第5話 弓使えよ!

1か月後のある日の午後。


 晩御飯を食べ終わったラウルは、リラックスしながら1か月間を振り返った。


 午前、朝食を食べて素振り。


 御昼、昼飯を食べて藁人形へ素振り。


 午後、1日の振り返りをトマスと行う。


 このような剣術の稽古を毎日やった。


 剣術系のスキルを持っているわけでは無いが、毎日欠かさず稽古を行っていると実力は―――。


「言いにくいのだが……ラウル、お前に剣術の才能は無い」


「え?」


(うっそぉおおおおおお!!!)


「何というか……5歳にしては賢いと思ってたが。こんな所で弊害がでるとは……」


 トマスが言うには、ラウルは次の動きを考えて行動している。だが剣士の世界においては、誰もが反射的に動いている。


 この思考の差は大きくコンマ数秒の世界で生きる剣士にとって致命的な弱点となりえる。魔物戦だけでなく対人戦でも言えることだ。


「では、他の武術。格闘や槍などは……」


「格闘は娯楽であって生死を争う場面では役に立たないぞ。それに近接戦闘をする上で大事な要素が欠けてるんだ。槍も同じだろう」


「そうですよね……」


 スキルで実力がほぼ決まる世界だ。格闘技をいくらやったところでゲームのように技が使えるようになったり、鉄を木っ端みじんに粉砕したりできるわけではない。


 人間はスキル鑑定の副産物で魔力を知覚できるようになるため、ある程度まで身体能力を高めることはできるが、それも限度はある。


 つまり生身よりも武器を持っている方が強いのは当然の結果となる。職業スキル<拳聖>を所持していれば話は変わってくるが、生憎とラウルは持っていない。


 槍に関しては、そもそも近接戦闘に向いていない性格をしているため無駄な時間に終わるとトマスは考えている。


(えぇ……。死霊魔法使うか?)


 ラウルはこの1ヶ月、剣術の稽古以外にも魔法についても再度調べていた。それも禁忌魔法についてだ。


 禁忌魔法が何故、駄目なのかというと使い過ぎると魔法に飲み込まれるからだ。


 最終的に人格を乗っ取られ、魔王の配下となる、と本に書いていた。


 ラウルは、この本がどこまで事実なのか分からないが少なくとも良くないことが起きるのは確かだろうと判断し、この1か月間使うことは無かった。


(ほかに方法が無いなら―――)


「安心しろ。実はお前に向いている武術が1つだけある」


「え?」


「弓術だ」



★★★



 「俺は教えられんが、アテはある」と言ってから2週間。


 ラウルはその間、才能が無いと言われた剣術の稽古をやっていた。


 既に生活の一部となっており、今更止めるのは勿体ないと思い自主的に続けている。


 そんなある日、家を囲う低木の向こう側から1つの人影がこちらへと向かってきているのが分かった。


 徐々に近づいていきやがてラウルが視認できる範囲まで来るとその容姿を露わにする。


 整った顔立ちに、透明な肌。肩にかかる程度の長さの白髪。そして特徴的な長い耳。


「あなたがラウル?」


「は、はい……」


「私はオリヴィア」


「……は!?」


 エルフ。家にある本によると帝国と王国を掛けて広がっている大森林に生息しており、その美貌と珍しさから王国では保護と称して奴隷狩りが行なわれた過去がある。


 だが、それは悲劇の始まりであった。エルフは生殖能力が極端であるため例外なく同族意識が強く仲間思いである。


 そんな存在であるエルフが同族の奴隷を見るとどうなるだろうか。


 そう、種族単位での暴動だ。


 エルフはその種族柄、人よりも優れている。数では圧倒していた王国軍であったが、惨敗。


 王国は、エルフに対して今後介入しないこと、エルフ奴隷の無条件引き渡しと賠償金を約束し収束した。


「オリヴィアさん! お久しぶりです!」


「久しぶり。前にあったのは、トニーが生きていた時だっけ?」


「いやぁ~、もう何年も前ですよね」


「そう? つい最近だと思ったけど」


「ははは……。やっぱり時間間隔が違うなぁ」


 とあることで混乱中のラウルであったが、2人はラウルを置いて話を進める。


―――長命種であるエルフの時間間隔が違うのは必然なのだろう。前世でもそうだったし。


 混乱の最中そう思うラウルであった。


 その後は、オリヴィアを交えて昼食を取った。


 そして時間はお昼。場所はいつもと異なり森を左奥に進んだ場所。


 森の奥地は村を囲う木々よりもでかくそして共謀な魔物が潜んでいる。


 剣術を習い始めてから1度だけ月1の討伐に付いて行ったことがある。


 ラウルは、前世と異なり死が身近な世界であることを痛感させられた。


 討伐中に鋭い角を生やした兎がラウル目掛けて突進してきたときは、下がビショビショに濡れてしまった。


 そのためラウルは森に対して、魔物に対してある種のトラウマがある。


 それをオリヴィアに一生懸命説明したが「私が居れば大丈夫」と言うだけだった。両親もセバスチャンでさえ、オリヴィアさんが言うならとラウルの味方になる者は誰も居なかった。


(オリヴィアが凄いのは分かってるけど……。それでも信じきれない自分がいる……)


 ラウルは、トボトボとオリヴィアに付いて行っていたが、突然何かにぶつかり尻もちをついてしまった。


 前を見ると美しい美尻……ではなく、オリヴィアが空を見ていた。オリヴィアその姿を見たラウルは、獲物を待ち構えている肉食動物かのように感じた。


「ラウル、晩御飯は豪華になるね」


「へ?」


『GIYAAAA!!!』


 空気が張り裂ける音と共にとてつもない音が森全体を襲う。


 その数秒後に遅れて鳥や鳥系の魔物が逃げるように飛び立つ。 

 

 満を持して空を漂う雲から1匹の竜が姿を現した。


「赤竜……ッ!」


 その姿を見たラウルは全身を震わせた。


 距離が離れているにも関わらず感じる圧力はトマス以上だ。


 それもそのはず、竜だ。


 この世界において最も強い存在は竜種であり、その存在はまさに災害。


 その中でも鱗が赤い竜である赤竜は狂暴だ。


 竜による被害のほとんどは赤竜が原因であり、竜=理解外の存在というイメージが人々に刷り込まれた。


 それはラウルも同じだ。


 一角兎の時でさえ、失禁したのに赤竜を前にして耐えることができるだろうか。


「うぎゃぁあああ!!!!! 殺されるぅうううう!!!」


 結論、無理である。


 ラウルはオリヴィアの足にしがみつき泣きつく。 


 だが、オリヴィアは気にした素振りは見せず、ラウルに語りだす。


「あれは赤竜。竜種の中で最も狂暴」


「知ってるよ!!!」


「素材は余すことなく使われる。血はポーションに、鱗は鎧に、骨や爪は剣に、目は装飾品に」


「最高の素材ですからね!!! 当たり前ですよ!!!」


「そして何より……肉が旨い」


「そうですね!!! 旨い、ってさっきから何言ってるんですか!?!?!?」


 人類の脅威を前にして何も構えず、むしろ素材や肉の話を始めるオリヴィアに対し怒るラウル。

 

 ラウルに写る赤竜が徐々に大きくなっていく。


 赤竜の速さで言えば、後数十秒後にはこちらへと届く距離まで迫ってきている。


 口が裂けんばかりに開き鋭い歯を見せながらこちらへ向かってくる。


 その瞳は、オリヴィア―――ではな足元で震えているくラウル目掛けて涎を垂らしながら迫る。


「ひっ」


 もう駄目だ、お終いだと思ったとき、ラウルの頭上から救いの女神の声―――


「って感じで魔力量が豊富な存在を好んで食べるから他の竜種に比べて特に美味しい」


―――ではなく食いしん坊なオリヴィアの声が聞こえた。


「いつまで喋ってんじゃぁああ!!!」


『GIYAAAAA!!!!!!』


「<弓神の一撃>」


 赤竜のジェット機の如き声の中、存在感あふれる透き通ったオリヴィアの声が響いた。


 それに呼応するように上空から1本の巨大な光の矢が放たれ、赤竜に脳天直下する。


 人類の脅威がたった一撃で終わった。


 そのあまりの事実にラウルは、受け入れることができなかったが、赤竜の恐怖のあまり忘れていたことを思い出す。


 エルフVS王国で最も活躍したエルフ。一族から英雄視され、敵であった王国、他の周辺国家でも有数の強者として優遇された者。


 それが―――。


「弓聖オリヴィア……」


「ん? 知ってたの?」


「は、はい。知っていました」


「そ。それよりも赤竜だよ。相変わらず美味しそうだな~」


 話は終わりとばかりにオリヴィアは、ルンルン気分でスキップしながら赤竜へと近付く。


 ラウルもオリヴィアの後を追う。


(オリヴィアつよッ! 流石弓聖だ……でも)


 ラウルはオリヴィアの姿を見ながら心の中で叫ぶ。


(弓聖なら弓使えよ!!! 何だよさっきの!!! 魔法じゃねぇええかああ!!!)

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