⑤
「そこまでじゃッ――!!
けたましい叫び声。知らぬ声。
正体は、窓だった。
ソレが入り口となったんだ。
ヒビがつんざく。耳をつんざく。一手にパリント産声を上げて、世界を駆け巡る。雷鳴をまといては、ほとばしる。
ソレは襲来だった。
繭を成し、全てを拒んだ。二人の世界が理に、まつろわぬ銃声だった。
放課後の理想郷。ソレが今、損なわれた。
豈に生かさゞらむことありし哉。
形容は不可能。流体のごとくなだれ込む殺意。籠める。込める。うんト込める。僕は割れた窓、その亡骸が風を吹かす場所を睨み付けた。
「間に合った――かの?
古風が吹き込む窓の先、少女が一人。
背景は紫を失い、正気を取り戻したつまらない夕焼けだった。見知らぬ少女はゴウゴウト風吹かし、浮いていた。
金髪はツインテール。いぶかしげに潜めた眉下、垂れながらも鋭く刺すのは、海のように深き碧眼。寒さすら感じる白肌に、何を言おうか戸惑い気味に歪む、小さな口。
首から下、そこら中にフリルが付いた、薄氷色のドレス。背には水色のランドセル。 背から生えるように浮かぶ、天使のような小さな羽が見えた。
正にアイドル。玉玲瓏ト呼んで差し支えない。美少女だった。
背負う物と短い手足。推測も要らない幼さ。
しかしどうして、コチラを見据える複雑な表情や、異国を通り越して異界の装い。その老獪な話し方。他の何もかもが、彼女をヒドく大人びて見せた。
僕はただ、ぽかんト見ていた。
何せ何も解らない。
彼女の名前も、姿も、理由も、目的も。
投げ捨てたハズの脳ミソに、今更再雇用のお知らせを送ってはみた。送っては。
「アレって――
キミの知り合い?
そう続けるまもなく、ギュウト僕の口は塞がれた。
隠すようだった。かばうようでもあった。目の前、とびきりをジャマされた捕食者は、自分の火照ってはだけていた胸に、男の顔を思い切り押しつけ、抱きしめた。
胸の隙間、僅かに瞳が見えた。胸に灼き焦がし、溶接したくなるほど鮮やかに、紅蓮に輝いていた。間違いなく猛るものがあった。
「ねぇねぇねえ! 食事中だよ!?、大丈夫?
「見りゃ解るわい!
「頭の話!、目じゃなくてさぁ!
「お主よりマシじゃ、
「アハハすっごーい。言葉ドッジボールじゃん。
「煽りのつもりか?
「事実陳列だよ。何?、現代っ子?
乾いた笑い声が響く。僕が惚れたソレよりも、ヨッポド普段に近いというのに。今までで一番、ソレは何よりも冷たく響いた。
「少年! 眼を覚ませ! そやつは――
「知ってるつーの! ねぇノノ♡
「"知ってる" どういうことじゃ!
「うっせーな、もう良いでしょ? ハイハイ帰った帰った
二人の剣幕に、押し黙っていた僕。
いやに甘い猫なで声が、優しく下ろされる。スリスリと慈しむように、マツミさんの手で頭を撫でられる。
「ちょ~~っと待っててね。
彼女は僕の耳元に口を寄せ、そう呟いた。
気がついたら僕は一匹、教室の端で体育座りをしていた。
薄らんだ視界、少しずつマツミさんのローファーの鳴らす音が、遠く鳴っていくのが解った。
僕はもう、完全に狂っていた。
子供のように、赤子のように、受精卵のように。最早生きるための何かトはでなく、目の前にただ縋ることしか出来なかった。
全てが、全てが未知だった。
その全てが鋭く心を突き刺し、どうしようもない不安となってキズとなった。
つららであった。
つららが雨となって僕を取り囲んでいる。 恐ろしい確信があった。
鬼気迫った表情が、僕から剥がれなくなった。
もう必死だった。
知らぬ街。神隠し。迷子の幼子は一人、母にそうするように叫んだ。
「ま、マツミさ、ちゃん!
「大丈夫だって。ね?
最後に振り向いた彼女の顔。
嫋やかで、美しくて、安らいで。
僕は期待と安心に満ちた表情で、何度も何度もうなずいた。音も無くコクコクトして、首を上下に振り続けた。。
遠くの方より、視線に気付く。あちらも気付いてソラされる。
溜息を一つ、少女は降りてくる。マツミさんの前に立ち、ゆっくりと迫ってくる。
「まず、"正気" に戻さねばな――
困り眉は崩さない。よく分からない独り言、彼女はひとりでに呟く。
「だから正気だって。何?、痴呆入った?
傍若無人は崩さない。マツミさんは嗤う。ただ嗤う。
「その目を閉じてから言え。爛々く-く、忌々しい。
「キレイっしょ?、
「まったくな、誰の輝きか。
「私だよぉ?
「んな訳あるかい。ボケが
「やだ口悪ーい! 怖ーい!
「知ったような口を……っ、
にらみ合っていた視線が落ちる。少女の手が震え、握りこぶしからポタリ、何かがしたたり落ちる。
「お、おこですかにゃ?、オコ?
「二度言わすな、ブス
「ハ? ……なんてぇ?
「聞こえんかったか?
「ごめんごめん! ババアの話ってスカスカでサァ
「~~ッ、ッ、知った口を――/
/――利くなッ!!!
号哭。
凍てつく叫び。
轟は怒りと悲しみ。
飛び出したのは両脚。
揃えてそのまま、少女の脚は、マツミさんの顔面めがけて飛んだ。
破壊音。倒壊。雷鳴。天地無法のうねり。地面が全て底抜けるようないななきがあって、二人の姿はたちまち土煙に包まれた。
両耳を塞ぎ、眼を思い切りつぶった。それでも尚、突き刺す閃光と轟音は僕をウチから殴りつけた。
砂埃の最中、かすかなる視界。
僕は息することを忘れた。いや捨てた。
ソレよりも今、刻みつけるべきものがあったから。
脳を揺らした銀虫の、さざめきを掻き分けて。その彼方へ向かってひた走る。
脚を受け止める彼女の手は、龍の鱗に包まれていた。
人、ト、は虫類。
黒龍、ト、女子高生。
入り交じった混沌。雅に絡みついてはおりなんとす。
服の消し飛んだ彼女の身体は、美術館の彫刻ですら、その場か立ち去っては席を譲るような整いを、威風を見せた。
恐ろしく長い手足、細い腰、曲線。
それらのあちこちに、黒い龍の身体がまとわりついていた。
鎧のような、寄生のような、滲むような混沌だった。
幻影か、夢想か、虚妄か、陽炎か。
全てが "まぼろし" に感じた。
それほどまでに情熱的で、美しい姿だった。
「見なよあの顔、見蕩れちゃって!
「ソレが狂うト言うんじゃ!
自慢げな笑みで観衆にウインクを一つ。手足に貼り付いた鱗を、まざまざと振りかざす。
少女と彼女の腕は何度も絡み、ぶつかり、はじけだす。
人の理。そんな物は何処にも無い。
刹那の応酬、触れあう度に火花が飛び散る。刹那の一枚がほとばしり、心臓を直接ひっぱたくような、甲高い金属音がこだます。
殴って、蹴って、掴んで、引っ掻いて。
亜音速で繰り広げられる、武器を持たぬ二人の闘い。異様とも取れるほど、原始的だった。
ルール無用。くんずほずれつ。バリートゥード。MMA。全てオカザリだ。
髪は乱れ、顔は潰れる。鼻は開き、眼は血走る。
ノドは嗄れ、服ははだける。爪は割れ、知性は隠れる。
直視にはばかりを持たすような、生々しい、グロテスク。鮮烈なまでのエロチズム。
正しく命の衝突だった。
大層なかけ声も、轟々たる歓声もない。
真摯な暴力の応酬は情けを知らない。一目散に相手のロウソクをへし折る。ソレだけにめがけて猪突猛進していた。
いつまでも、見蕩れていたかった。
けれど、ロウソクは直ぐに燃えた。
「あ"っぅ、なぁ"っっ!
突き刺す高音を荒げて、マツミさんは後ろによろけた。
龍の鱗は所々剥がれ落ち、服はもう殆どビリビリに破けていた。
身体のあちこちに付いた切り傷や青あざ。尚、浮かべる不敵な笑みと相まって、形容しがたい寂寥感を立ちこめさせた。
「――全く、野蛮な、闘いよの……まぁ、っ他愛も、ない。
肩で息をしつつ、少女は微笑んだ。
片目は既に潰れ、アレだけ華美に燦めいていたドレスは、見るも無惨に血みどろだった。土砂と津波で染めた後、火事で乾かしたように変貌していた。
「……まじテンサゲ、
行き場も無く吐き捨てられた言葉に、ぼくはいよいよ絶えられなくなった。
「マツミちゃん! ト。叫んでいた。
同時に眼を丸めた。僕は僕が信じられなくて、咄嗟に口を手で覆った。両手で覆った。潰すように覆った。
なんだ。なんだなんだ。今の気色悪い違和感は。
僕は自分が信じられなくて彼女を見つめた。彼女はどこか穏やかに、されど悲しげな瞳で、コチラをジット見つめていた。
「解けてきおったの……
横から少女が呟く。まるで全てお見通し。そう言いたげに眼を瞑り、「ハァ、ト一つ。溜息を吹かした。
「……ほどけた?
「幻覚が、じゃよ
「幻覚?、僕が?
「そうじゃ。弱り果て、お主を惑わす魔力が尽きたのじゃ
「……魔力?、魔力。ハハ、
「どうした?
「ハハハハハ! ……なんだい? また説明も無しに公判のお時間かい!? いよいよカフカじみてきやがった。今日こそ審判の時か!?、丁度良い、十一章が気になってたんだ!
演技めいて手を振り出した。大口を上げ雄大に歩き回り、眼をむき出しにした。最後は後ろに手を組んで、腹から嗤ってやった。
ムリだ。解っていた。
追い詰められた怪盗のように、黒ずくめのベールを剥がされるようだった。
彼女の言葉は全て、キツとして突き刺さった。
誤魔化すには、あまりにも深い。確信の全てが返しとなって、僕に食い込んだ。
「見えるか、彼女が
「どういう意味さ、
「そのままじゃよ。彼女が――いや、そこに横たわるバケモノが、国すら滅ぼす "魔王" に見えるか。そう訊いたんじゃ
魔王?、国すら滅ぼす?
気が狂ってのかこの子は。
訳の分からない、突拍子も無いワードに思わず失笑した。
少女はじぃト僕を見つめ続けていた。
やがて耐えきれなくなって、僕はいよいよ眼を覆った。
諭すような少女の瞳。
僕はマツミさんの方を振り向いた。
既に腰を下ろし、どこか爽やかな面持ちで微笑む。もはや戦う意思はなかった。
なんだ。何がおかしいんだ。あどけなさとあかるさ、爛漫と奇天烈が同居する、正にクラスのマド――
僕は瞬きをした。何度も何度もした。縋る思いで繰り返した。火傷するほどに次の一枚、死に物狂いでめくり続けた。
ドコに行った。ドコに行った。何処に逝った!
あの狂うほどの燐肥は、
咽び返す程の色気は、
伏し喘ぐほどの燻煙は、
……まやかしだったトいうのか。
胸を押さえつけ、ヒザから崩れ落ちていた。わななきを押さえること無く、僕はそのまま地面にうずくまった。
懺悔か、あるいは嘆願か。
もう訳が分からなかった。
「げにおそろしくは……魔性よのぉ
ヒドく落ち着き払った声を最後に、少女は再びマツミさんの方を見すえた。
覚悟を決めた面持ちの少女に、マツミさんは相変わらず。何か諦めたように微笑んでいる。
「……なにを、
「続きじゃよ。いや、終いか
「ま、待て! いくら何でも――イキナリ人が消えて、そのッ、世間体とか……
「ヌハハハ、安心せい。明日にゃ記憶ごとサッパリよ!
「――、へ、
飛び出す単語にもうついていけない。
僕はもう一度、今一度マツミさんを見た。
「ごめんねぇ。ノノ君。
「、あ、。いや……
ノノくん?、ノノ君だと?
どこか苦みを孕んだ笑顔。ポリポリと頭を掻く彼女。なぜだろう。僕はそのとき、自分の体温が突如として、炉に焼べられたと直感した。
いや確信だった。間違いなく煮えたぎったのだ。
そうだ。そうだ。そうだ。そうだ。
コイツら、そもそもがおかしいんだ。
人の世界にどうどうと、土足で踏み荒らしておきながら、散々人の純情をもてあそび、校舎を破壊し、日常をカチ割り、その暴力的なまでの絢爛で、人を狂わせておいて。
ただの夢でした……だと?
「ふ、ふふふふ……ふふっ
僕は笑っていた。一人でに笑っていた。
全身がわなわなト震えだし、もう全てが狂気に呑まれていくのを感じていた。
見せてやろうじゃ無いか。世界一頭の悪い、男子高校生トやらの生態を。
登り切った血を総動員して発した決意を胸に。僕は静かに身構えた。
「征くぞ、成仏せい。
つゆ知らず。にわか雨すら知らず。涼しげな顔で少女は呟いていた。
その小さな手で三角をつくって、マツミさんの額に向けて。何か得体の知らない言葉を呟くと、水色の幾何学模様が浮かび上がっていた。
あぁそうかそうか。
解ったぞ。キミたちはどこか遠くの世界の主人公だ。そして僕はソレに巻き込まれたモブ。とりとめも無き徒然草一枚。所詮はビッグモーターの横暴も止めれぬ、キミたちマックスロードに溶かされ、文字通り泡と消えゆ。情けない一葉なんだろう。
だからなんだ。
だからなんだ。
舐めるなよ。
この世界じゃ一葉でも五千円だ。
いや、この際小銭でもいい。和同開珎、寛永通宝……緑青まみれの薄汚いプライドを見せてやる。見せてやるぞ。
「眠れ――
少女がそう叫んだ。その刹那だった。
「うわぁあああああ"あ"あ"あ"!!!
全体重を踏み抜いて、僕は特攻した。少女とマツミさんの間、僅か5センチばかりの世界に向かって、三勇士を一人でこなすが如く覚悟で突進した。
「え、――
「何――ッ?
うろたえる。うろたえる。声。二つ。
知らん。知らんぞもう。夢なんだろ?
ならソレでいいじゃないか。突撃だ。我が身体に降りてこい、爆弾三勇士よ! コレが21世紀の突破光だ!
全身が融けるような灼熱に包まれて、一つ。今日の一言。
「僕はバカだ。
そう言い残して一人。その日の記憶というヤツは、店じまいであった。
次の日が休日出勤であることは、まだ、知らない。。
(プ版)侵略異世界に勇者と立ち向かうはずが、魔王ルートに突入したようです ねんねゆきよ @NENE_tenpura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます