第3話 勇者と騎士団長がやってきた!

 秘密裏に勇者を保護せよ、という王命を騎士団長であるローレンが受けたのは、三ヶ月前のことであった。


 勇者の名はミア・リリス。リリス男爵家の長女で、先月十五歳になったばかりの娘だ。

 渡された資料によれば、聖女のように優しく慈愛の心を持っていると領民に人気の令嬢らしい。常に民のことを考え、分け隔てなく接する。まさに勇者にふさわしい人格者。


 勇者というのは、三百年前の初代勇者以降現れていない。だが、それは本当に表向きの話だ。実際は、約十年という短い期間で頻繁に現れている。

 いや、現れているという表現が適切かは怪しい。教会が、ある日突然王に伝えるのだ。今代の勇者はこの人だと。その選出方法は謎に包まれており、女神のお告げだと考える者もいれば、教会への寄付額で決まると考える者もいる。


 まあ、ローレンにとっては選出方法などどうでもよかった。自分の使命は、ただ命じられたことを粛々と行うだけだからだ。


「……緊張されていますか?」


 ローレンは目の前に座る、白髪の美しい少女にそう声をかけた。

 真紅の瞳を揺らめかせた少女は、強ばった顔に控えめな笑みを浮かべる。


「もし聖剣に触れることが出来なかったらと考えると、少し」


 その答えに、ローレンの顔にも意図せず笑みが浮かぶ。

 やはり、資料で読んだ通りの少女らしい。


 ミア・リリス。彼女こそが、今代の勇者だ。


「不安になることなどありませんよ。勇者が聖剣に、聖域に踏み入れなかったことなど一度もない。あなたは勇者なのですから、自信をお持ちください」


 聖剣。勇者の持つ特別な剣。勇者が現れるとともにこの国のどこかに現れるその剣は、勇者以外が立ち入ることが出来ない聖域の中にある。勇者の情報とともに教会から伝えられた聖剣の在処に、ローレンとミアは向かっていた。


 ノイム村という村の奥にある森の、さらにその奥。そこに、聖剣はあるらしい。


「ありがとうございます」


 強ばっていた表情をいくらか和らげて、ミアは先程よりも自然に笑った。


 馬車の揺れが止まる。着きましたあ、という御者の気の抜けた声を聞いて、ローレンは扉を開けて馬車から降りた。

 降りようとするミアに手を差し出す。


「ありがとうございます」


 再びそう礼を口にしたミアがローレンの手をとって馬車を降りる。身軽なスカートがふわりと浮いて、ミアは地面に足をつけた。


 ミアの服は軽装だ。貴族令嬢のような重たいドレスではなく、平民が着るような質素なワンピースを身にまとっている。ローレンも剣こそ身につけてはいるが、それ以外は至って普通の平民といったような出で立ちでいる。


「じゃあ、俺はここで待っときますんで~」


 相変わらず気の抜けた声で、御者はそう言った。国から派遣された御者だ。普段から今回のような秘密裏の運搬を行っているのだろう。妙に飄々とした男だ。


「分かった」


 ローレンは御者に頷いて、「行きましょう」とミアを促した。


「はい」


 頷いたミアが村へと足を踏み出す。ローレンもその後ろに続き──ほぼ二人同時に、足を止めた。


 その視線はどちらもある一点へと向けられている。


 森の奥から、光が発せられていた。なんの光だ、とローレンは眉を寄せる。資料には、森に危険性なしと書かれていたが、その情報は誤りだったのだろうか。


 剣に手をかけながら逡巡する。勇者を置いて森へ確認に行くべきか、否か。情報漏洩を避けるため、勇者の護衛はローレン一人しかいない。こんな辺鄙な村に危険などないだろうが、万が一のことがあっては困る。


「行きましょう」


 どうしたものか、と考えていると、ミアが光を見つめながらゆらりと前へ進んだ。


「ミア様!? 駄目です危険かもしれない。やはり私が一度見に行ってから──」

「大丈夫です。あれは危険なものではありません」


 ミアがローレンを振り返って、そう断言する。


「あれが何か、分かるのですか?」

「いいえ。ですが……あれは悪いものではない。そんな気がするのです」


 そんな気がする、と言うには確信を持ちすぎた口調で、ミアは微笑んだ。


 ──勇者の勘、か。


 ならば信ずるに値するだろうと、ローレンはそれでも警戒態勢を維持したままミアの後へと続いた。






 聖剣の封印が既に解かれていることも、聖剣が既に契約を交わしてしまったことも、二人はまだ知らない。


 村人と勇者が出会うまで、あと少し。

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2024年12月23日 20:00
2024年12月24日 20:00
2024年12月25日 20:00

村人な俺が聖剣を引っこ抜いてしまった件について ティア @asdpatgtemat

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