科学技術を発展させ、魔力を持たない人の為の武器を作っているらしい。

 現段階では弱く脆い、魔法の前では何の役にも立たないゴミ。そう評価されている。

 だが、本当にそうか?今はまだゴミでも、時間をかければ脅威になりえるかもしれない。

 魔法に胡坐をかいた我々の寝首を掻きにやってくるかもしれない。そうなれば、血筋の選別など無駄だ。


「まあ、結局未来の事なんてどうなるか分からないけど。ゴミがゴミのままかもしれないし。」

 また独り言を呟き、目の前に居た付きメイドが体をピクリと震わせた。が、特に気にする様子はない。独り言はいつものことだから。


 ともかく、これで私の面倒な仕事は終わり。

 婚約破棄もハッピーエンドも、もう沢山だ。

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