第5話
下半身を執拗に狙われる。ストリートチルドレンが大人をリンチするときのように、膝を折らせることで脳天を殴りやすい位置に持っていきたいのかもしれない。
下段の防御はやりづらい。その場にとどまるという条件があるなら尚更だった。
肘を思い切り曲げてブレードの切っ先を下げる。見るからに無理な姿勢で、ゴブリンの全体重を乗せた棍棒の一撃を受け止める。
ゴブリンは伸び伸びと武器を振るい、探索機は窮屈そうに堪えるばかりという一方的な暴力の様相を呈していた。こうなるともはや学級崩壊の小学生と教師のようなもので、前者はますます調子に乗り後者はますます縮こまる。
そしてまもなく、勢いを増した攻撃を受け止めきれず、探索機が足をずるりと滑らした。体勢を崩しながらもどうにか次撃を防ぐが、片膝を着いてしまう。ゴブリンはその隙を見逃さず、はね上げるように棍棒を打ち込んだ。弾かれたブレードが宙を舞った。
武器を失い無防備となった敵の姿を目にして、ゴブリンはぎゃっぎゃぎゃっぎゃと声を上げる。その顔は醜悪ににやついていた。そしてバック転気味に大きく跳躍して天井で逆さまに着地すると、血管の浮いた脚をみしりと軋ませて、弾丸のごとく加速した。
腕力+重力+ジャンプ力、必殺の意志を込めた最大威力の一撃であった。直撃すれば頭が胴にめり込みかねない。脳天越しのコックピット潰しは探索者の死因としてありふれたものである。
はっきりと己の命を脅かされる感覚に身体の芯を貫かれながら、俺は操縦桿を強く握った。
決着は一瞬であった。
ゴブリンの鳴き声はもはやない。
棍棒は両手持ちで握られたままだが、片腕はへし折れ、もう片腕は途中で断ち切られている。胴体は地面に突き立ち、下半身は丸まるように脱力している。首から上はない。地面にめり込んでいるのではなく、少し離れた所で、にやけ面を貼り付けたまま転がっていた。
俺の機体の手にはナイフが握られていた。
向こうが跳躍した時点で後ろ手にナイフを抜くと、天井が蹴られるのと同時に回避動作をとりつつ、ゴブリンの首が断てるであろう位置にナイフを差し込んだのだった。軌道に刃を置くだけなので力はほとんど使っていない。ゴブリンはゴブリン自身の力で死んだ。
周辺警戒を終えると、操縦桿から手を離して体をほぐす。慣性によるダメージは許容範囲といったところだろう。俺の若さならこの程度は飯食って風呂入ってぐっすり寝れば治る。
「さてドロップ品は」とゴブリンの死体に目をやるが、
「……消えない?」
光の粒となる気配がない。
「やけに強いと思ったが、もしやこいつ、受肉モンスターか」
受肉モンスターとは、死体が残るモンスターだ。ドロップ品は得られないがモンスターの巨大な死体が丸々残り、大量のダンジョン由来素材を得られるので当たりモンスターとされている。反面、通常のモンスターとは行動パターンや強さが違い、思わぬ反撃を受けることがよくある強敵でもある。今回俺の戦ったゴブリンは、身体強化系のスキル持ちだったのだろう。シミュレータのゴブリンとは強さの格が違った。
「だったら」
受肉モンスターは素材が美味しいが経験値も美味しい。
「おっ? おっおっ、来たぜ」
ぬるりと、魔力感覚から逆流するように総身に熱が広がる。コックピットの明るさが増す。目を落とせば指ぬきグローブの指先の肌色が光を帯びていた。おそらく顔も同様だろう。俺の肌は今輝いている。十代中盤のぷるぷる肌の輝きではなく、レベルアップの輝きだ。
光と熱が収まると、早速俺は念願の呪文を唱えた。
「ステータスオープン!」
視界に文字列が表示される。光で描かれたこの文字列は本人だけにしか見えない幻覚のようなものなので、傍からは虚空を見つめてぼんやりしているように見えるだろう。町中でぼんやりしている女性を気遣って「どしたん、話聞こか?」と声をかけたら、その女性はおそらきれいという精神状態にあるのではなく己のステータスを眺めているに過ぎなかった、という勘違いもたびたびあるくらいだ。
余談はともあれ、俺のステータスを確認する。
レベル 1
HP 38/38
MP 32/32
力 25
防御 11
魔攻 25
魔防 16
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
「俺のステータスは……紙装甲アタッカーといったところか」
若すぎることが影響したのかわからないが、どうにも尖っている。
ちなみにレベル1時点のステータスの平均値は以下のような感じだ。
HP 50/50
MP 20/20
力 20
防御 20
魔攻 20
魔防 20
早さ 10
これと比べると俺は低HP高MP、力と魔攻がやや高いが、防御と魔防が平均以下で、特に防御が低い。いかにも死にやすそうなステータスだ。しかし上がりにくい早さの初期値が13というのは非常に良い。
ネット掲示板の初期ステ晒しスレッドに書き込めば、羨望の反応とともに「はよ死ね」というアドバイスがもらえるだろう。
「スキルのほうは、まあ普通だな」
フォトンバレット、放出系の光属性単体攻撃魔法である。アイテムボックスや回復魔法といったレアスキルではなかったが、使い勝手は良いほうだ。ヒリューズ軽機関杖と違ってゴブリンにも通用する遠距離攻撃手段になるだろう。
ひとまずステータスの考察はこれくらいにして、ゴブリンの死体を回収するとしよう。
テクニカのバックパックにはバラバラ死体で詰め込もうと思えば詰め込めるだろうが、
「初っ端から血で汚すのもなんだかな」
探索機の日常整備は、基本的に自分で行う。機体自体の洗浄は無料で使用できる洗浄ブース――探索機サイズのシャワールームで水とエアーの二つがある――で大ざっぱに済ませられるものの、血肉まみれとなるだろうバックパックの内部の清掃などは、それ用の設備を借りてやらなければいけないわけだ。グロテスクなものへの耐性はあるにはあるが、げんなりするし手間も時間も結構かかる。協会の清掃サービスを利用するにしてもお金がかかる。
なので、テクニカを格納していたアイテムボックスを転用することにした。
なるべく平らな場所へとゴブリンの死体を運ぶ。胎児のような姿勢に丸めて生首をそばに添えると、アイテムボックスの範囲外になる位置に機体を移動させた。
「このあたりか」
片膝立ちの体勢をとらせると、コックピットハッチを開け、電池式の内部照明の明るさを強めておく。
「同調解除」
マナエンジンの火が落ちる。透過装甲キャノピーが機能停止して外部が見えなくなる。ここからは急ぎの作業だ。
身体の固定を外し、収納からアイテムボックスを取り出して担ぐと、コックピットハッチから外に出た。装甲の段差を慎重に伝って機体から降りると、ゴブリンの死体に向けて駆け出した。丸まった死体の中心部に着くと、そこの地べたにアイテムボックスを置いて開く。スイッチを押し、カウントダウンを背にしてテクニカのもとへと戻る。するすると登ってハッチにたどり着いたが、まだ乗り込まない。上半身を出しておく。
カウントダウンが終わってアイテムボックスが起動し、立方体ラインが投影された。
「エラーは出てない、ヨシ」
今度こそ乗り込んでテクニカを再起動した。
モンスターを警戒しながら、アイテムボックスの収納が始まるまで待つ。立方体ライン内に異物が入り込めば最初からやり直しとなる。蟻の子、ホワイトアント一匹でも侵入を防がねばならない。
「いちいち乗り降りするのは面倒だな」
探索機のマニピュレータに対応した死骸回収用のアイテムボックスが欲しくなる。予算の都合で買えなかったが、それがあれば機体に乗ったまま回収作業ができたはずだ。
今のような死体回収はこの先頻繁にあるだろう。受肉モンスターはレアといえばレアだが、遭遇率自体はソーシャルゲームのガチャの当選率よりだいぶ甘い。その日の運勢がちょっと良ければ、あるいは悪ければといった塩梅だ。
「それにしても……うん。思ったより凄いみたいだ、ステータスの効果は」
以前より機体をスムーズに乗り降りできた。腕力も身軽さも一回り上昇した実感がある。
試しに機体をステップさせてみた。ジャンプして雑な着地もさせてみた。
「よっ、とっ、ほっ、ほうほう」
体幹が慣性についていけている気がする。重力のずしんとした響きも緩和され、内臓ごと強化されているのが感じられた。
全力機動はまだきつそうだが、更にレベルを上げれば、いずれできるようになるだろう。ただ、ステータスの防御の低さが気がかりだ。防御の値が成長しないままだと、いつまで経っても全力で動くたび俺自身のHPをすり減らす羽目になるかもしれない。
ゴブリンの死体が消えて、アタッシュケースと血痕だけが地べたに残る。
探索機から見たアイテムボックスは、人間でいえばスマホくらいの大きさだ。だからやろうと思えば操作や回収は探索機の手でもできなくはないだろうが、俺はそうしなかった。なんとなれば、探索機のマニピュレータで扱わぬよう注意書きに書かれている。
俺は再び探索機を降りて、生身で直接、アイテムボックスの回収に向かった。
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