男子校お嬢様部vsギャル部

金澤流都

お嬢様部とギャル部の抗争 上

 ここは由緒正しいカトリックの男子校、螺旋十字学園である。教師のなかには修道士、要するにブラザーという人たちもいる。ただしザビエルハゲではない。

そこに入学したのは、単純に親を安心させたかったからだった。ここは進学率がとんでもねぇところで、未来を嘱望される俺のような若者がたくさん通っている。

 俺は医者の息子だ。医者になるしかない。となると一流の大学の医学部に入らねばならない。だからこの螺旋十字学園で、きっちり勉強して医学部を目指すと決めたのだ。

 医者の家というのは因果なものである。

 親戚のあまり出来のよくないお兄さんは、医学部に入れず歯学部に入ろうとして、それもダメでさらにいろいろ薬剤師や理学療法士などもダメだった結果、最終的にマッサージ師になった。医者の家に生まれたばかりに、人を治す仕事に就かねばならなかったのだ。

 もちろんそのお兄さんは親戚の中で「貧乏旗本の冷や飯食いの三男坊」みたいな扱いを受けている。突然の暴れん坊将軍! 余の顔を見忘れたか! 上様とて構わぬ、斬れ斬れ!

 とにかくそういう目には遭いたくなかった。

 幸い俺はわりと頭がよく、中学でやった職業の適性のテストも医者向きであった。

 そして螺旋十字学園にトップの成績で入学し、さあ勉強をがんばるぞいと思った矢先。

 トップの成績で入学したばかりに、「お嬢様部」と「ギャル部」の壮絶な人員確保の戦いに巻き込まれてしまったのである。


 ◇◇◇◇


 お嬢様部もギャル部も、別に女装しているわけではない。

 口調をお嬢様やギャルにしているわけでもない。

 はた目にはごくごく普通の、男子校に通う高校生だ。

 じゃあなにがお嬢様とかギャルなのかというと、精神性がお嬢様とかギャルなのだそうだ。

 お嬢様部のほうは、「優雅で気品があり下品なことをよしとしない」雰囲気。

 ギャル部のほうは、「他人の目を気にせずやりたいようにやる」雰囲気。

 そんな、マシュマロ並みにフンワリした価値観の共有だけで部活として成り立つというのはワケがわからない。そしてこの二者は対立しているのだ。なんでじゃ。

 きょうも憂鬱な気持ちで歯を磨き、憂鬱な気持ちのまま制服を着る。いわゆる「白ラン」というやつだ。前はボタンでなくファスナーだ。いやどこの少女漫画。

 リュックサックを背負い、家を出る。家族全員忙しいので会話の時間は夕飯のときだけだ。


 四月の螺旋十字学園は赤レンガの建物とその周りに植えられたさまざまな植物が、いかにも学園、の風情を放っている。桜の季節が過ぎたと思ったらツツジやドウダンツツジが咲き始め、これまた少女漫画の如きフラワーぶりだ。

「やあ一ノ瀬くん。きょうこそお嬢様部に入ってくれるんだね?」


 背後からそう声をかけられる。お嬢様部部長の西園寺だ。


「いや。一ノ瀬くんはギャル部を選ぶに決まっている」


 横から声をかけてきたのはギャル部部長の三輪山だ。


「どっちにも入りませんよ。勉強するためにここにいるんですから」


「でも部活には必ず所属しなくてはならないんだよ?」


「そうだ。ギャル部に入りなよ」


「いーや、お嬢様部だ」


「もう行っていいですかね。遅刻しますよ」


「おっと失敬」


「じゃあ放課後にはギャル部の活動場所に来てくれ」


「いや、お嬢様部の部室に来るはずだ」


 そういうのは俺の知らないところでやってほしい。

 教室に向かう。担任のブラザーが入ってきて、五月までに所属する部活を決めること、と言った。いまは部活見学の期間だ、いろいろな部活を見ることができるらしい。

 まあリアルガチの進学校なので、スポーツの部活にせよ音楽や芸術などの部活にせよ、あくまでお遊びくらいの感じなのだという。比較的仲のいい隣の席の天川に、「何部に入る?」と聞くと、「天文部に入る」と言われた。

「天文部はすげえ性能のいい望遠鏡が使えるからな。僕が父に買ってもらった天体望遠鏡なんてオモチャだよ」

 そうなのか。

 でも俺、宇宙とかあんまり興味ないんだよなあ。

 スポーツの部活でもいいのだろうが、俺は「どうしても勝ちたい」と思ったことがない。

 小さいころ子供向けの将棋教室に知育のために通っていたが負けても悔しがらないので、先生に「将棋には向かないから別の習い事のほうがいいでしょうな」と言われて、将棋は辞めたのだった。

 勝ちたい、というハングリー精神のない人間にスポーツができるとは思えない。

 かといって音楽が得意なのかと言われると完全なる音痴である。よって吹奏楽部は却下。

 絵もヘタだ。粘土をこねてもまともに形を捉えられない。よって美術部は却下。

 流行の音楽にも詳しくない。よって放送部は却下。

 唯一の苦手科目が国語である。よって文芸部は却下。

 小学校のとき学習発表会の演劇でセリフをトチって以来ステージは怖い。よって演劇部も却下。

 ……入れる部活、なくない?

 つまり俺は勉強しかできないのだ。なんてつまらない人間だろう。

 そうなると価値観の共有というだけで部活に入ったことになるお嬢様部やギャル部が妥当なのだろうが、しかしお嬢様部、とかギャル部、とかに入部するという入部届に、母はサインをくれないだろう。くれないの豚。飛べねえ豚はただの豚だ。突然のジブリ映画!

 入れる部活はどう考えてもお嬢様部かギャル部の二択である。

 その日も悶々と過ごして、学食でうどんをすすり、午後も授業を受けて、どこの部活も覗かずに家に帰ってきた。


「お兄様! お帰りなさい!」



 出迎えてくれたのは妹のさおるだ。相変わらずとてもかわいい。


「ただいま。さおるは学校どうだった?」


「中学校というのはみんな下品ですわね」


「下品? そうか?」


「ええ。みんな猥談ばかりしていますわ」


 そうなのか。猥談って12歳の語彙なのだろうか。

 少し考えて、俺はさおるに尋ねてみた。


「お嬢様部、とギャル部、があった場合、どっちに入る?」


「なんですか、その気色悪い二択は」


 その通りだった。


「お嬢様を自称するやつに本当のお嬢様なんていませんわ。ギャルだって自称するのでなく他人に認められて初めてギャルなのではなくて?」


「それもその通りだ」


 深く深く、頷いたのであった。


 ◇◇◇◇


 夕飯を食べながら、家族の会話を持つ。

 きょうの夕飯はお手伝いさんの作ったロールキャベツだ。

 父さんは螺旋十字学園のOBであるが、まさか30年前にお嬢様部やギャル部があったとは思い難いので、とてもとても口に出せない。

 母さんは父さんが開業した病院のお金の出入りをすべて管理しており、それだけでなく自分で小さな企業を経営していて、クソ忙しいのであまり心配をかけたくない。


「栞、入りたい部活は決まったか? 父さんが通っていたころは全員参加だったが」


 栞というのは俺のことだ。アホみたいにロマンチックな名前をつけられてしまった。女の子の名前みたいで恥ずかしい。


「うーん……変な部活に勧誘されてるだけで、入りたい部活はないなあ……部活に入るより勉強がしたいんだけど」


「変な部活?」


 母さんがロールキャベツから顔を上げる。


「あ、いや、なんでもない。なんでもないよ、アハハ」


「お兄様は勉強が好きですもの、部活になんて入らないで勉学に励めばいいのでは?」


「螺旋十字学園は部活全員参加なんだよ」


「まあ。生きづらそうなところ」


 さおるはロールキャベツをもぐもぐと咀嚼する。


「だったら勧誘されてる部活に入ればいいんじゃないか?」


「そうね、きっとそれがいいわ」


「勧誘されているということはお兄様に素質があるということでは?」


 お嬢様とギャルの素質などあってほしくないのであった。


 ◇◇◇◇


 一人、布団の中で考える。

 お嬢様部とかギャル部は、なんで俺を勧誘してくるのだろう。

 入試の成績がトップだったからだろうか。そんな理由でそんなものに入りたくない。

 でも他の部活に入りたいと思わないのだから、お嬢様部ないしギャル部に入るのが正当ではないだろうか。

 うんうん唸ったあと眠りに落ちた。夢は見なかった。(つづく)


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2024年12月19日 11:07

男子校お嬢様部vsギャル部 金澤流都 @kanezya

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