パーティー

 しばらくその場に突っ立っていたが、ヒロもパーティーに出席しなければならない。下を見下ろすと、まだ行列ができていたので、それに合流しようと、下に向かう階段を探した。結局、兵士に迷っているところを見つかって、案内してもらい、集団に紛れ込む。

 セオドアはともかく、国王が変装を楽しみにしていたが会った方が良いのだろうかとヒロは考えた。しかし、一般の何の後ろ盾もない参加者が、国王に声をかけるなど、目立つ以外の何者でもない。機会があればで良いか、と考え直して、ヒロは流されるままに人の列にならって進んだ。

 そうして着いた先は、大きなホールだった。まるで舞踏会でも行われそうな……。


(まさか、舞踏会じゃないよね? 立食パーティーだよね?)


 立食パーティーとは言われてないが、ヒロはてっきり美味しいものを摘んだり、談笑したりするパーティーだと思っていた。しかし、ホールには何もなく、ただ広いだけの空間がそこにあるだけ。そして、後から後から入ってくる人々が、そこここに立ち並んで談笑している。

 ヒロの背中に冷や汗が流れた。壁の花になっていればいいのだろうけれど、万が一ダンスがあって、誘われたらどうしよう。誘われることはないのが大前提とはいえ、隠れる場所もないので何が起きてもおかしくない。ひとりハラハラしながら、壁の際になるべく身を寄せて人混みの影に隠れるようにする。


「セオドア殿下のお顔を見れるのは何年振りかしら?」


 ちょうど近くでセオドアの名前を聞き、ヒロは肩が跳ねた。


「すっかり元気になったご様子だそうよ」

「私はあまり記憶にございませんけれど、あの国王陛下と王妃様のお子様ですもの。素敵な方に違いないわ」

「でも今日は成人の儀のお披露目だけで、婚約者探しはしないそうよ」

「あら、そうなの?」

「病が治ったといえど、十五歳になられたばかりだからかしら?」

「それでもそろそろ結婚のことは考えておられるはずよねえ」


 セオドア様、結婚するのか。どこか呆然とした気持ちで、耳をすり抜けていく言葉を聞く。


「でも獣人よ?」

「そうねえ、王妃には少し厳しいわね」

「王妃になるには、弟のルカ殿下を狙うべきなのでしょうけれど、まだ子どもなのが否めなくて……美しくはあるのだけれど……」

「セオドア殿下も、獣人でなければ良かったですのにねえ」


 獣人、と聞いて、ふと見回せば、ここにいる参加者は人間ばかりなことに気付いた。獣人はこのような場に出ることもできないのか。ヒロは、腹が立つような悲しいような心地がした。

 それにしても、と思う。なんやかんやセオドアのことを噂している女子たちは、何をもってセオドアを評価しているのか。顔と獣人の二点だけしかないではないか。セオドアは、優しく賢く、可愛くてかっこよく、素敵な人であるというのに。と、先ほどのセオドアとの鉢合わせを思い出して、頬が熱くなった。


「静粛に」


 響き渡った一声に、ざわめきがサッと静まる。

 声の元を見ると、謁見の間のように高い位置に国王と王妃が並んで立っていた。彼らの背後には扉があって、そこから入って来たようだ。そこからホールの壁を沿うように伸びる階段を、国王は王妃の手を取って、ゆっくりと降りてくる。

 二人の後ろに、人影が現れた。銀の髪に、青い瞳。セオドアだ。彼もまた、国王と王妃のあとに続いてゆっくりと降りて来る。

 細波のように、人々がひそひそと声を漏らした。

 国王と王妃が、ホール正面の、三段ほど高い位置にある椅子にそれぞれ腰掛けると、人々の声も止んだ。セオドアも、国王と王妃の間にある椅子に腰掛ける。

 国王が再び立つ。


「今日は誠に良き日である。第一王子セオドアの、成人の儀を執り行ったことをここに宣言する」


 人々が拍手したのに続いて、ヒロも拍手した。


「さて、セオドアの成人を祝い、集ってくれたこと、感謝する。本日は楽しんでいかれよ」


 パン、と国王が拍手すると、ヒロのところからは人が多くて見えなかった楽団が、リズムの良いクラシカルな演奏を始めた。同時にホールの扉から、シェフたちが馳走の乗ったワゴンを運んできて、いい匂いが立ち込めた。ヒロが食べ物に釣られている間に、あっという間に何組かの男女がホールの中心に出て踊り、また何組かは王家の前に立ち並び、順番に挨拶を始めた。

 その様子を見て、やっぱり場違いな気しかないと思いつつ、ワゴンの側へにじり寄る。

 普段からここのご飯を食べ慣れているけれど、このような場に出される料理はまた一味違っていて、とても豪華だった。

 ヒロは小皿片手に、片っ端から食べていった。どれも一口サイズにしてあるので、全種類食べてしまえるのが嬉しいところだ。もぐもぐと口を動かしながら、踊っている男女を眺める。ワルツというのだろうか、ヒロには分からないが、くるりと回った時に広がるドレスの裾が綺麗だと思った。

 こうして見るだけでも楽しい。国王も王妃も、楽しんでと言っていたが、ヒロは踊らなくても十分楽しんでいた。さて、あとはデザートを、ワゴンを物色していたところ、ヒロに声がかけられた。


「もし、そこのお嬢さん」

「……」

「あなたですよ、美味しそうにたくさん食べていらっしゃる黒髪のお嬢さん」

「……わたし!?」


 ハッと思わず顔を上げると、横から胸に手を当てて覗き込んでいた青年と目があった。

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