予期せぬ展開
「まあ、お綺麗ですわ」
「セオドア様は先見の目がおありだったのですね」
「近くで働いてた男性が、女の子だったと知ったら、どうなさるのでしょう」
それは私も知りたいです。嫌われるリスクがないのであれば。
ドレスを着せてもらい、やんややんやと優しい女官たちに褒められて、ヒロは赤くなっていた。
「ヒロ、しゃんとなさって?」
「はいっ」
恥ずかしさから丸めていた背筋をシャキッと伸ばすと、王妃は満足気に頷く。
「私はセオドアの成人の儀へ参ります。ヒロはパーティーが始まるまで好きに過ごしなさいな。そろそろ貴族の娘たちが集まり始めているでしょうから、目立つこともないでしょう」
「分かりました」
そう言われたヒロは王妃と別れ、せっかくなので王宮を探検することにした。訓練場とセオドアの病室くらいしか行かないので、知らないところの方が多い。
「たしか、成人の儀は謁見の間で行われるって言ってたっけ。そのあたりだけ避けたら大丈夫かな」
廊下を歩いていると、階下を見下ろせる場所があった。下を見ると、きらびやかな衣装に身を包んだたくさんの男女が、王宮を訪れていた。いろいろな人が通るのが目を楽しませてくれるので、なんとなくそのまま眺めていると、背後から足音とともに挨拶の声が聞こえた。
振り返ると、歩いてどこかへ行こうとしているその人は、セオドアだった。ヒロは、唖然として彼を見た。なぜなら、背丈がぐんと伸び、体躯もがっしりしていて、顔つきも精悍になり、二十代半ばと言われても頷いてしまう姿だったからだ。一瞬、セオドアとは分からないくらいだった。加えて、式典用に着飾っており、初めてまともに正装した姿を見たヒロは、目を白黒させる。
「……ごきげんよう」
こちらを見ているセオドアに挨拶を返すと、彼はそのままどこかへ行こうとしていた足を止め、体ごとこちらを向いた。
「……ヒロ?」
バレたか。いやまだ隠し通せると、ヒロは首を傾げて見せる。それにしてもどうしてこんなところに……。
セオドアはヒロだという確証はないようで、疑いながらも聞いているみたいだった。化粧とドレスで誤魔化されているのもそうだが、ヒロは男であるという固定観念がセオドアを騙してくれているのだろう。
セオドアはひとつ首を振った。
「いえ。失礼、あなたの兄弟にヒロという方はいらっしゃいませんか?」
「いません」
これは本当のことである。胸を張って告げると、セオドアは自分の行き先をちら、と見て、再びこちらを向く。
「もう行かなければならないので、後で僕とお話ししてくださいませんか」
「……お会いできましたら」
お話なんて長いこと一緒にいればバレてしまう。約束はせず、その場限りの言葉で流すが、セオドアはしっかり頷いてズンズン近寄って来た。
そして片手を取られたかと思うと、唇を落とされる。ヒロは内心飛び上がった。
「ではまた」
セオドアがにっこり笑った。まぶしいくらいの笑顔だった。
ヒロが何も言えず、ぺこりと頭を下げると、セオドアも少し頭を下げた後、颯爽とどこかへ向かっていった。翻るマントが爽やかさを演出している。おそらく、謁見の間へ行くのだろう。
「……だれ」
ヒロ自身にブーメランで返って来そうな言葉かもしれないが、誰だと聞いてしまいたかった。エナの言った通りだった。たった一週間ほど会わなかっただけで、セオドアが大人に化けてしまった。
人のいなくなった廊下で、階下から賑やかな声が聞こえてくる中、ぽつりとその場から動けずにいた。そんなヒロの頬は赤く染まっている。
あの幼かったセオドアを、異性として見てしまった。一度意識してしまうと、簡単には戻れない。ヒロはもう、セオドアの世話役を普通に行うことができる気がしなかった。
「……これからどうしよう」
セオドアは元気になり、成人の儀も執り行うことができるので、あとはセオドアと仲直りして帰るだけなのだが、ヒロは彼と話をするだけでどきどきしてしまうに違いなかった。そのくらいにかっこよかったのだ。
何週間も前はひょろひょろの可愛い少年だったのに。青年になる兆候はあったが、ヒロと離れている間に一気に大人になってしまった。それがヒロにはひどくおそろしく、困惑にかられてしまう。だって、そんなの聞いてないもの。
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