青年

「ようやく気付いてもらえた」

「はい、あの、なにか……?」

「良ければ私と一曲いかがですか?」

「すみません、私踊れないんです」

「おや、そうでしたか。でしたら、私の話し相手になってくださいませんか?」


 一度断った相手を、二度断るのは、ヒロにはできなかった。


「……少しなら」

「ありがとうございます。あなたのお名前は?」

「ヒロです」

「私はオスカーと申します。呼び捨てで構いません」

「私もです。その、あまり格式ばった感じが苦手でして……」

「そうなんですか?」


 オスカーのヘーゼル色の瞳は瞬きをした。


「落ち着きのある黒髪に、深い色のドレス。雰囲気も控えめですし、深窓の令嬢かと思いました」

「そんなことはないです。本当に素敵なご令嬢なら、食事ばかりしてませんし、きっとちゃんと踊ってますよ。私、どちらかというと平民寄りなんです。あまり詳しくは言えませんが」

「そうなんですか! 私もなんです。最近子爵を賜ったばかりで」


 オスカーは同士を見つけたとばかりに、嬉しそうに破顔した。笑うと少しだけ幼く見えた。


「こういう場所はまだ苦手なのです。実をいうと、ダンスもまだ怪しかったりして」

「それなのに誘ったんですか?」

「父が踊ってこいとうるさくて」


 オスカーは肩をすくめてみせた。ヒロはくすくす笑った。


「せっかくなのでお食事はいかがですか、なんて」

「どれが美味しかったですか?」

「どれも美味しくて決められません。どうぞ、気になるものを。私はデザートをいただくことにしますね」


 小皿にデザートを盛り付けようとした右手は、ぱしりと誰かに握られた。驚いて手の方を見ると、そこにはセオドアがいた。怒ったような、苦しいような、そんな表情で、ヒロを見ていた。


「失礼、お嬢様、私と一曲いかがですか?」

「え、あの、私踊れなくて……」

「セオドア殿下……!?」


 オスカーが驚いて声を上げる。ヒロが振り返れば、周りの客人と、その先にいる両陛下みんなが、こちらを見ていた。


「あの、セオドア殿下……」


 困ったヒロは、セオドアを見上げる。この場をどうにか納めてほしいという意味合いで、名前を呼んだ。セオドアはハッとしたように周りを見て、握ったヒロの手からフォークを放し、小皿も取り上げて、ぽつりと言った。


「走ります」

「えっ?」


 セオドアは急に走り出して、手を取られていたヒロはそれに引っ張られる形で走る。人々の好奇の目を抜けて、ホールから出て、少し走った先の庭園まで行くと、ようやくセオドアは立ち止まった。

 ヒロはヒールを履いている上に、セオドアに付いて行くのに必死だったので、息を弾ませている。

 セオドアが何を考えているか分からなくて黙ったままでいると、彼が整った息で言った。


「ヒロ」


 そして振り返ると、もう一度言う。


「ヒロだろう?」

「……」


 ヒロが沈黙を保っていると、握られていた手が、ぐいと引かれる。二人の距離が縮まって、ヒロの肩にもう片方の手が添えられた。セオドアと目が合う。


「ずっと目で追っていた。黒髪は目立つから、すぐに成人の儀の前に出会った方だと分かった」


 ヒロはセオドアから目を離すことができなかった。見上げる彼の瞳は真剣で、見入ってしまうような熱を感じたからだ。


「ヒロ。ヒロが男でも、女でも、どっちでもいいのだ。ただ僕は、誰よりもヒロのそばにありたい」

「……セオドアさま」


 ようやくヒロが名前だけ口にすると、それだけでセオドアは嬉しそうに笑う。


「ヒロが誰とも知らない男性と話しているのを見て、衝動が抑えられなかった。ヒロは僕のなのにと。いつも一緒にいたのは僕の方なのに」

「……どうして会ってくれなかったのですか」

「それは、ヒロが年の差があるから駄目だと言ったからだ。今の僕は何歳に見える?」


 ヒロよりも背が頭ひとつ分高く、がっしりとした体つきに、精悍な顔立ち。年下には見えなかった。少なくとも、十代なんて考えられないくらいだ。


「獣人は成長が早い。ヒロと会って元気を取り戻してから、時計を早送りするように成長した。けれど、ヒロに告白した時はまだ年下にしか見てもらえなかった。だから、会わない期間を設けたのだ。会わない間にもっともっと、成長して鍛えて、男らしくなろうと思って」

「それで……」

「嫌われたかと思ったか?」


 悪戯っこく笑うセオドアの肩を、ぽかりと叩くが、体幹がしっかりしているので少しも揺らいだりしなかった。

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異世界転移でもふもふくんのお世話係に!? @1desuyou

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