第2話 都市伝説は本当にあったけど
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「はあ……はあ……あった……!」
ランドセルを背負ったまま街中を駆けずり回って、ユウタとヨシノリは、ようやく黒いポストを見つけた。場所は、古びて人気のない公園の隅っこに隠れるように置いてあった。ユウタが写真に撮ったのと全く同じ形。ヨシノリも眼鏡の奥の目を見開いてびっくりしていた。
「――本当に見つかるなんて思わなかったよ。それにしても……不気味だ、このポスト。誰が何のために設置したんだろうか……?」
『テ【ス】(ト)〈買い〉〚取り〛〼』という不気味な印象を与えるスクラップの文言に、ヨシノリは古い漫画に出てくる犯行声明のような印象を受けた。考え込むヨシノリだが、その思考を遮るように興奮した声でユウタが叫ぶ。
「ンなことどうでもいいだろ! それより、それよりさ、見ろよ!」
ユウタは、ランドセルを地面にドサッと下ろし、はちきれそうなランドセルの中から大量のテスト用紙を持ち出した。小学一年生の時から溜めに溜め込んだテスト用紙の厚みに、ヨシノリはちょっと引いていた。
「……どうりでやたら満タンだと思った。もしかしてユウタ、ずっとこんな大量のプリント持ち歩いて……?」
「だって、次見つけたらもっと儲けようと思ってたからさ!」
「貪欲だねえ……」
ヨシノリは呆れたような表情を浮かべたが、ユウタはそんなことにお構い無しで、黒いポストの口にテスト用紙を突っ込んだ。
『情報確認中、シバラク……オ待チ……クダサイ……解析中……』
粗い画質のモニター内でLoading画面が遷移していき、やがて、ポストの下の方の受け取り口から、千円札が排出される。
噂通りのことが現実に起きた驚きで、ヨシノリは大きく目を見開いた。
「……うわ。本当にお金が出た……仕組みとしては単純に見えるけど、何これ……?」
「ほらな? すげえだろ? これ! これさえあれば、おれたち、あっという間に億万長者になれちまうって! な! な!」
ピカピカのまっさらな新札。それを興味深そうに見ていたヨシノリは、ほんの少しだけ息を呑んだ。ヨシノリは、沈黙してそれを見つめ続けた。
「……? ヨシノリ?」
ヨシノリの姿には、木の陰がかかっていて、不気味に感じた。手の中にある千円札をひったくるように、ヨシノリは突然手を突き出した。
「うわっ!? ヨシノリ!? 何すんだよ!?」
ヨシノリの手を避けるように、ユウタはぎょっとして千円札を懐に抱え込んだ。ヨシノリの目つきは、尋常ではない感じがした。ユウタは反射的に叫ぶ。
「ドロボー! これはおれのお金だからな。やらねえぞ!」
「人聞きが悪いことを言わないでくれ! 確認したいことがあるんだよ! ちょっと貸してくれ、終わったらすぐ返すから!」
ヨシノリは首を横に振って両手を上にあげて、奪う意図がないことを示した。その態度を見たユウタは、ゆっくりと警戒を解いて、持っていた新札の千円札を差し出した。
「……まあ、そういうことなら、いいけどよ。なんかわかんねえけど、終わったらすぐ返せよ!」
懐にいれていた財布を取り出して、ヨシノリは自分の千円札を一枚抜き取った。新札とはいえない少し縒れたそれと、ゆっくりと、じっくりと見比べている。
「……おーい? 何してるんだよ、ヨシノリくん?」
「ちょっと静かにしてくれないか、今、確認してるんだ」
「カクニンって、なにをだよ? 意味わかんねー!」
ヨシノリは、自分のランドセルの中から、焦った顔で社会の教科書、そしてプリントを取り出す。最近発行されたばかりの新札のデザイン見本が掲載されている。
そして震える声でヨシノリは告げた。
「……ちがう……」
「え? ンなことねえよ、おんなじじゃねえか」
「……、透かしがないよ」
「あ? 透かしってなんだ?」
「この間授業で習っただろ。お札の偽物を見破れるように、日本のお札には透かしが入ってるって」
ユウタは、社会の授業がつまらなくて寝ていた。だから、点数も取れなくて、退屈でつまらなくて仕方なかった。幼稚園のときは、寝て、おやつを食べて遊んでいればそれでよかったのに、小学生になった途端、勉強というものをしなければならなくなった。ユウタは、勉強が嫌いだった。勉強が得意なヨシノリが羨ましかった。
「あのさ、何が言いたいんだよ、ヨシノリ、分かりやすく言えって」
「――ユウタ……」
ヨシノリは、ユウタの千円札を、太陽に透かした。しかし、お札の真ん中にはあるはずのものがなかった。ヨシノリは冷や汗をかいていた。ユウタにも、何か大変なことが起きているのだと察しがついた。
「──これ、偽札だ……」
閑静な公園の中に、静かな沈黙が降りる。ユウタは、自分が何をしてしまったのか、理解しはじめた気がした。冷や汗をかきはじめたユウタを他所に、ヨシノリは、黒いポストを怯えたように見つめる。
「……少なくとも、害のない都市伝説なんかじゃない! このポストは、誰かが、悪意を持って置いたんだ」
「お、おい、ビビらせるようなこと言うなよ。じゃあさ、……これ、都市伝説じゃないってんなら、なんなんだよ……」
蒼白な顔で、ヨシノリは偽札を握りしめていた。その手は震えていた。
「ゆ……ユウタ。落ち着いて聞いて。君は……いや、僕らは今、何かの犯罪に巻き込まれてるんじゃ……」
その言葉を聞いたユウタは、緊張を紛らわすように半笑いになって告げた。大声で笑おうとしたが、笑えなかった。
「は、犯罪ってなんだよ。大げさだな。おれは、ただ、ポストにテストを入れただけ……」
「……テストには、個人情報がたっぷり詰まってる。それに君、テスト以外のプリントも入れてたんじゃないか? あれには、僕らの学校の情報が詰まってるんだよ!」
「いやさ、学校の話なんて、誰も別にいらないだろ……」
「先生も注意してただろ。学校の情報をSNSに書き込んじゃいけませんって。子どもの情報を狙ってる犯罪者がいるって」
「子どものジョーホーなんて、そんなもんどうするんだよ?」
「知らない。僕だって、犯罪者の目的なんて、わからない。でも、こんなの……こんなもの、絶対にろくなものじゃない!」
普段のヨシノリなら絶対にしないような勢いで、彼は黒いポストを蹴り飛ばした。思いのほか簡素な作りだったらしい黒いポストは倒れて崩れて、その中から不気味に光る小型カメラが露出した。
まるで服の下から盗撮するように設置されていたそのカメラは、まるで虫の眼差しのように無機質にユウタを撮っていた。
「……ひっ!」
意味が分からないまでも、本能的に恐怖を感じたユウタは、怖気をかんじて後ずさった。ヨシノリは、カメラを地面に伏せた後、懐から親との連絡用に持っているスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「も、もしもし、警察ですか、××公園に不審なものが──」
じわじわと、季節外れの蝉が鳴いていた。ユウタは、震えながら黒いポストの残骸をみていた。あれほど魅力的に見えた黒い箱が、今はおぞましい悪意の塊にしか見えない。ユウタは、貯めていた偽札を全部地面に捨てて、泣きじゃくっていた。
やがて、やってきた警察のパトカーのサイレンの音が、蝉の声をかき消していった。
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《第3話 顛末 に続く》
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次の更新予定
2024年12月18日 18:00
××小学校に関連する『黒いポスト』事件の顛末 ジャック(JTW) @JackTheWriter
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