第2話
年末年始も習慣のように実家に帰ることになった。ただし、今年は初めて父のいない年になる。つい二、三年前は同じ独身貴族だった友達とハワイやヨーロッパに出かけたものだったが、その友達も去年結婚したことで、叶わなくなった。彼氏との間に子どもができたことがきっかけだったという。一度友人の自宅へ招待されて、生後半年の子どもを抱っこさせてもらった。両手を差し出すと、抱き方をレクチャーされ、何だか恥ずかしい気分だった。ほとんどの人間がすでに把握しているであろう赤ん坊の抱き方を、四十歳にもなってまだわかっていないということが晒されてしまった。結局、そのことがずっと引っかかっており、予定より早めに帰った。
実家に帰ると母の顔はどこかげっそりとしていた。聞けば先日美穂が帰ってから数日後から風邪をひいたらしく、今もまだ治っていないという。
「病院は行ったの?」
美穂が訊くと母は曖昧に首を横に振った。
「寒くて、外に行くのが嫌になるのよ」
「でもいつまでも風邪が長引くのも嫌でしょ」
「こんな寒いとね、関節が軋んだように痛むのよ、あんたもそのうちわかるって」
母は言いながら老人斑のできたこめかみを伸びた爪で掻いた。美穂はある違和感を抱えた。母は老人斑を見せないように美穂に微妙に顔を傾けていた。そのくせ、やたら痒いようで、頻繁に爪で掻いている。
「お母さん、それ、大丈夫?」
美穂は気になりすぎて、母の機嫌を損なうこと覚悟して訊ねた。
「それって」
「その、こめかみにできてるの」
「ああ、これ」母は指の腹で老人斑を押し付けた。
「この歳になるとこんな大きい染みができて嫌だわ。美容整形で切除しようか悩むくらい。お父さんがいたら確実にそうしてた」
「じゃあ今はその気がないの?」
「まあ、あんたくらいしか話し相手いないからね」
母は「そろそろ夕飯作らないと」と呟きながら冷蔵庫に向かった。その拍子に一瞬、老人斑がはっきり見えた。それは一つの大きな染みのなかにも濃淡があり、濃い部分が人の顔のパーツをなしているように見えた。あれは顔にしか見えなかった。
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老人斑 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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