ペンギンさんは役立たず です♪ ③  ~ Boundary Day ~

キムラ

第1話

Chapter 0


「おい、御柱、おまえさ…!」

なんかおかしいんだ。絶対におかしい…

今まではたんに施設の子というだけで、同じ中学にいても話もしたこともなかった。

そもそも俺は女子が苦手だし、距離もわからないからな。

けど、御柱は去年就職先を見つけたあたりから、なんかキラキラしてきて…

ほかのやつとは違うんだよ!


確かに、あいつはかわいい顔をしている。施設(ここ)にいる傷んでたり壊れたりしてるやつらと違いまともなほうだ。なんなら軽くウェーブした長い金髪も絵本の外国の少女みたいで、かわいい、のか???いや。でもな、俺の好みじゃないけどな。

だけど…なんであいつだけキラキラ光って見えるんだ?髪の毛の色じゃなく、体が内側から光ってるというか…


なんで誰も気がつかないんだろう??


とにかくあいつは輝いているんだよ‼


卒業式前のバタバタした時間の中に「御柱 佳奈」はこちらを振り向くこともない。

「おい、もう最後なんだしさ…‼」

そんな俺の声も空しく。式典は始まり終わる。

そして…


俺は決意したのだ。

何としても彼女が働くという場所を探し、そこで一緒に…!



Chapter 1



「とおくにいきます。さがさないでください」


梅雨明けのなか、ある晴れた日の朝日の中に。

ここ、岬の旅館「観月荘」のキーマンともいえる「神無 凍夜」はそんな小学生みたいな書置きを残して失踪した。


観月荘の暖簾をくぐった先のロビーには、その朝見つかった彼の書置きを囲んで関係者が集まっていた。

オーナーであり彼に頼り切っていた私、「渡会 奏」は困惑している。

「鋼鉄の縒りロープくらいに使い減りしないやつだと思ってたんだがな…」

「お姉ちゃん!」

軽く咎めるように声をかけてきた彼女は、先日もろもろの手続きを経て「御柱」の姓から「渡会」となった。私の妹の「渡会 佳奈」だ。


まあしかしこいつも同罪とは思う。

凍夜の本当の姿がペンギン型の精霊であることを知って溺愛していたのはいい。

ただ、お客様でお子様がいると、嫌がるペンギンに無理やりショーをさせてみたりと、わりと無体なことをしていたのも佳奈(こいつ)なのだから。

それを指摘されると佳奈は、目を泳がせながら言い訳をする。

「だって、イワトビペンギンさんってちっとも言うことを聞いてくれないし…」

そう。観月荘には居付きのペンギンがもう一羽いるのだが、そいつは餌を食うだけで芸をするでもなく、また自分のペースでしか動かない面倒な奴なのだ。働かざる者食うべからず、という言葉を教えてやってほしい。


「ふ~む…何を考えておるんじゃろうな、凍夜(あやつ)は?」

凍夜の置き文をみながら「渡会 大海」がつぶやく。彼は私の祖父、ということになっているが、本体は凍夜(精霊)を眷属にもつ神(ボス)であり、いわば凍夜は自身の管轄であるので困惑するのもわからなくはない。


が、

なあ。大海爺よ。

私が思うに凍夜が嫌になるほど負担をかけてるのはあんたじゃないのか???

このところシーズンオフでうまい鰤が入らないとなると、北海道なら脂ものっとるんじゃないんかのう、とかいって、軽いノリで、あいつを飛ばして獲らせたり、結構な無茶をさせてたことを私は知ってるぞ。


「とりあえずの問題は、だ。今夜の晩酌のあてはどうなるのか、だな!」

がははっと笑いながらもう酔っぱらっているのだろうか。

どうでもいいことをもっともらしく言い出したのは、もう一人の爺、「御柱 泰造」だ。

私と佳奈の母方の祖父であり、「まっとうな」建築業者である「株式会社 御柱組」の会長である。

何度でもいうが爺の見かけはもうなんというか…

普段着が紋付袴でその上の禿頭に顔面の向こう傷。「まっとう」という言葉に土下座で陳謝してほしいものである。

現在は大海と泰造、二人の爺たちはここ観月荘ではVIPルームともいえる3階の角部屋に居座り住んでいる。

まあ私的にはちゃんと宿泊料も入りで、安定収入は爺からのお小遣いと思えば、それはまあいいのだが。別の話でこの剣呑な見かけの二人がここに居座ることが観月荘の評判を落とすことがないか、こっそり評価サイトやらSNSをパトロールして回っていたりするのは内緒だ。


「ちょっと、ちょっと!! 奏ちゃんもみなさんもあんまりじゃないですか??」


そしてもう一人。この観月荘の良心ともいえる仲居頭の田村さんが続ける。

「凍夜さんのこともっと、ちゃんと心配してあげてくださいよ!」


「クリーニングや酒屋さん、業者の連絡くらいは私もしますけど、お客様へお出しするお料理や、温泉のボイラー調整やら凍夜さんしかできないお仕事ばっかりなんですよ!!」


(それは、凍夜の心配じゃなく仕事の心配なのでは…?)

観月荘のロビーに居合わせている5名は顔を見合わせる。


「どうしたもんかのぉ?」


この観月荘を襲った未曽有の危機のなかで私は…


「なんとかはするさ」


オーナーとして幾度目かの危地にため息をついていた。




「機嫌を直したあいつが。帰ってこれる場所を守らないとな」




Chapter 2




ここ、美湾温泉は風光明媚な景色を誇る観光地だ。

観月荘がある小さな岬、そこから5kmほどにある美湾温泉駅。駅前通りは石畳の商店街を抜けてそのまま坂を下り、海辺に拡がる温泉街へのアプローチになっている。ちょっとした高低差がある商店街と温泉街だが、何箇所かは坂道を通らなくても済む石造りの古い階段が残っており、そこから見える景色もまた旅人の目を休ませているようだ。


海沿いの町は海側に小さな温泉宿が立ち並び、細い道路で仕切られた、反対側はおもに住居として使われているようだ。高低差もある地形ではそんなには建屋が建てられる場所もない。高台の商店街があるエリアと湾を囲むように突き出している岬のあいだに拡がる貴重な平地は、総湯や飲食店が立ち並ぶちょっと賑やかな場所になっていた。


そして、そんな小さな歓楽街にある鄙びたクラブ「エデン」。

開店前の店内ではオーナーである「淀川 まどか」がため息をついていた。

齢40ほどに見えるが豊かな胸とスタイルもあり夜の店の薄明かりではもっと若くも見えるだろう。

「あたしも焼きが回ったもんだねぇ…」


カウンターのスツールに腰をかけ、肘をつき顔を支えていた掌のまま、もう片方の手を器用に使い煙草を取りだしはじめた。それに気づき、スーツに蝶ネクタイの青年がライターの炎を差し出す。気だるげに炎を拾い一息燻らせた彼女が声をかける。

「そんなに気を使うもんじゃないよ。凍夜」

「トーヤ、です」

「いやそりゃ、偽名にもなっていないだろ…」


ここエデンは色街の歴史を感じさせる古い建物だ。

それなりに広いフロアの店舗は、田舎には珍しいコンクリート造りの2階建てになっており、1階のわかりにくい造りのドアを潜ったその先に2階の小部屋に上がる階段がある。昭和のころになら、なにか秘め事に使われていたのだろう。


まだ準備中ということで人影も少ない静かな店内に、不意に、がちゃん!っと、何かが割れる音が響いた。

「あ~あ~あ~ぁ~…」

まどかママが視線を向けた先ではボーイ姿の少年が慣れない手つきで落としてしまったグラスの破片を片付けようとしていた。


「手伝ってやってくれないかねぇ、トーヤ…」

はぁ、とため息を増やし、気だるげに煙草を吸う彼女の後ろでは不慣れな様子の少年を助けながらてきぱきと片づけをおこなう凍夜の姿があった。


「ほんと、どうしたもんかねぇ…」



セットしていた水差しを倒しそうになり、慌ててグラスの乗ったお盆落を落としてしまった。

割れるな!という俺の思いも空しく、静かな店内にガチャンと音を響かせグラスのいくつかは割れ散った。

散らばるガラスの破片を片付けるすべを俺はまだ知らない。

すっと。掃除機をさしだし、手袋をはめた手でそれを片付け始める奴がいる。

視線をママに向けると、煙草を吸いながら顎を上に向けるようなジェスチャーで。

彼に教えてもらえと言っているようだ。



「…ありがとう」

「どういたしまして♪」


俺の名前は「苦楽 健斗」この春に施設を出て社会に出たばかりの16歳だ。

先ほど俺が割った、グラスの片づけを手伝ってくれているのはトーヤ。

彼は一昨日からここ、エデンの2階に転がり込んできた家出人だ。

歳は聞いていないが俺と同じくらいなんじゃないだろうか。

その割には如才ないというかいろいろなことができる奴で、基本は裏方にまわり水仕事などしているようだ。フロアを仕切らせてもなんとかなるんじゃないだろうか。

まどかママとは知り合いのようで、だとすれば地元のやつなんだろうな。


俺がここ、エデンで働きだして2週間になる。


俺が育った施設はここから電車で30分ほどの街にあり、最初の就職先もその街の端にある車でしか行けない山奥の作業場だった。

俺たちのような者が就職できる先は限られる。

そしてまともではないこともまた多い。

そこも最初はおかしなこともなかったのだが。施設の指導員さんの顔をみなくなったあたりから怪しくなった。無免許で重機を使わされたり、気がつけば先輩たちが昼の仕事の後にしている「なにか」に巻き込まれそうになったり…

あんな深夜に重機を使って山中に埋めなければいけないモノって…聞いたらそのまま一緒に埋められそうに感じたその次の日に俺は逃げ出した。


施設の方針で持っていた携帯も、料金を払えなくなった今はただの板みたいなものだ。

ほとんど野宿みたいな数日の後で何とか住み込みで即日払いというここを見つけたのだ。


美湾温泉駅に辿り着いたのはいかにも梅雨時期の小雨が降る朝だった。

案内図を頼りに歩いて付いたエデンは、そんな時間にやっているわけもなく。行く当てもない俺は店の裏の通用口と思われる辺にしゃがみこみ、

そこで意識を失った。




あたしが健斗とかいうガキを拾ったのは、梅雨にしては小寒い午後だった。

その日、昼過ぎの時間にエデンの通用口を開けに来たあたしは、ドアの横のごみ箱に寄り掛かるように倒れている子供をみつけた。

雨に濡れた黒髪はそれでもべったりとではなく固めの髪質なのだろう。大き目のショルダーバックとリュックをかけたその姿はいかにも家出かなにかのようで面倒ごとの予感がする。そもそも息をしているのかと恐るおそる確認すると、額の熱が尋常ではないことに気がついた。慌てて抱き起し、店内に運んでソファに寝かせる。

うちの子の小さかった頃を思い出す幼い寝顔…

そのあとに身の上話を聞かされたあたしは…


都会の繁華街とくらべればまだうるさいことをいうやつは少ないとはいえ、このご時世にはこんな場末のクラブでも「コンプライアンス」などという言葉が頭の片隅にはある。

だから、もし、未成年の健斗が普通に面接で来たなら迷うことなくお断りしていただろう。


「ほんとうに…焼きが回っちまったもんだよねぇ……」



そしてまどかママに拾われた俺。

温泉街ということで平日の今日はほとんど客はなく、地元の常連さんが顔を出す程度だ。

当然、バイトの女の人も少なく、23時も回ったこの時間は広いホールは寂しいくらいの入りだった。

からんからん、っと入り口のドアが開き二人連れの客が来た。

「すいませ~ん。12時までなんでもう一時間もないですけどいいですか~?」

二人連れの一人体格の良い男が面倒くさそうに応えた。

「はぁ~⁉良いわけないだろう。朝まで付き合えよ」

店の中に緊張が走る。俺が出くわしたことのないパターンだけど、これは明らかに面倒な客だろう。いや…なんかこいつ見覚えがあるような…?


「まあいいや、おめ~が【まどか】ママか?」

そもそもこいつらお客さんなのだろうか?

「ちょ~っとお話があってよぉ~♪

訪問販売っていうのかな~♪あ。これ、これこれ!」

じゃじゃ~んっと。

男はごそごそとポケットから出した、ボタンがついた小さな樹脂の箱を見せる。

「な・に・か・あったときにさ。このボタンを押すと俺たちが駆けつける緊急警備用の防犯グッズ~だとよ♪」

対応していた恵子さんが引いて、まどかママが出る。

「うちはお話はないですよ。おかえり願えますか?」

そんなママの言葉など聞く気もないようだ。

「まあさ、今どき【押し売り】っても、【みかじめ】ってもこれ、なわけじゃん」

男はおどけて手錠をかけられるようなしぐさをする。

「なあ、本職さんは不自由なもんだよな。あはは~♪」

どこまでもふざけた態度のその男に愛想をつかすようため息を吐いて、隣にいた男が話をつなぐ。

「おい、おまえは黙ってろ。なあまどかさんよ。あんたなら酸いも甘いもわかってるよな」

こちらの男が「上役」なのだろうか。薄手の半袖シャツ一枚の男の腕にはファッションぽい柄のタトゥが覘いた。

「3本だ。すぐ持ってこい。それで売ってやる」

「はぁ~~~!ふざけてんね、あんた!!こんな田舎町のみかじめなんざ、1万も出せないし、そもそも今は出したらあたしがお縄だよ⁉おい!恵子、警察に電話しな!!」

タトゥの男の促せにいかにもチンピラ風の体格の良い男が動く。携帯を握り電話をかけようとした恵子さんが男に羽交い絞めにされる。

「動くな!」

「ああ。余計なことはしないほうがいい。そいつは気が短いぜ」

タトゥの男は煙草を取りだし咥え、言葉をつなぐ。

「とりあえず、火ぃもらえるかい?」


俺は…


恐怖に縛られて動けなかった。

フロアの隅で震えていた俺にふとタトゥの男の目が留まる。訝しげに。

そして、何かに気づいたように。嗤った。


そんなとき、

彼、ホールの片隅で静かに飲んでいた常連さんが立ち上がった。


「そこらへんにしといてくれないかな。坊主」

今どき見ないリーゼントにサングラス。スカジャンを羽織る壮年の男。

ほどほどに吞んだ今はジャンパーはソファに脱ぎ預け、黒色の上下で長袖シャツにスラックス姿の出で立ちだ。首元にはちょっとごつめの金色のネックレスが揺れている。

「酒が不味くなっちまう。ぜ」

そしてママの前に立つタトゥとの間に割りいると、ゆっくりと煙草を咥え、言う。

「火ぃくれよ。まどか」

ママは付き従うさまでライターを点け、サングラスの男はゆっくりと煙を吸い、そして吐き出す。

「ガキは帰れ。見なかったことにしてやる」


ちょうど男の死角になっていた、恵子さんを羽交い絞めにしていたチンピラがゆっくりとも見える動きで彼女を突き放す。そのままの勢いで回し蹴りのようなキックを繰り出した。

サングラスの男は何ごともなかったかのよう、その蹴りを往なし、その勢いのまま体勢を崩したチンピラを投げ払う。壁際のソファに飛ぶようにぶつかる男に言い放つ。

「おいおい。せっかく見なかったと言ってるんだぜ」


タトゥの男はジッポを取りだし、

咥えていた煙草に自分で火を点けゆっくりと吸った。


「あんた、どこのモンだい?」

リーゼントの男は答える。

「御柱組だよ」


先ほど投げられた男がソファにもたれかかるようにしながら吠えた。

「馬鹿が!代紋振りかざして、暴力をふるって、おめ~はもう終わりだ!」


そして煙草の煙を吐き出したタトゥの男が動いた。

「馬鹿は、おまえだ」

ごしゃっ!っと鈍い音がしてタトゥの男のこぶしが仲間のチンピラの顔を打ち抜いた。

そして、サングラスの男をねめつけるような視線のまま、頭を下げる。


「すいやせんでした」


そして倒れていた仲間の男を引き上げるように立ち上がらせ、

持ち上げた男にも頭を下げさせる。


リーゼントの男はめんどくさそうなそぶりを見せ、問う。

「で、おめえは?」


一瞬視線が交差するがタトゥの男は息を吐いた。

「磯海の【愚巣蛇斧】だ」


「そうか。おとなしくしとけよ」


そして二人はドアを潜り出て行ったのだ。


その痺れるような一連のやり取りに俺は…

(惚れた…‼かっこいい!)

シビレていた。


これから俺が巻き込まれていく夜の暴力の世界に気がつくこともなく……



ぎぃ~。バタンと古めかしいそれなりに重厚なドアが閉まる。

エデンの外に出た男が吠える。

「兄貴、なにやってんですか!?ボスになんて言うんですか!!?」

「馬鹿だな。ボスはわかってるさ。あれはアンタッチャブルだ」

タトゥの男はこれ以上の厄介ごとは御免とでもいうように、連れの男のけつに蹴りをいれる。

「そもそもみかじめで小遣い稼ぎ、なんてお前が言い出した話で面倒ごとは御免だ。帰るぞ。収穫もあったしな」


そして二人は夜の街に消える。

美湾の街を巻き込む「事件」はここから幕を開けるのだった。





まだ落ち着かない空気の中のエデンでは。

カウンターに移ったサングラスの男が携帯を取り出してどこかに連絡を取っていた。

「そうだ。愚巣蛇斧(ぐすたふ)だ。最近聞く半グレだろう。なんか動きがないか聞いといてくれ」


「ありがとうね。ヤスさん」

まどかママがグラスを差し出す。

「酒はいらん。これが俺らの役目だからな。今どきはこんなもんでも奢られると報酬と言われるんだ」

美湾温泉がある小磯町と御柱組がある磯町、合わせた区域で磯辺郡と呼ばれるが、御柱組は一部で「磯辺のアンタッチャブル」と知られている。

この令和の世に残る任侠集団で「株式会社」である。当然コンプライアンス順守であり、報酬をもらってお店の治安を守るとかはできないのだ。

町の治安維持は副業でもなんでもなく単なるボランティアなのだ。


「変に気を使われると若けぇのが勘違いしても困る。俺らは空気だと思ってほっといてくれりゃいいからよ」



Chapter 3



僕の名前は「神無 凍夜」

僕が観月荘を家出したというのに、

こんな近所で、エデンで働いているのには、理由がある。


近くにいる理由は、

そもそも家出が成立していないということにつきる。

海神の眷属である僕は彼が「戻れ」といった瞬間、たとえ地球の裏側にいたとしても戻されてしまう。海神様が観月荘にいる限り家出なんてことは不可能なのだ。今現在ここにいて呼び戻されていないということは海神様が楽しんでいられる範囲のことだということだろう。

あ。ちなみに、激務に次ぐ激務に嫌気がさして逃げ出したというところは本気です。ほんと。

さすがに晩酌のあてを「獲りに」豊予海峡やら小樽やらまで飛ばされる日々は勘弁してほしいと思います。鯵なんか目の前の美湾で釣れるんだからそれでいいじゃん…


脱線したな。

遠くに逃げれない理由がもうひとつ。

僕は、奏と佳奈ちゃん、巫女の血族が住むエリアから離れることもできないのだ。

「巫女を守る守護獣」という僕の「存在理由」そのものがなくなってしまうからね。

なかには任を解かれた野良眷属なんてのもいるようだけど、僕は正当な任を帯びた眷属であり、そこは離れるわけにはいかないのだ。

というか、背任となると存在そのものが消えてしまう。



そして、エデンに居る理由は…


僕がここ(エデン)にいるのは、彼を見つけたからだ。

市場や酒屋など買い出しでよく出会い、以前から声をかけられていた、まどかママに甘えたためというのもある。

しかし、それよりも何よりも、たまたま見かけた彼の「中にあるもの」に引かれたというのがほんとうのところだ。

まさかこんなところでこんな「もの」に出会うとは思いもしていなかったのだから。

「おい、トーヤ!」

そう。今、話しかけてきた、苦楽 健斗君のことである。


「おまえ、昨夜居た人のこと、知ってるのか?」

昨夜…?

ああ。

愚巣蛇斧とかいう半グレを叩き出した彼か。

御柱組、そしてヤスと呼ばれる彼のことは一応知っている。まあ奏の関係者だしね。ただ、彼は僕のことを知らないはずだ。

「いや~知らない人ですね」


「そうか…」

健斗は少し残念そうな顔をした。なんか興味津々だね。

やめといたほうがいいけどね。いや、いろんな意味で。


まだ早い時間のここには、住み込みの彼と僕の二人しかいない。

朝。起きて二階の洗面所で顔だけ洗って、ばらばらフロアに降りてきたところだ。

僕はカウンター奥の調理スペースでトーストを焼き、スープと合わせ彼に出してやった。


とりあえずいい機会だ。確認したかったことを「さりげなく」聞いてみる。


「健斗はこれ、視えるかな?」

僕は力を指先に集め、空中に一筆書きで文字を書いてやる。

魔力で書かれた文字が中空で光って見えているが、普通の人には見えることはないはずだ。そして。

それを見た健斗はびっくりしたように目を見開き、そして。書かれた文字を読む。


「…YES」


「なんだよそれ……⁉」

「なんで空中に文字が書けんだよ?それにおまえ、なんかキラキラ光って…???」


僕は笑う。「魔法だよ」

こいつは拾い物かもしれない。

「とりあえず、健斗も練習してみない?君には才能があると思うんだよね」


「いや、今どき魔法とか言われて、はいそうですか、という奴なんているか?

手品がうまいのはわかったから、とりあえずママが来る前に掃除だけしとこうぜ」

胡散臭げににらむ健斗に全否定された凍夜は笑顔のままに凍りついていた。


そして、ばらばらと女の子たちも顔を出し、まどかママが同伴の地元のひとと入ってくる。いつものようにお店は始まった。

温泉街の飲食店ということもあり、平日のエデンは閑散としていた。



「ケント、3番テーブル、チャームお願いね」

俺はお目当てのひとが来店してきたことに興奮を隠せない。

「はいっス‼」

「いや、なんだよ、その『っス』は…やめときな!」

「はい!」

まどかママに注意されるも上の空で俺は。

チャームとボトルやグラス、氷などが乗ったお盆を運ぶ。3番テーブルに着き片膝をつきながらテーブルに置く。

「お疲れ様です‼」

声をかけられたヤスさんはびっくりしたように眉を上げ、隣のケイ子さんに声をかける。

「おいなんだ、このガキは?」

「最近入った子なのよ。許してあげてね」

ケイ子さんは困ったような顔をしながらフォローしてくれた。まあ、俺もちょっと飛ばしすぎたとは思うし、申し訳ないなと思う。

でもケイ子さんには悪いが俺はヤスさんに覚えてもらいたいのだ。このタイミングしかない。

「苦楽 健斗と申します。健斗と呼んでください!」

「お…?おぅ??」

「このあいだの半グレ、追い払ったときのヤスさん、かっこよかったっス!」

こんな感じで、

怖いもの知らずというか勢いだけで俺は御柱組のヤスさんとお話ができるようになったのだった。


「ケントねぇ…なんか生意気な名前だな」

俺が吸ってる煙草よりは安いけどな、と俺にはわからない冗談?をいうヤスさん。意外と気さくにサングラスを下げ、俺と目を合わすように名乗る。

「御柱組の田宮 政安だ。いちおう名乗ってやるが、ヤスでいい」

その目を見た俺は…漏らしそうになる。なんというかサングラスとスカジャンにリーゼント、という昭和のロッカーのようないで立ちで、年齢は上なんだろうけど親しみやすい雰囲気もあるヤスさん。だけど、サングラスの下の目は怖かった。何の感情もない蛇のような目。もちろん瞳孔が縦だとかそんなことはないのだけど妙に小さい黒目は氷のように冷たい。

「そう引くなよ~。これでも俺も傷つくんだぜ。挨拶の時に目も合わせられないのかと叱られて、グラサンとればおまえはそのままでいい、とか言われたりよ」


どうやら睨まれたというより、目を見て挨拶をというヤスさんなりの礼儀だったようだ。

正直何か失礼でもあったのか、とかこのまま消されるのではとか、飲まれて意識を失うかと思ってしまった…ちょっとだけちびったかもしれない。

そしてサングラスを上げたふだんの顔に戻ったヤスさん。

「ま。この店にいるときはな」

「外で会ったときに気やすく声をかけんじゃねぇぞ。俺はいいけど若い奴に気が短いやつもいるかんな」

と、そんなときに携帯の通知音が響き、

「オヤジからか…」画面を見たヤスさんはLI〇Eアプリをひらく。

そして。

ヤスさんは脱力したように携帯を投げて、ソファにもたれかかるようぐったりと。深いため息をついてグラスの水割りを傾けた。

テーブルの上に残されたヤスさんの携帯の画面をちらっと見てしまった俺も凍り付く。

その画面には…

「佳奈だょ~ん♡」

という文字とともに、俺がよく知っている「彼女」が、エプロンをして笑っている写真が添付されていたのだ。なんかおちゃめなポーズまで取っている。あいつ、こんなキャラだったっけ??


「御柱…佳奈?」

「ん?」

俺の様子に気がついたヤスさんが訝しげに言う。

「なんだケント、おめ~お嬢の知り合いか?」


え?なにあいつヤ〇ザに囲われてんの???





同じころ、エデンから車なら5分ほど。

凍夜がいなくなり3日目の観月荘では、佳奈が台所に立っていた。

お客様の夕食も終わったこの時間からが身内の食事の時間になるのだ。

「佳奈ちゃんや、今日の夕食はなにかの~♡」

「今日はスパゲッティとサラダに、インスタントのコーンスープかな…」


施設にいたころはろくに料理もしていなかったという佳奈だが、消去法的に賄いの担当となり奮闘していた。

爺たちも佳奈が作るものには文句を言うでなく、その成長を見守る構えのようだ。

まあ、たとえタワシをそのまま食わせても佳奈作の料理だと言えばそこに文句はないのだろう。もちろん、才能もあるようでここ数日ネットレシピとにらめっこしながら研究に余念がない彼女にはバラ色の未来がある。

しかし。

「なあ、奏さんよ。これ、はなにかな?」

夕食までのつなぎ、晩酌のあてをということで私が担当した「もの」には泰造爺からクレームがついていた。なあ爺。優しい目で見守らんと成長もないぞ。黙って食えんのか。おい。


「ジャガイモとイカの塩辛を合わせてみたんだが。酒に合うんじゃないのか??」

「いや、これ、え…」

私の批判的な視線に別に嫌がらせでもなく、私の調理スキルが壊滅的ということをなんとなく察する泰造爺。

「なんじゃ、これ…!?」その横で箸をつけた大海爺が声を上げる。いやだから。優しさが人を育てるんだぞ!


「ネットで酒に合うつまみ、と検索したらジャガイモにはいかの塩辛が合うと書いてあったから、作ってみた」


幸い「適当な」イカが冷凍庫にあったので、塩辛を仕込むところから頑張った力作なのだ。冷蔵庫には市販のイカの塩辛もあったけどそれを使ってしまえば料理とはいえないだろう。今どきはレシピサイトくらいはいやというほど見られるのだ。

エンペラだのげそだののレシピもあったが、ようは、全部食えるのがイカなんだなという認識は間違いないだろう。冷蔵庫で寝かす、と書いてあったので内臓と和えた後でタッパーを横に寝かせて…レシピには半日もたてば食えると書いてあったし1時間も寝させれば上等だろう。イカの種類?いや。知らんがな。


大海爺も何かを察したようで、黙り込む。


うん。芯が残ってる生っぽいジャガイモと生臭いイカにバターが効いて何とも言えない味わいだな。うん。


「不味い。」


まあしかし。それなりにいい冷酒なので。酒は飲める。

べつに食あたりするようなものは使ってないはずだしな。


何とも言えない雰囲気の中で目線で語る爺たちの晩酌。

そんな一日のお楽しみタイムはまだ始まったばかりだ。


「もう一品頑張ったんでそっちもよかったら摘まんでくれ!」


とりあえず、凍夜がいない観月荘の食事時はこんな感じで始まっていたのだ。



がんばれ爺たち!



Chapter 4



商店街の石畳には、初夏の日差し、というよりはもう夏の強い光がそそいでいた。

行きかう観光客に紛れるように、買い物に汗をかく一人の少年が歩いている。


「暑ちぃ~」

まだ、エデンが開く前の時間、俺はママに頼まれて上の商店街まで買物に来ていた。

一軒しかないスーパーで調味料やら乾きものにチョコ菓子などを買い、商店街もはずれの崖上から湾内を見下ろすように階段を下る。その階段を下りた先はちょうどエデンの店裏に続く路地につながっていた。観光客が行きかう上の街の喧騒からは想像できない程に静かな路地だ。


「よお!」

静寂を破り、不意にかけられた声。見るとそこには先日の二人組の片割れのタトゥの男がいた。

「ひさしぶりだなぁ。おい。健斗?くんよ」

呼ばれた名前にビクッとする俺。やっぱり、こいつら…

「やっぱり。脱走兵がこんなところに居るとは奇遇だねぇ」

くくくっと何が面白いのかわからない笑い声。人を不快にさせるために笑っているのだろう。

「その節はご迷惑をおかけ…しました」

そう。彼、かれらは俺が最初に就職した山奥の現場でたまに見かけた顔だった。

先日の薄暗い店内では見間違いかと思う程度だったが、今日ここで見とがめられれば逃げることもできない。

「まあ。いいんだぜ。おめぇはべつに金を持ち逃げしたとかじゃねぇんだしよ」

嘘だ。どうせ俺のことなんか搾取する対象にしかみてないわけで、そのおもちゃが「勝手に」逃げ出すことを黙って許すほど甘いわけがない。たしか「灰猫(ハイネ)」と呼ばれていたこいは、現場に顔を見せていたやつらの中ではリーダーみたいな奴だった。

「おめぇが姿を消したんで、タレこまれて踏み込まれるかと心配してよ。まあ、おめぇも利口だったから何もなかったわけだけど、しばらくはあそこも使えなかったりよ、まあ迷惑かけたことだけはわかっとけよ~」

知らねえよ!そんな後ろ暗いことしてるお前らが悪いんだろう‼なんて言葉はもちろん言えない。


「それよりよ。おめ~大変なことしちゃってんだな」

面白くて仕方ないというふうに甲高い笑い声。

「なにが…ですか?」

「まどかママに迷惑かけてんだなぁ。おめぇ

風俗(エデン)で未成年が働いてる、って、出るとこでりゃしょっぴかれるって判ってんのか?」



は…?


俺はそんなこと知らない。

ただ、駅の広告で求人の案内を見て、住み込み日払いという文字に飛びついただけだ。

「そんなこと…⁉」

「あ~あ~あ~。その顔じゃ知らねえんだな。まあ持っていき方次第だがよ。よくて営業停止、悪くすりゃローカルニュースで流されて廃業だな、これはよ。

健斗君も罪だよなぁ。お世話になった俺たちにも泥をかけて消えるわ、まどかママもおめぇのおかげで路頭に迷うとかよぉ」

叫びたかった。

だけどそんなことで逃げれる奴らじゃない。

「どうしろって…。いうんですか…」

「な~に。俺は優しいんだぜ。できないことをやれなんて言わないし、おめぇがちょっと手伝ってくれれば、あの店にはなにもコナをかけねぇ。ママもおまえもいままでどおりさ」


そして、俺の携帯に怪しげなアプリの設定をされる。日払いの給料で復活したばかりの、それの最初の連絡先がこいつら…

なにか逃げられない楔を打ち込まれでもしたように苦しかった。

「ちょ~っとこの町で一仕事(ヤマ)あってよ。ちょうど人手が足りなかったところなんだよ。また連絡するからな。メッセージの返答は1分以内な」


エデンからほど近い路地裏の、健斗と灰猫と名乗る男との、その会話を

一部始終を見ていた男がいる。

借りている小部屋の窓に腰かけて外を見ていた凍夜だ。

黴臭さも漂う部屋に、半世紀前のエアコンでは窓でも開けていなければ不健康なこと極まりない。目の前に広がる景色は立ち上がる崖に視線をふさがれで、観月荘の絶景が広がる窓辺ではないことに寂しさを覚え…。廃屋かと思うような建屋の街並み。そしてそこで繰り広げられるちょっとあれ、な会話を聞き…

凍夜はため息をつきながら呟いた。

「基本関係ないんだよね僕は


…でも」


あまり興味なさそうにつぶやいた凍夜。だが、半グレの男と別れこころなし肩を落としうつむき歩く少年を見ながら言葉をつづけた。


「せっかく見つけた彼を誰かに傷つけられちゃうのは嫌だねぇ」




その夜。

エデンでの仕事も終わり、2階に上がり寝るばかりだった部屋にトーヤが訪ねてきた。

「さあ。練習しましょ~か」

「はあ⁉嫌だよ!もう寝たいんだ俺は!」


先日ちょっと見せてくれた「魔法」をどうしても俺に使わせたいらしい。

馬鹿じゃないのか?

こいつが手品みたいなことできるのはわかったけど、

俺がそんなことできるわけないじゃん。

抗議の視線にも躊躇せず、トーヤは被せるように話を続ける。

「まあ。たいしたことはできないですけど、もしかしたら身を守るくらいはできるかもしれませんしね」


…身を守る。

俺の脳裏には灰猫と呼ばれるあいつの顔がふと浮かんで消える。


「なあ…それって、ナイフとかピストルとか持ってるやつ相手に戦えるのか?」


そう。溺れる者は藁をもつかむ。そんなもしかして、という思いで。

そして。

俺は、降りかかる火の粉を払うためなら、と。

この怪しげな誘いに乗ってみることにしたのだった。

まあ。結果が出なくても何もなくすものもないしな。



携帯のアプリの通知音が響く。

正直、だれからも掛かることのない電話。入れているいくつかのアプリの通知もこの半年だれからあるわけでもなかった。そんな中でのメッセージは予想通りの相手からだった。

「灰猫…」

簡潔ではある文章だけど、俺には彼の気味悪い笑い声が聞こえてくるような気がした。


「あたしは賛成だからね!」

灰猫の指示はエデンでの勤務に差し障ることもあり、とりあえず俺はまどかママに相談してみる。

「でも、短期って言っても1週間はエデンに出れなくなりますし…」

「あんた、一生ここに居る気なのかい?バイトで漁師をやるってのも経験だろう!

健斗(あんた)みたいな若い子はいろんなことに手を出していいんだよ!

いろいろやってみて、一番向いていることに決めてもいいんだからさ。

べつにエデンから抜けるとかじゃないなら、家賃とか気にせず今のままでいいしさ」


退路をふさがれた形の俺は。

灰猫の指示のままバイトを紹介してくれるという人に会うため、商店街にある喫茶店に向かうことになった。



カランからん、っと入り口のベルが鳴る。

コーヒーと言えばマクドナルドくらいしか知らない俺は、メニューの値段にちょっと引きながら、ソーダ水を頼んでみる。

「甘ぇ…」

そんな俺の前に一人の男が腰を掛けた。

「ケント…君でいいのかな?」

現れた男は…

施設でいろんな奴を見てきた俺にはおなじみの、ちょっと壊れてるやつだ。

きょどきょどと定まらない視線に、落ちくぼんだ眼。ぼさぼさした長髪に青白い顔色の彼が、今日「紹介」してくれる漁師さんなのだろうか?

俺の思う田舎町の漁師、とは正反対の印象のやつだった。


「聞いてると思うけどさ。乗ってもらいたいのは僕のオヤジの船なんだ」

お互いに、情報もないまま歯に物が引っかかるような会話での情報のやり取りが続く。

「俺も、大したことは聞いてないんだけど、いつからなんですか?」


彼、「小松 達也」さんは言った。

「良かったよ。ケントくんみたいな地元で働いてる、『普通の子』でさ。

『磯海のほうの組織(チーム)』の奴なんて…」

そこまで喋って、達也さんはびくっと、周囲を見渡した。

「ああ。ごめん…。とにかく明日からで、1週間くらい助けてくれるかな。一人網を上げてた人がけがをしちゃってさ、助けてもらえるとありがたいのはホントなんだ」

とりあえず、そこでの会話では明日朝3時集合で漁のお手伝いをする、という話しか聞けなかった。手取りはエデンよりもいいのでまあこれだけなら悪い話ではないのだけど…

そこのお勘定は達也さんが出してくれてその日はそれで解散になった。


翌日の早朝、まだ真っ暗な漁港には、豪快な笑い声が響いていた。

「がはははは!」

どちらかというと不健康なイメージの達也さんのお父さんは、漁師らしい日焼けをした健康そうな人だった。

「小松 幸登だ。よろしくな」

気さくに手を出し、握手を求められる。

俺の手など一握りで潰せるんじゃないかと思うような力強い手だ。

「うう~ん、まあとりあえず、船長でいいや。おまえ…ケントはエデンに居るんだって??」

正直迷惑をかけている中、うなずく俺はちょっと引いちゃうところもあるんだけど、まあ、お客さんにここの漁師さんも多いのでごまかしてもしょうがない。

「はい。よろしくお願いします!」


「おう、こちらこそよ。まどかママにはよろしく言っといてくれよ!時給ははずむからよ!」


美湾漁港には磯海市漁協の支所があり、船長、こと幸登さんはそこの支所長をやっているとのことだ。まどかママだけではなくトーヤのこともよく知っているようで、エデンに居るというだけで俺は身内のような気さくさで扱ってもらえた。

ってか、ママはわかるけどトーヤって何者なんだ??

っかあいつ、トーヤがエデンに来たのなんて、まだ最近の話なのに田舎の情報網って怖いな。当り前のようにいろいろな情報が共有されている。

「まあ、不慣れなのは達也も同じでよ。まだ出戻って船に乗ってひと月にもならないんだ。定置網っても小さいやつだから慣れてりゃ2人でもなんとかなるんだけど、まあ、しばらくよろしく頼むわ!」


がははっと笑いながら船長にはたかれて勢いで俺は海に落ちそうになる。

そんな俺の襟をつかみ支えながら幸登さんはつぶやく。いかにも、ひょろい奴だな、との心の声も聞こえてくる。

「おうおう、気をつけろよ。落水で死ぬ奴はごまんと居るんだからな」

いや、あんたに突き落とされそうになったんだけど⁉

もちろん。

ここでも下っ端の俺はそんな言葉を飲み込むしかないのだが。

ただ、灰猫とかと違い幸登さんはなんかあったかい感じで悪い感じはないんだけどさ。

落ちれば死ぬのは一緒で関係ないよね。

「あ…ありがとうございます」

そんな俺と船長をほっとしたように見ている達也さん。

そんなこんなで幸登船長の「幸甚丸」での、俺の見習い漁師生活がはじまったのだ。




時間帯がずれているので、ホールのお手伝いもするという俺の希望は、

「なに言ってんだい。漁師は体が資本なんだし見習いっても夜は早く寝なきゃいけないに決まってんだろ!」

というママの一言で却下された。


「そうそう、うまいじゃん。きれいに流れてるよ!」

午前中の時間、俺はトーヤに指導を受けている。

そう、あいつが言う「魔法」の訓練だ。


「そもそもさ、僕たちは魔力を操るのはスペシャリストなんだけど、魔力自体はほとんど持ってないんだ」

「いや、だから前提がわからないんだが。なんで「僕たち」で一括りにされてるんだ?」

じとっとした俺の抗議の視線はトーヤの眼中にないようで、

「だから必然に【放出】や【創造】系の魔法はできないし、主に使えるのは【操作】や【強化】ってことになるのかな?」

いや、だから!こいつ絶対教師とか向いてないやつだろう。トーヤは自分が知っていることやわかっていることは端折り、俺にさせたいことを、イメージだけで伝えようとしてくる。

「なんてかさ、感じる魔力の流れを強化したいところでグルグルさせるのが強化で、魔力を通してそれをチャッチャと動かすのが操作、って感じかな」


「いや、もうちょっと初心者にわかりやすく、教えてもらえるとありがたいんだけど…」

音を上げてそう伝える俺を、さも、できない子を見るような視線で見つめながらトーヤは宣った。

「え~~~。これ以上わかりやすくってどうすればいいの?わかりやすく言ってるつもりなんだけどなぁ…」

やめろよ。その、ため息は…!


乗り掛かった舟だし、すでにいくつかの超常的な現象を体験している俺はこの時間をさけるつもりはない。

ただ、師匠がこれでは習得?できるか自信がないし、その道のりは果てしないものになりそうだ…


「まあ、頼むよ、先生…

俺にはこの力が必要なんだからさ」


そうして今日もトーヤ「先生」の授業を受ける俺がいるのであった。

こいつ、先生とか師匠とか呼ばれると喜ぶしな。

しばらくは付き合ってやるよ。



できれば彼が言う修業が早く終わらないかな~っと思っちゃうのは俺のわがままじゃないはずだ。





僕は目の前の出来の悪い「弟子」を見ながらため息をつく。

素質は間違いないのにいまだ強化もまともにできないのだ。

教えていても手ごたえがないというか、本当にものになるのか不安になる。

もしかしたら「センス」がないのかもしれない。そんな言葉もちらっと頭をよぎる…

そもそも。

僕が彼を教えているのは暇つぶしという側面もあるのだけど。


僕の心を占める「観月荘」からの連絡は、いまだない。僕の主である「海神(大海爺ちゃん)」からの連絡もない。

正直僕は焦っていた。

観月荘で僕がしていた仕事は一朝一夕でできるものではないはずだし、その穴を埋めることは不可能だろう。

だから今回の「僕の家出」は長くて3日。最初の週末の前に、お客様の食事を準備できず、音を上げた彼らが僕に謝ったところでお終いのつもりだったのだ。

しかし、既に忙しいはずの週末も超え、いまだ帰れとの声も掛からない…

いったい観月荘はどうなっているんだろうか?

「まさか。奏が思い切って休業とか廃業とかやっちゃってないよね…?」

観月荘の大黒柱、ほとんどの業務を一人でこなしていたはずの凍夜は、自身の不在で起こるだろうあれこれを思い、心配になっていたのだが…


「まあ。帰ってこい、と言われなければ帰らないけどね。僕は…」


意外とこじらせているペンギンであったのだ。




その頃の観月荘、賄いの夕食を準備する佳奈は。

ふん、ふんふんっと楽しげに鼻歌のなかにグリルの前でタイマーを眺めていた。

「佳奈ちゃんや~♪今日は何を食べさせてくれるのかのぉ~?」

「佳奈!お前だけが俺たちの希望だ‼」

話しかける二人の爺たち。

「今日はほほ肉のシチューとパリッパリに皮を焼き上げたチキンのグリル、生野菜とポテトサラダね!」

そう。佳奈の料理スキルはめきめきと上達していた。

赤ワインで一晩マリネし、長時間煮込まれた牛ほほ肉のシチュー。舌先で繊維がほどけ、香草仕立てのチキンも肉汁あふれるジューシーな焼き上がり。そこにかけるレモンソースも手間がかかったものでちょっとしたお店で出てきても違和感のない仕上がりだ。もちろんジャガイモをつぶすところから手作りのポテトサラダなど付け合わせの一品にも気を抜いてはいない。

すでに漂うおいしそうな香りに泰造と大海のおなかが鳴く。



「おお、ちょうどいい塩梅に腹もあるみたいだな!」

そこに奏が声をかける。


「そこまで腹を空けてまってもらえると、私も腕を振るった甲斐があるというものだ!」


その声を聴き、二人の表情が微妙に曇った。


「いや、わしは…「俺はもう酒はいいから佳奈の飯で…」

「まあそんな遠慮するな!」


そして晩酌を楽しむ大人組3人の前に並んだものは…


「夏場だからな、ちょっとさっぱりと前の海で釣れた鯒を造りにしてみたのと、

鯵も叩いてみた」


じゃっかん怪しげな見かけの鰺のたたきに不安は感じるも、まあつまみと言えば上等なものが出てきたことに表情を緩める爺たち。

しかし、今日までさんざん無体なものを食べさせられてきたトラウマからかなかなか箸が伸びることはなかった。


「遠慮するなって!」

そして、彼らからすれば可愛い孫娘である奏がにっこりと微笑み。鯒の刺身を醤油にちょん付けして大海の前にさし出した。

これを断れば爺孫の関係にも差し障るだろう。

大海は何かを決したようにその刺身を口に入れる。

「ほら!」

間発入れず、泰造の前には奏の箸で鯵のたたきが…

これを食わねば男も廃るというものだろう…


「…不味い「…」


なぜこんなことができるのか。

自分たちは何を試されているのか。そんなことがグルグルと二人の頭を周る。

しかしそんなつもりはないのだ。得手不得手を越えてこと「料理」に関してだけは、奏にバイアスがかかるのである。

醤油のつもりで出したベトナム魚醤(ヌクマム)、そもそも包丁を洗わずに魚の腹を出したそのまま三枚におろされた刺身はすでにその時点で血にまみれており、よく切れるはずの包丁でもギコギコと切り出された刺身の断面にはもれなく生臭みがいきわたっている。いちおうきれいに見えるよう拭いたり洗ったりもしたようだけど、その程度では生臭さは消せなかったようだ。

「中国の味噌みたいなもんなんだろう」

という判断で使われた甜麺醤にショウガと同じ香味野菜というチョイスで使われたニンニク、それで叩かれた鯵の身も絶妙な生臭さと合わさり、えも言えない味を醸している。

まあニンニクが効いているので、鯵のたたきと思わずに食べればある意味斬新さをもってイケたのかもしれないが…

「素材勝負の品だから間違いなくおいしいはずだぞ!」

そういいながら箸をつける奏…


「不味いな…」


「まあ。酒は上等な奴だしといたから、塩でも舐めて佳奈の料理を待とうぜ!」


そんなこんなで今日も夕食の前の晩酌の時間は。

微妙な空気の中で過ぎていくのだった……



Chapter 5




夜が白みだした日の出前の美湾港に、

どるるん!とっとっとっとっ、っとエンジン音が響く。

まだ暗い時間に出船し、岬の裏の定置網まで30分のクルーズだ。

網に着いたら目印の浮きを手繰り網を引き揚げて獲物を生簀に放り込む。

今日はトビウオの群れも入り、ほどほどの入りだったとのことで船長幸登さんもご満悦のようだ。

いまは引き上げた網に傷んだところがないか、教えてもらいながら修理したりの時間だった。

早朝とはいえ夏の日差しはじりじりと肌を焼き、紛れでこぼれ落ちた小魚を狙いカモメが目の前を横切っていく。

幸甚丸に乗るようになり3日が経っている。


「密漁~~~??」

「ばか、オヤジに聞こえたらシャレになんないだろう!」

ちょっとは慣れて余裕も出てきた俺は手を動かしながら、達也さんと色々話しこんでいた。

「愚巣蛇斧」の一味かと思っていた彼は、どうも俺と同じように搾取される立場の弱者らしい。といっても、漁師を嫌ってここを飛び出して食い詰めて、お定まりのコースを落ちながら売人まで務め、そこで薬に手を出して売り上げをごまかして、と…

いや、逆によく無事にここに居るな、この人、っと俺が思ったのは内緒だ。


「ナマコとかアワビとかさ、いまは漁獲証明書がないと簡単には捌けないんだけど、なんか本部のほうで漁協の組合長が融通してくれるからやりたい放題できるって話でさ」

チームの金をつまんで詰められてた達也さんには、漁師になると嘘をつき、船の操船だとか漁のノウハウを身につけて来いという指示が出ているらしい。

「それだと、俺もその密漁グループ要員ってことになるのかな?」

達也さんは苦しそうに笑う。

「だとしたらケントは夜の海に潜る練習もしないとだな」



「おう、おまえら、帰るぞ!

こんなところに居たら魚が煮えちまうしな!」

がっはっはと幸登さんの声が響いた。


これで今日の漁は終わりだ。あとは漁港で獲物を開いてセリにかける、そこは幸登さんの奥さんを始め女性会員のみなさんの活躍の場で、新米の俺には出番はない。

ちょこちょこ手伝えることは手伝うが、「もういいぞ!」と声がかかって、まだ午前中の時間で今日の仕事は終わるのだった。


「おかえり~♪」

エデンに戻り裏口から自分の部屋の戻ろうとすると、フロアでくつろいでいたトーヤが声をかけてきた。

「そろそろ帰ってくる頃と思ったから、お風呂入れといたよ♪」

ホント、気だけは回るんだよな、こいつ。

「幸登さんに聞いたけど、トーヤおまえ、観月荘とかで板前やってるんだろ?」

こんなところに居ていいのかよ、と聞いてみる。

「あ~

戻れって言われたら戻りますよ。これでも僕、料理は上手なんですよ」

知ってる、とうなずきながら聞いてみたかったことも聞いてみる。

「まどかママや幸登さんに聞いたけど、もう10年以上は市場に出入りしてるって話じゃん。おまえ、何歳なんだよ?」


ふと。

トーヤの視線が落ちる。そしてこちらを向き笑う。

「それは内緒です♪」


そして今日も「魔法」の練習の時間だ。

相変わらずトーヤ「先生」の教え方はハチャメチャだけどなんとなくは感覚もつかめてきた気がする。

さっき、「内緒です♪」と言ったときの彼の気配はやばかった。

きっと踏み込んではいけないところなんだろう。

っかさらっと巻き込まれたこの魔法も、手品ではないことは、いやって程理解させられている。

一体トーヤの正体って…?


ヤスさんもそうだ。あとからお店の人に聞いた「ヤス睨み」と呼ばれるあの眼付もやばいけど、そもそも「愚巣蛇斧」だってやばいのだ。施設で育ち裏社会なんて知らなかった俺でさえ名前を知っているくらいには。それなのにヤスさんは鎧袖一触、組の名前だけで黙らせていた。正直お礼参りじゃないけど顔をつぶされた灰猫たちが集団でここを襲うのではないかとひやひやしていたのだけどその気配は微塵もない。

「御柱組なんて聞いたことないのにな」


そして、それは施設で一緒だった「御柱 佳奈」と同じ名前であり…


「そもそも俺の周りっていつからこんな地雷ばかりになっちまったんだ?」


色々聞きたいことや知りたいことばかりだ。

けど、好奇心は猫をも殺す。



そんなことを考えていた時に俺の携帯に着信があった。




呼び出された先はエデンの裏から崖を上がった先、先日顔合わせをした喫茶店だった。

「アイスティ。ください」

このところ日払いで毎日収入を得られている俺は喫茶店のドリンクくらいはびくびくしなくても頼める余裕ができていた。


携帯の着信があったときに「灰猫」からかとビクッとした俺を見てトーヤは訝しげな顔をしていたけど、着信の相手は今朝まで一緒に船に乗っていた達也さんだった。


「わりぃわりぃ。待たせちゃったか?」

相変わらず挙動不審なようすをみせ、達也さんはなにか落ち着かない。船の上に居る時の陽気さは影を潜めている。

ひとしきり状況を説明してから彼はつぶやいた。

「結局よ。境界を越えちまったおれらは法じゃ守られてないんだ」

彼の目の下は今朝までなかった腫れがあり、誰かに殴られてきたかのようにも見える。

俺たちみたいな使いつぶしの半端者の都合なんか関係ないしな、とぼやきながら。

「なんか急によ、磯海の本部まで顔をだせって話なんだ…正直行きたくないけどそれを言ったらこのざまだよ」


「ケント、悪いけど明日はオヤジと二人で漁に出てくんないかな」




同じころ。

健斗たちがいる美湾温泉から電車で30分ほどの街「磯海市」その中心部の繁華街にある薄汚れた雑居ビルの最上階で二人の男が話していた。

一人は健斗たちに指示をしているタトゥの男、灰猫。深紅の革張りのソファにもたれかかるように煙草をふかしている。

もう一人はストレートの髪を七三にわけ、ブランドのスーツに襟を立てたワイシャツ姿の男。灰猫と同じく革張りのソファに深く腰掛け足を組んでいる。

一見おとなしそうに見える髪型ではあるが、その細い目から覗く眼光はやはりただ者ではないようだ。

「聞いたよ。御柱と揉めたそうだね」

灰猫はため息をつく。

「ボス。大事の前の小事ですよ。愚巣蛇斧(チーム)の顔が潰されたとかでしたら勘弁してくださいよ」

「馬鹿だな。僕だってわかってるよ。灰猫の判断は正しい。問題は「大事」なほうの話だよ」

磯海の敵対組織はすべて傘下に入れ、彼らの勢いを止める者はいない。そろそろもう少し大きな経済圏も視野に入れている彼らは、いまさら磯部郡なんて田舎に拠点を構えている「御柱組」ともめる気はなかった。

「御柱組ってさ、アンタッチャブルなんて呼ばれてるけど、「磯部」からは出てこないんだってね。伝説がどこまで本当かは知らないけど、棲み分けれるなら揉める必要はないね」

そしてボスは明日の段取りの確認と情報の交換を済ませて言う。


「密漁とか馬鹿にしてたよ。でも今回の話はおいしいことばっかりだよね。【依頼金】を払う【あいつ】も同じ穴のムジナってことで高みの見物をさせる気はないよ。愚巣蛇斧(チーム)のためにしっかり働いてもらおうよ」


新しい煙草を咥え火をつけ、灰猫は応える。

「わかってますよ。御柱もあれっきり構ってきてませんし、

ここまで計画通りです。失敗はしませんよ」

そして不敵にほほ笑んだ。



彼らは知らなかったのだ。

なぜ、御柱組が「磯部のアンタッチャブル」と呼ばれているのかを。

そう。


国家権力も最後に頼る彼らの本当の力を。



厳重に警戒され、盗聴器などもないその部屋の様子は、しっかりと御柱には把握されていたのだった。






半グレの本拠地である磯海市から美湾温泉を越えてその先にある小さな町、磯町の奥まった山際にある御柱家の屋敷。中庭が見える和室の中で一人の老女がため息をついていた。

「おバカさんだねぇ…」

彼女の名前は「御柱 カエデ」泰造爺の妹であり奏と佳奈の大叔母にあたる人物だ。

奏と佳奈とおなじように、彼女もまた常人にはない巫女の力を引き継いでいた。

カエデの力は「千里眼」

ほかの魔法は発現しなかったかわりにその透視は非常に強力なものだ。知りたいと思えばすべての事象が見れてしまうという凄まじいものだった。守護があれば地球の裏でも見れてしまう力。制限があっても国内大抵のことはカエデの目からは逃れられない。

その力で御柱組は潤沢な資金と国家権力に太いパイプを繋いでいるのだ。

「泰造は留守だけど今回は小磯の美湾がらみの話だし、黙ってるわけにはいかないねぇ」


半グレたちの知らないところで、ほんとうの「裏」は静かに動き出すのであった。


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ペンギンさんは役立たず です♪ ③  ~ Boundary Day ~ キムラ @kotatuneko50

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