隠し事

白川津 中々

◾️

プロポーズをしたところ「少し考えさせてほしい」と保留にされていたわけだが、先日ようやく「会って話がしたい」との連絡が彼女からあり、俺は再び正装に袖を通して指定された個室カフェへと向かったのであった。


「お待たせ。待った?」


思い詰めたような表情で「ううん」と小さく述べる彼女。目の前に置かれたアイスコーヒーの氷がかなり小さくなっている。ずっと早くからここに座っていたのだろう。だが、そこには触れないでおく。わざわざいう必要性もないし、彼女だって聞かれたくはないはずだ。


「それで、どうかな。前向きに考えてくれたかな」


白々しく軽薄な声を出してしまう自分が恥ずかしかった。心の中は苦しいばかりなのに。


「……あのね」


そんな俺とは対照的に、彼女は静かに、重々しく言葉を落とす。


「実は、隠してる事があって、それを聞いてもらってから、答えを出したいなって」


「……」


隠し事。いったい何を隠しているというのか。病気か、浮気か、過去の犯罪歴か、いずれにせよ、聞かなければ話にならない。


「聞くね」


そう答え、彼女を見る。すると、スマートフォンをこちらに向けられた。


「……うぅん?」


画像に写っているのは彼女の若い頃のようだったが、どうもおかしい。鼻筋が通っていないし、顎のラインもモチャモチャしている。これは……


「全然違うでしょう。私、整形してるんだ。鼻を切開して人工軟骨を入れて、顎は脂肪吸引して糸で引っ張ってある」


「……」


「ずっと嘘ついてた。いつも綺麗だねって言われて、罪悪感に押し潰されそうだった。大切な貴方を騙して、そんな状態で結婚なんてできないって思った。ごめんなさい」


あまりに悲痛な面持ち。結婚前。正直に話してくれたわけだが、さて、俺としては、正直なところ……


「終わり?」


「うん……」


「なんだよなんだよ、そんな事か。僕はてっきり君が火付盗賊でも働いて指名手配されてるとかそのレベルを想像してたよ。なんだ整形くらい。わけないさ」


「……受け入れてくれるの、私を」


「そりゃあもちろん」


「他にも私、貴方の貯めてる小銭を勝手に使ったり、乾燥機かけて縮んじゃった服を証拠隠滅のために捨てたりしてるけど、いいの?」


「……次からは一言ほしいかな」


それとこれとは別問題だが、まぁいいや。


「結婚、してくれるの?」


「何度も言わせないでくれよ。僕には君しかいないんだ」


「……ありがとう」


涙を落としながら笑みを浮かべる彼女をよくよく見ると、確かに整形した部分が不自然に感じた。しかしまぁ、知ったからそう思うだけかもしれない。俺が気にしなければいいだけの話だ。どうという事はないじゃないか。彼女は正直に話てくれた。それでいいんだ。


それよりも、彼女と距離を置いていた期間にそういう店でそういう病気を患ってしまった事実をこの場で打ち明けるかどうか、それが問題だ。勢いでなんとかなりそうな気もするが……


「浮気は、しないでね?」


「……うん」


「そういうお店も、駄目だからね?」


「あったりまえだろぉ! 任せてくれよぉ!」



この秘密は、墓まで持っていくことにしよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隠し事 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画