第3話

 洞窟を一歩一歩歩いて進む。天井はあまり高くない。無闇にスラスターを吹かして跳躍すれば、頭をぶつけてしまうだろう。顔をへこませた探索機というのはいかにもルーキーらしくて格好悪い。転倒による装甲のこすり傷もルーキーあるあるである。でこぼこの足場に慣れるまで走らないようにした。気を付けつつやや早歩きだが慌てない。学校での避難訓練が思い出された。

 計器に目をやる。


機体MP 688/720


 MP残量が出発時より増えている。激しい動きをしないから自動回復量が消費量を上回ったのだろう。

 曲がり角に来たので出会い頭の警戒にヒリューズ軽機関杖を構える。

 ブルパップ式サブマシンガンといった見た目どおり、これはじょうという名の銃である。火薬は使わない。代わりに魔力を使い、弾丸を砲身で加速して発射する。その開発経緯には探索者用とはいえ民間に重火器を与えるとはけしからんといった日本的事情があり、飛竜頭、すなわちガンもどきという名称は、実包を使うなと無茶振りされた銃器メーカーの怨嗟の声だといわれている。

 アタレ表記のセレクターは、単発のタ、セミオートにしてある。洞窟ダンジョンでの遭遇戦はほとんど近接戦なので、モンスターを倒すだけならフルオートの方が有利であるが、ダンジョンには他の探索者もいる。ここ第一層で活動するのは揉め事を起こしやすいルーキーばかりというのもあり、誤射には特に気を付けねばならない。それに昔から新聞などでいわれているように、一発だけなら誤射かもしれないが、連発したなら戦争だ。フルオート状態は害意ありと見なされる場合がある。


 奇襲を警戒しつつ曲がり角に近付いて伸縮ミラー棒を取り出す。

「白アリか……」

 モンスターを発見した。ミラーで見えた範囲で白い蟻が三匹ほど、ごそごそと首と触覚を動かしながら岩壁沿いを這い回っている。

 ホワイトアント。成人男性を四つん這いにしたくらいの大きさの巨大蟻で、いわゆる最弱モンスター、有名なRPGゲームでいうところのスライムだ。

 生身の人間でも戦え、探索機の踏みつぶしで倒せる程度の小型モンスターであるが、その攻撃力は決して侮れるものではない。ギ酸で装甲を溶かし、噛み付きでフレームを削り取る。群れに挑んだあげく愛機をぼろぼろにされて修理費がかさむルーキーや、何十匹ものホワイトアントに群がられて食い殺される者が毎年出て、注意喚起されている。


 足回りにダメージを受けるリスクを避け、近寄らず射撃で仕留めるのがセオリーだ。

 俺は両手で杖もとい銃を保持して身を出すと、足を止めたままホワイトアントを狙い撃った。探索機には基本的に、軍事兵器やアニメのロボットのような射撃統制システムFCSはついていない。照準はパイロット自身で合わせる必要がある。視線は透過装甲キャノピーのある胸部なので、腰だめ撃ちが射撃姿勢だ。


 引き金を引いた。マニピュレータから銃にマナが供給されるが、これは次弾用で、初撃用の起動マナは既に込められている。そのため、引き金から発射までのタイムラグは見かけ上実包銃の撃鉄と変わりない。

 軽い音とともに射出された弾丸は、ホワイトアントの艶のある白い体表を突き破ると、体組織を破壊しながら反対側へと貫通した。岩壁に、白濁した体液が飛び散った。

「思ったよりもやらかい柔らかいな」

 念のための追撃で続けざまにもう一発撃つと、残る二匹に狙いを移す。

 仲間をやられた二匹は戸惑ったように死体を見つめると、間を置いてからようやっとこちらへと振り向いた。

 第一層のホワイトアントは攻撃性が低いと聞くが、たしかに随分のんびりしている。

 振り向いたと同時、連続して放たれた弾丸が二匹目に命中する。首がもげて腹が裂けた。

 三匹目が威嚇音を立てて外敵に立ち向かわんと踏み出した直後、ヘッドショットが命中する。今度は二発目は撃たない。ホワイトアントの生命力を実地で確かめておきたかった。


 虫系モンスターは頭がもげても中々死なないと聞くが、一層のホワイトアントはヘッドショットだけで十分らしい。

 一匹目と二匹目の死体が周囲の体液や肉片ごと、光の粒となって消失した。三匹目もそれに続いた。

 死体が消失するという、現実ではありえないダンジョンのモンスター特有のファンタジーな現象だ。ダンジョンの外でもこの法則が適応されるなら、接客業なんかは嬉々としてモンスターカスタマー処理に勤しむだろう。R指定な死体を長時間目にしなくて済むので、俺のような青少年への悪影響も少ない。

 死体が消え去ったあとには、その場にドロップアイテムが残る。ドロップアイテムは薬液の入った瓶であったり、人間用の武具であったり、安心安全な食用肉の塊であったりと様々で、ダンジョンの制作者、超越者ともいえるその存在が明らかに人間的な意志と思考を持っていることが察せられる。


 周囲を警戒しつつ死体のあった場所へ近寄ると、バックパックから小箱を外した。探索機サイズの弁当箱といえるそれは小型ドロップ品収納箱で、その見た目通り弁当箱と呼ばれている。

 ホワイトアントのドロップ品は三匹とも魔石だった。

 大きさは5センチほどで、色は白い。一番安い魔石である。その売却価格は一個500円。ちなみにヒリューズ軽機関杖の弾丸は1発100円する。二発で仕留めて差し引き300円、一発で仕留めて400円が利益となるが、諸経費を考えたら黒字となるかは怪しいところだ。


 探索機の指先サイズの魔石を慎重な手つきで拾い集めて弁当箱に入れる。カラカラとわびしい音がした。

 むしろ回収の方が手間だと見なして放置するルーキーが多いのも納得する。第一層での戦闘は経験値稼ぎだと割り切ってドロップを拾わず、さっさとレベルをあげて第二層に移ったほうが時間対効果が高いだろう。

 しかし500円玉を落としたまま放置できるかといわれれば、それもためらわれてしまう。俺の性根が卑しいのだろうか。探索者として大成するために、この類いの小市民根性は修正すべきかもしれない。

「せめてレベルが上がればな」

 初めてのモンスターとの対峙、初めての勝利、初めてのドロップアイテム獲得。にもかかわらず気分が高揚しないのは、得た物の少なさもあるが、それ以上に戦った実感がないからだろう。

「だががっかりしている暇はない」

 ホワイトアント相手でも数十匹倒せばレベルが上がる。経験値は溜まっている。独り言で嘆く前に、ダンジョンアタックを進めるべきだ。気持ちを切り替える。

 俺は弁当箱をバックパックに戻し、再びヒリューズ軽機関杖を構えようとウェポンラックに手を伸ばした。その時だった。


 風切り音が微かに聞こえた。同時に俺の、テクニカの身体はその場を跳び退いていた。

 探索機のコックピットに戦闘機のそれのような搭乗者保護機能はない。機動の際、搭乗者にかかる慣性力や衝撃は、レベルを上げて物理的に耐えろという男らしい仕様である。

 俺のレベルは現在0。並みの人間と変わらない。探索機が人間並みに機敏に動けば、巨人に振り回されるに等しい反動が、直接パイロットへと襲いかかる。事故車に乗っているようなものだ。

 飛来した石が、先ほどまで俺の居たところに衝突していた。

 内臓がひっくり返るような反動を堪えつつ、不意打ちしてきた相手をにらみ付ける。

 ゴブリンであった。


 中型モンスター、ゴブリン。身長およそ4メートル。

 姿形は創作物での筆頭雑魚モンスターそのものであるが、現実となったダンジョンに現れるこれは、もとの創作物に出演すれば中ボス面できるような巨人である。

 ダンジョン創造者がサイズ設定を間違えた、ゲームバランス崩壊のきっかけ、クソデカダンジョンのクソデカ尖兵とも呼ばれ、探索機のなかったダンジョン黎明期には数えきれぬほどの軍人・探索者を殺して食らい、ダンジョンの脅威を世界に知らしめた。

 そしてそのゴブリンがダンジョンの序盤、第一層の雑魚モンスターに過ぎないことが知れ渡ると、当時の各国政府は宣言した。ダンジョンは人類にはまだ早い、と。そこに米国と日本が言い足した。だから巨大人型ロボットを実用化する、と。ゴブリンを雑魚モンスター扱いできるロボットに乗り込むことでようやく人類はダンジョン攻略のスタートラインに立てるという、当時の人間にしてみれば頭のおかしい、ストロングな発想であった。

 このようにゴブリンは巨大人型ロボット、探索機開発のきっかけでもあり、ある種のロマンの産みの親ともいえる。


 かつて最も多くの人命を奪ったとされる、最も有名な雑魚・・モンスタ-。

 そのゴブリンが、俺の視線の先にいた。

 ゴブリンは投球後の姿勢でがらの悪いピッチャーのように舌打ちすると、次弾となる石、大きめの漬け物石くらいのそれを拾って振りかぶった。

「ゴブリンが投石だと? こんなの俺のデータにないぞ」

 彼我の距離は飛び道具の距離だ。飛び道具の性能差はテクノロジーの差といえる。原始的な投石は文明的な銃撃に勝てない。

 アタレセレクターを連射のレに切り替えて狙いを付ける。慌てず騒がず素早い動作

でそれを行い、投擲動作の直前に弾丸を連射した。指切りによる三点バーストである。

 三発中二発が、ゴブリンの胸に命中する。ゴブリンは血を流し、呻いた。呻きはしたが、そのまま投石を実行した。気合と根性で耐えたのであろう。耐えられる程度のダメージしか、与えられなかったということでもある。

 ヒリューズ軽機関杖の威力は低い。そもそもが対小型モンスター用で、中型以上のモンスター相手では牽制くらいにしかならない。豆鉄砲やら白アリ駆除機やらと呼ばれるように、それ単体では探索機を前提としたモンスターに対するメインウェポンとはなり得ない。人間基準でいうなら、鳥撃ち用空気銃や違法改造ガスガンくらいの威力だろう。痛いには痛いし怪我もするが命には届かない。

「豆鉄砲がっ」

 ぼやきながら機体に回避動作をとらせる。鞭打ちになりそうな慣性を堪えながら、もしかしてこれ、避けずに受けたほうが良かったんじゃないか、と、避けてから気が付いた。

 テクニカのスペックはゴブリンを圧倒している。投石程度で装甲は抜けないし、フレームHPの減少も軽微だろう。自然と回避を選んでしまったのは、シミュレータでついた癖のせいかもしれない。

 まあいい。悔いるのは後だ。

「文明の利器じゃ負ける」

 ヒリューズ機関杖をウェポンラックに戻すと、片刃ブレードを装備した。ゴブリンもまた、腰布に挟んだ棍棒を抜き放った。

「ここからは白兵戦だ」

 より原始的なほうが勝つ。

 剣と棍棒、中世のメインウェポンと第四次世界大戦の未来兵器、どちらが有利かは自明の理だ。

 片手にブレードを構え、じりじりと間合いを詰めた。

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