試験勉強のお供と言えば
蒼河颯人
試験勉強のお供と言えば
さあ、明日から始まろうとしている定期試験。誰もが乗り越えねばならない戦いだ。この僕だって例外ではない。武器であるシャープペンシルを片手に、強敵へと立ち向かわねば、その先に待っている冬休みを迎えることが出来ないのだ。ああ、学生というものは何て忙しいのだろう。
──試験開始まで後、十二時間。
しかし、いくら現実逃避したくても、試験の日は僕を待ってくれないのだ。時計の秒針を睨んでいる間にも、時間は刻々と過ぎてゆく。僕は勇者だ。この強敵に絶対に勝つんだ、と握りこぶしに力を込めると、ぐぐぅっと、聞いたことのある音が腹から聞こえてきた。一人暮らしだから、この部屋には僕以外には誰もいないはずなのに、何故か小っ恥ずかしい。
落ち着け。腹が空いては戦は出来ぬと、かの偉人も良く言っていたはず。先ずは腹ごしらえといこうではないか。
そこで、僕は台所に置いてある冷蔵庫へと直行し、その扉を急いで開いた。すると、その中には、真っ白な丸いお皿の上に、真っ白な三角の形をしたものがのっていて、上から丁寧にラップでくるんであるものが見えた。隣の部屋に住んでいるカリンさんから夕方頂いた、差し入れのサンドイッチだった。
その切り口は、黄色、桃色、緑色と、色鮮やかだ。明日から試験だと話をしたら、お腹が空くだろうからって、わざわざ作ってくれた。ありがたいったらありゃしない。僕は普段使っている青のマグカップに、コーンポタージュスープの粉末を入れ、ポットのお湯を上から勢い良く入れた。ほんのりと甘い湯気が鼻腔をくすぐり、思わずごくりとつばを飲み込んだ。ちょっと早いが、夜食といこうではないか。
──試験開始まで後、十一時間。
三色の具材をはさんだ食パンをむずと掴み、一口かじると、ふわっふわの卵が口の中でとろりとほどけ、雪のように溶けて消えていった。小麦の香ばしい風味と相まって、バターのコクのある香りと、ほんのりとした甘さが卵を優しく包みこみ、鼻からすっと抜けてゆく。ハムの丁度よい塩加減と肉の旨味は舌をきゅっと引き締めてくれ、さくさくとしたきゅうりが口の中をさっぱりとしてくれる。舌触りの良いしっとりとした食感と、ほどよい塩味が癖になる一品だ。
──試験開始まで後、十時間。
ああ、この絶品の卵サンドを心置きなく味わっていたいのに、運命とは残酷だ。この味わいをこの場にとどめようとする僕の願いなんて、一切聞いてくれやしないんだと思うと、途端に胸が切なくなる。ああ、これが日曜日の昼下がりなら、どんなに良かっただろう。
ベランダに小さなテーブルと小さなチェアを置いて、好きな音楽を聴きながら、この素敵なサンドイッチに舌鼓を打つ。そして、頭の中ではこう想像するんだ。良く晴れた日に草原で寝っ転がって、全ての日常を頭の中から追い出す。すると、遠くから牛の鳴き声が聴こえてきて……。
そこで、僕はふと気が付いた。いつの間に眠っていたのだろうか? どうやら僕は、机の上で仮眠してしまったらしい。疲れているし、ちょっと位良いだろうと、目の前に置いてあるスマホの画面を覗いてみると、午前三時三十分の文字が表示されていた。
──試験開始まで後、五時間半。
背中に冷たい刃をあてられたような感じがした。一気に血の気が引いてゆく。
まずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!
僕としたことが、うっかりガチ寝してしまったようだ! なんてこった! 今日の単位を落とすと留年必至だ!!
──試験開始まで後、五時間。
僕は、慌てて開いた教科書に顔を突っ込んだ。落ち着け落ち着け! まだ時間はある……。
──試験開始まで後、四時間。
──試験開始まで後、三時間。
──試験開始まで後、二時間。
──試験開始まで後、一時間……。
──完──
試験勉強のお供と言えば 蒼河颯人 @hayato_sm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます