第2話

 トンネルを抜けると地下空洞だった。

 ほの明るい。

 染みのように岩壁に生えたヒカリゴケが主な光源だが、ゲート付近では白々とした人工の照明が影法師の輪郭を目立たせていた。

 飛行場のように舗装されてトーチカもある。いかにもアニメやゲームであるような地下秘密基地の一角といった感じで、警備用の探索機が大型銃を手にゆっくりと巡回している。とはいえ物々しさはあまりない。トンネル出口にある案内板では基地内の各施設の概要を親切に一つ一つ説明してくれているし、灰皿付きの休憩スペースでは探索者たちが缶コーヒー片手に煙草を吸い、その談笑に休憩中の協会職員も混ざっている。


 駐車場のように白線の引かれたエリアに向かい、受付小屋の係員に声をかけて番号札をもらう。

 番号札のスペースに着くと、一辺10メートルの四角マスの中心部に50センチほどの目印が書いてあるので、手にしていたアタッシュケースをそこに納まるよう下ろした。

 このアタッシュケースはアイテムボックスといって、探索機を格納して携帯するためのマジックアイテムである。同名のスキル、アイテムボックススキルを人工的に再現したもので、物体を異空間だか亜空間だかに転送する機能があるらしく、探索機の巨体を手荷物サイズに縮小できる。とはいうもののアイテムボックス自体は重さ約10キロでそれなりに重くてかさばり、盗難防止のためとはいえ、ずっと持ち歩くのは少し骨だ。

 肩を回して腕の感覚を戻しながらアイテムボックスを開いて中にあるスイッチを押す。カウントダウンが始まり、早歩きでマスの外に出る。

 カウントが0になると立方体の光のラインが投影された。一辺8メートルのこれはアイテムボックス展開用のガイドで、ラインの内側に人がいたり空気以外の余計なものがあったりすると、安全装置が働いて展開が中止される。

 ラインが出たまま10秒待つ。20秒待つ……まだ何もない。1分が過ぎて、2分経ち、3分34秒になってようやく変化が起きた。

 立法体内部の空気が押し出され、その風圧で髪が揺れる。次の瞬間、ひざまずく鋼の巨人の姿がそこにあった。



 トミタ社製軽探索機、テクニカ。国内軽探索機販売数第一位を誇る名機である。

 全高6.2m。固定装備は腰部スラスターのみ。デザインや空力追求よりもとにかく生産性を追求したといわんばかりの無骨な装甲。

 見た目通りの信頼性のみならず、拡張性にも優れている。日本製品らしからぬその割り切った設計は、ダンジョンのスーパーカブとも和製カラシニコフとも例えられ、販売開始から十年以上経ったにもかかわらず大きな変更もなくマイナーチェンジに留まっている。

 さすがに探索機の本場である米国製の軽探索機ガンヘッドなどと比較すればパワーを始めとした基礎スペックで劣るものの、操縦性と燃費、国産機であるがゆえのアフターパーツとカスタムパーツの豊富さでは上回っている。本体価格も関税分、テクニカのほうが安い。ほんのわずかにちょっぴり安い。


 探索機の個性はそのまま探索者の個性となる。どノーマルの探索機は高級機でもないかぎりむしろ珍しく、殊にテクニカの場合は予算の許す限り大抵が何かしらのカスタムが施されている。

 俺の愛機も例にもれず、頭部を独自の形状のものに、左肩のアーマーをショルダータックル用のスパイク付きに換装してあった。

 肩スパイクは俺が実戦を考えて追加したものだが、頭部は親父が生前、専用機らしくなるよう自らデザインした特注品だった。

 かつては空想上の生き物で、現在はダンジョンのモンスターとして現実の存在となった角の生えた馬、ユニコーンをモチーフとした頭部である。


 格好いいがなぜユニコーンと問うた俺に親父は語った。

「父さんはかつて戸籍に傷を受けてしまってな。駄目なんだ、恋多き女性が。このユニコーンヘッドは誓いの証さ。こいつで金と名誉をうんと稼いで、そしていつか理想の相手と再婚するんだ。生涯俺だけを愛してくれる金髪巨乳毒舌メイドを、勝のママにしてやるからな」

「父さん……」

 いやー、きついでしょ。と思ったが口にはできなかった。夢見がちに過ぎる、現実を見ていないというのは思春期の俺でもわかる。しかし理解のある息子としては、

「ダンジョンで出逢えるといいね、父さん」

 と返すしかなかった。親父の嗜好をこんなにも恥ずかしく拗らせて、俺の生みの母親は罪深いとしかいいようがなかった。


 愛機を眺めて思い出に浸るのはほどほどにして、装備の確認を行うことにした。空のアイテムボックスを外付けの背負いベルトで担ぐと、機体を周囲をぐるりと回って目視する。近接武器のヒゴノガード社製片刃ブレード、遠隔武器の郷和工業製ヒリューズ軽機関杖、いずれともちゃんとバックパックのウェポンラックに収まっている。好みで装甲各所に増設した計4本のナイフシースも問題ない。いざというとき生身で剣としても使える予備武装だ。

 俺自身の装備も一応指差し確認する。防具はボディアーマーとヘッドギア、武器はバックラーと片手剣だ。今日の探索で使用する機会がないよう祈っておく。


 装甲の段差に足をかけてよじ登る。開いたままのハッチから、コックピットへと乗り込んだ。内部は暗い。手探りで電子機器のスイッチを入れると、液晶モニターと照明が起動した。それらとハッチから差し込むわずかな明かりを頼りに、アイテムボックスを専用スペースに収納し、身体をシートに固定すると、左右のレバーを握り、ペダルに足を着けた。

 深呼吸する。ここからはある意味人力だ。

「同調開始」

 二つのレバー、二つのペダルを一気に押し込む。機体側の感応増幅回路が全開にされ、こちらからは魔力感覚、仮想触覚ともいえるそれを体外に広げて行く。機体フレーム全体に血管を行き渡らせるように広がるとほぼ同時に、機体の心臓部、動力源に己の幽体の心臓を投げ落とすように重ねた。

 心臓に火が入る。

「マナエンジン、起動完了」

 魔力を通された透過装甲キャノピーが機能して内部がぱっと明るくなる。

 視界が広がり、頼りなかった仮想触覚もはっきりとしたものになった。言葉にするならもとの肉体と探索機のフレームとで、大小二つの五体の感覚が、同時に存在しているといった感じである。

 エンジンの振動はリズムは違えど心臓の鼓動に対応する。ダンジョンに漂うマナをダクトから取り込んで自らのエネルギーに変換し、フレーム全体に行き渡らせている。

 無事起動に成功したので、重いハッチを手動で閉じる。自動開閉などといった洒落た機能はない。そもそも探索機にはダンジョンの環境やモンスターによる物理ハックへの対策で、電動・電子機器は最低限しか積まないようになっている。それは高級機であろうと変わらず、むしろ高級機になるほど時代に逆行するように内部機器のアナログ化が進む傾向がある。

「ステータスチェック開始」

 コンソールを操作してから操縦桿を握り直し、機体を立ち上がらせると、四肢を順々に動作させ、腰もひねる。ステータスチェックの待ち時間に動作確認だ。

「マニピュレータ精度確認」

 グーチョキパーにキツネさんと動かして、問題ないのを確認した。

 ついでに武装も展開してみる。ウェポンラックから取り出し構え、戻す。取り出し戻し、取り出し戻しとしているうちに、モニターがステータスチェック終了を知らせた。


フレームHP 1500/1500

機体MP 629/720

同調率 89.3

力  150

防御 180

魔攻 140

魔防 80

早さ ‐


 フレームHPと機体MPと同調率はモニターとは別なアナログ計器の表示なのでもとからわかっていた。動作チェック中に測定しモニターに表示したのは他の五つのステータスで、現在の機体性能を人間用のステータス数値で換算したものである。早さの数値がないのは搭乗者である俺のレベルが0レベル、ステータスを得ていない状態での仕様なのでエラーというわけではない。


 機体の基本性能そのままの数値だ。前にチェックしたものと誤差はない。機体MP、機体を動かす燃料となるMPもあまり減っていないので補給は必要ないだろう。

「異状なし」

 これで、マニュアル通りの安全確認が終わった。

 いよいよだ。いよいよダンジョンアタックの始まりである。操縦桿に力がこもる。親父が叫びたかったであろう台詞が、自然と口をついて出た。

「相葉勝、テクニカ出ます!」

「出口はあっちだぞー、ルーキー」

「あっはい」

 気合を入れたはいいがロボットアニメのようにカタパルトなんてものはない。外部スピーカーを切り忘れた俺は係員の誘導に従い、とぼとぼ歩いて展開エリアを出て行った。

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