第4話

 俺のテクニカが一歩踏み出すと、ゴブリンが一歩下がる。

 こちらが踏み出し、あちらが下がる。

「怯ませているのか、いや違う」

 戦意は感じる。

「ゴブリンなりの戦術があるというのか」

 スラスターを吹かして突撃すれば一刀で仕留められるだろう。が、その際の殺人的な加速に俺の身体が耐えられるとも限らない。

 俺にとって最も警戒すべきはゴブリンの攻撃ではない。探索機の機体性能だ。


 これは自慢じゃないといいつつ自慢だが、俺の探索機適性、同調率は非常に高い。

 中堅探索者の同調率は40%前後、探索者学園入学の推薦条件が30%、奨学金全額免除対象とされるエリート学生がだいたい60%前後。同調率はレベルを上げれば上昇するので10%台でも探索者になるのは理論上不可能ではないが、実情としてはレベル0時点での初期同調率が探索者の素質のバロメーターとされている。

 そして俺の同調率は89.3%、わざわざコンマ以下まで覚えているくらいには高い数値といえる。IQマウントみたいなものだ。ちなみに親父は91.1%、さすが親父だ俺よりすごい。

 親父が夢を抱き続けたのも、俺が自分が大成すると大口を叩くのも、探索者としての己の才能に確信があったからだ。探索者界隈において並みの一流と超一流との違いは、同調率100%の壁を超えるか否かだといわれている。初期同調率90%前後の俺と親父にその壁は大したものではない。10レベル、ルーキー卒業くらいにレベルを上げれば超えられる程度のものである。


 しかしその才能が今、俺の足を引っ張っていた。

 同調率とは、パイロットが探索機をどれほど動かせるか、の割合である。生身とは別のもう一つの仮想の肉体、その感覚の鋭さといってもいい。例えば同調率50%のパイロットが生身を動かすような加減で探索機を動かせば、その動作はスピードもパワーも正確さも、半分の動作となる。生身と同じように動かしたければ、倍の速さ、倍の力、倍の精密さで動かさねばならない。そして同調率約90%の俺や親父は九割方、ほぼ生身に近い感覚で探索機を動かせる。

 ここで問題なのは、探索機を生身と同じように動かせてしまうという、その点である。同調率とはあくまでどれほど動かせるかの割合であって、どれほど動かせるかの割合ではない。パイロットが運動音痴なら、探索機もパイロット同様運動音痴となるわけだ。幼少期虐待を受けたパイロットの乗る探索機が、足元のヒステリーおばさんにきぃきぃ声で怒鳴られた途端、その巨体を縮こまらせてしまうという話もなくはない。人間は己の身体を思い通りに動かせるわけではなく、己の身体を、己の身体が動くよう動かせるというだけである。そして探索機を生身と同じように動かせるというのは、生身と同じようにしか動かせないということでもある。

 レベルを上げて肉体の対G能力を高めたパイロットなら生身と同じよう探索機を動かしても問題ないが、レベルが0で対G能力が素の人間と変わらないパイロットがそうすればどうなるか、はしゃぎ回る子供の虫かごに囚われたようなものである。

 今の俺はまさにそれだった。

 普通のルーキーにそのようになる危険はあまりない。同調率30%以下の探索機の動きは、自然とロボットアニメの巨大感演出のようにのろのろとしたものになるため、パイロットにかかるGも小さくなる。

 普通の感覚で操作するのが問題なら、意識してゆっくり動くよう力加減すればいいのではないかと問われるなら、実際俺もそうしている。そうしているが、右の頬を打たれたら咄嗟にアッパーカットが出るように、意識しようとしてしまう反射的な動作がある。


 隙を見つけ、無意識に踏み込もうとして踏みとどまる。

 息が漏れる。このまま行ったらちょっとまずかった。

「機体の反応が良すぎる」

 俺自身の反応もそうだ。シミュレータのやり過ぎだった。

 息を大きく吐く。奇襲を受け、強張っていた精神を解きほぐす。

「だったらさ、ここはあえて舐めプで行こう」

 ここから先は縛りプレイだ。パワーもスピードも半分だけ、移動範囲も制限あり、そう自身に設定した。自己暗示には慣れている。


 ブレードを大きく振りかぶり、すたすたと近付いていく。

「足元がお留守だぜ。俺の」

 さあ来いと隙を晒して間合いに入ると、ゴブリンが膝を狙って棍棒を繰り出した。

 ひょいと避ける。コックピットを揺らさぬように機体を回し、流れる動作でブレードを振り下ろした。

 切り込むと同時にゴブリンが飛び退る。腕の振りを遅くしすぎて、肩の肉を削ぐにとどまった。

 ぎゃあぎゃあと喧しく吠え立てながら後ずさる。目尻から涙が垂れている。痛くて悔しいのだろう。

「こいつも俺のデータにない」

 ゴブリンがこんなに感情豊かだとは知らなかった。

 だがやることは変わらない。ぶち殺して経験値とドロップ品を手に入れる。それだけだ。

 ゴブリンは後退り続け、ついにその背が岩壁に当たった。

「後ろは壁だ。逃げ場はない」

 俺がブレードを構えて踏み出すとほぼ同時に、ゴブリンがにやりと笑った。


 数瞬後、ゴブリンの振り下ろした棍棒が眼前にあった。ゴブリンは跳躍し、岩壁を蹴って加速してこちらへと跳び掛かっていた。空中水平突撃とでもいうのか、急に身軽さを発揮してきたのである。

 咄嗟にブレードをかざして棍棒の一撃を防ぐ。ゴブリンは猫のように身をひねって着地すると、再び跳躍し、今度はテクニカの頭上、天井すれすれまで飛び上がって棍棒を繰り出してきた。

「なんだこいつ、スキル持ちか、強化系の」

 ゴブリンではありえない身体能力による軽業めいた連続攻撃だ。探索機では飛び上がれない狭い空間も、探索機基準で子供サイズのゴブリンにとっては有利に働く。


 絶え間ない攻撃を避ける。受ける。捌く。

 動作が最小限になるよう力を抜きつつ、攻撃を防ぎ続ける。

 計器を見る。


フレームHP 1420/1500


 直撃もないのにHPが減っていた。攻撃を受け止めたフレームにダメージを与えるくらいにパワーがあるらしい。

 このパワーは、おそらくゴブリンが発動したスキルの効果だろう。ならばMP切れまで粘るだけで良い。スキルの発動には魔力すなわちMPが要る。MPが無くなればスキルも途絶える。思いがけない強さを発揮したこの特殊なゴブリンも、第一層のどこにでもいるただのゴブリン、雑魚モンスターに成り下がる。


 しかしそうするのは、負けの気がする。相手が弱るのを待つなんて、男の戦いじゃない。繰り返せば心のが腐ってしまう。

 探索者は冒険者だ。自ら困難に挑むこと、それこそが冒険だ。

 親父もそう言っていた。


 このゴブリンは今この状態が一番強い。だからこそ打ち倒すに値する。

「初ダンジョンの初戦闘だ。付き合ってやるさ」

 俺はホワイトアントとの初戦闘をなかったことにした。

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