第2話 村人ライルは聖剣と契約を結んだ!
長い回想を終えたライルが、ふうと息をつく。心地のよい達成感に、少々意識が飛んでいたようだ。
「……いやー、それにしても綺麗な剣だなあ」
剣を持ち上げ、空を背景にしてしげしげと眺める。太陽の光を反射して、剣の周りを輝きが舞っていた。
近くで見ると、その美しさにはより一層磨きがかかっている。一切の不純を含まない、正真正銘の純白。見ただけで心が洗われるようなその剣は、どこまでも神聖な気配を漂わせていた。
「まじで何なんだろ、この剣」
そう無意識に口にして、はっと口を抑える。
「やば、あっぶねー。俺はなんにも言ってない。これは金になる剣金になる剣」
あっぶねー、どころかバッチリアウトだが、ライルはあくまで何も言っていないという体で剣を持ってきた布に包んだ。
「どんくらいになるかなー。金貨百枚いっちゃう? ぐへへ、いやあ、そんなまっさかあ。え、でもでも、ひょっとしたら白金貨とかさあ?」
いつ売ろうか。週に一度やってくる商人に売るべきか。それとも、街へ行って武器屋などで売るべきか。口先は浮かれまくりながらも、頭の中では冷静にこれからのことについて考えを巡らす。
とにかく、村の誰かに見られでもしたら金を取られかねない。バレないようにと厳重に包んだことを確認すると、ライルは教会へ帰るために足を踏み出し──
『ふわぁ、よく寝た……ん? お、おい! 誰だ俺様をこんな暗いところに閉じ込めた奴は!』
「おわあっ!?」
突然、ライルしかいないはずの空間に何者かの声が響き渡った。
ビクン! とライルの身体が大袈裟な程に跳ねる。そのあとのライルの判断は早かった。剣を胸元で抱え込み、辺りを警戒しながら気配を探る。
「誰だっ!?」
『それはこっちの台詞だバカがっ! いいからさっさとこの布を取れ!』
「は? 布ってなんのことだよ。っていうか隠れてないでさっさと出てこい! 卑怯だぞ!」
『はあ!? 剣が動けるわけねえだろ! 卑怯もなにもねえよ!』
「え、剣?」
『あ?』
「は?」
恐る恐るといったように、ライルが自身の抱える剣を見下ろす。そしてしばらくの沈黙の後、ライルは剣をそっと地面に置いて布を捲った。
『おーおー空が眩しいねぇ。……って、なんでこの俺様を地面に寝かせていやがる。おい小僧、ちゃんと持て』
「……はあ」
ライルは半ば呆然としながら剣の柄を指先だけで持つと、出来る限り自身から離して持ち上げた。
『おいなんだその持ち方は!? もっと丁寧に扱え!』
「注文の多い剣だな!? てかそもそも何で剣が喋ってんだよ!? 気味悪くてまともに持てねえわ!」
混乱が限界に達したライルが思わず本音をぶちまけると、剣は心做しか若干震えたような気がした。
『き、気味悪い……。そんなことを言われたのは初めてだぞ。もっと俺様を美しい綺麗だと持て囃すべきだろうに。こんな奴が今回の俺の相棒になるなんて……あぁ、本当に最悪だ! 最悪の目覚めだ!』
何やら一人で呟いていたかと思えば、突然に叫び出す。そんな情緒不安定な様子に、果たしてこの剣ちゃんと売れるだろうか、とライルが現実逃避のように考えていると、
『もういい! お前のことをこれ以上嫌いになる前に、さっさと契約してやる!』
「は? 契約?」
『お前の名はなんだ!?』
「え、ライルだけど。てかその前に契約って──」
『我ノートルレインは、汝ライルを主として、汝の命が尽きるまで、ここに永遠の忠誠を捧げる』
剣がそう言った途端、ライルと剣が収まるほどの大きな魔法陣が地面に現れた。
「え、ちょちょちょちょ!」
魔法陣は浮き上がり、ライルの腹の辺りで停止する。魔法陣が自身の身体を貫通しているという事実に慌てふためくライルをよそに、その幻想的で強制的な儀式は進んでいく。
魔法陣が締め付けるようにライルを中心に小さくなり、それに合わせて剣が胸元へと引き寄せられた。
『何ぼさっとしてんだ。早く言え』
「何を!?」
『はあ? 最近の勇者はそんなことも知らねえのか』
「は、なに? 勇者?」
『まあいい。いいか、よく聞け。まず、柄を両手で握る』
ライルは何が何だか分からないまま、とりあえずこの魔法陣が消えるならと言われた通りに柄を握った。
『で、こう言うんだ。我ライルは、汝ノートルレインを武器とし、いかなる悪をも打ち砕き、己が命が尽きるまで、人々に永遠の愛を捧げる』
「わ、我ライルは、汝ノートルレインを武器とし、いかなる悪をも打ち砕き、己が命が尽きるまで、えーっと……」
『人々に永遠の愛を捧げる、だ!』
「ひ、人々に永遠の愛を捧げる!」
剣を胸元に掲げ声を張り上げて他者への献身を叫ぶその姿は、まるで誓いの騎士とでも言うべきものだった。
最後まで言い切った瞬間、視界を遮るほどの眩い光がライルを包む。思わず目を瞑り、十秒、二十秒。
ゆっくりと開いたライルの目に飛び込んできたのは、純白とは対象的な、純黒の模様を宿した剣だった。
大輪の花のように気高く、緻密な魔法陣のように美しい。剣と正反対の色であるが故の不安定さが奇妙な魅力を溢れさせている。ひたすらに純白の剣も美しいことに間違いはないが、なるほど純白と純黒の調和もなかなかいい。これは金になるな、なんていう思いが、思考を放棄した頭を過ぎる。
「……ん?」
変化が起きていたのは剣だけではなかった。よく見れば、ライルの右手の甲にも模様が刻まれている。剣のものとはまた異なった形で、色は剣を連想させる純白だった。
『……はあ。契約したはいいが、勇者がまさか"欲望"の色とはな。全く、先が思いやられるぜ』
「は? 欲望? つーかさっきからまじで何なの? 勇者とか契約とか」
『はあ? お前、自分の役目すら知らずにこの俺様を抜いたのか?』
何かがおかしい、とライルは眉を顰める。どこか、致命的な部分でライルと剣の話が噛み合っていないような、そんな違和感を持ったのだ。
「役割なんて俺にはねーよ。だって、俺は金目当てに剣を抜いただけだし」
『……はあ!?』
今日一の叫び声が響いた。思わず耳を塞いだライルに、剣が捲し立てるように続ける。
『金目当て!? この俺様を!? お前正気か!? いーや違うなお前はおかしい! 頭がおかしい!』
「唐突に人格否定すんなっ!」
『いやおかしいに決まってんだろ! どこに聖剣を売り飛ばす勇者がいるんだ! ここにいるけどな! クソっ!』
そう吐き捨てた剣にまた言い返そうとして、ライルははたと動きを止める。
「え、聖剣?」
『あ?』
「お前、聖剣なの?」
『そうだが?』
聖剣。それはおそらくこの世にある武器の中で最も有名な武器だ。その理由は、勇者が持つ武器だからである。
──魔がこの世を覆いつくさんとするとき、女神の選びし勇者は女神の造りし聖剣を手に、全ての憂いを薙ぎ払うだろう──
聖書に書かれた一節だ。神父に何度も読み聞かせられたその言葉は、ライルの頭に一言一句違わず入っている。
剣の言っていた、『契約』『勇者』という言葉を思い出す。背中を冷や汗が伝った。もしかしなくても、自分はなにか後戻りの出来ないことをしでかしてしまったんじゃないか、という事実にライルは今更ながら思い至る。
「……で、俺が勇者?」
不格好な笑みと自身へ向ける指に、そうであって欲しくないという気持ちを込めながらライルが尋ねれば、剣が首肯──実際に頷いた訳ではない、というか剣は頷けないが、そう言う雰囲気だ──した。
『当たり前だ。だから封印魔術を抜けて俺に触れられたんだろ?』
「……あああぁぁぁぁ…………」
『お、おいどうした急に!?』
やらかした。まじでやらかした。ライルの心情はこの一言に尽きた。同時に、理解する。自分が本当にもう後戻り出来ないところまで来てしまったということを。
「……さっき俺たちって契約したよな?」
『ん? ああ。お前以外には俺の力が使えなくなるとか、俺がどこにあってもお前は自由に俺を召喚できるとか、そう言う効果があるな』
「わあ、てことは何度も売り払い放題ってことかあ……」
『そういう目的のための契約じゃねえぞ!?』
仕方がないだろう。そんなことでも考えていないとやってられない。そう開き直りの精神で考える。そもそも、勝手に契約をしたのはあっちだ。そりゃ、金になる剣なんて浮かれて後先考えず手を出したライルにも問題はあるが、それでも聖剣が先走らずにきちんと説明してくれていればこんなことにはならなかった。
「……契約解除って出来る?」
『あ? 出来るわけねえだろ。永遠を誓ったんだから。お前が死ぬまで有効だよ』
「まじかあ……」
『つーか、お前はもっと勇者という自覚を持て。俺様を売り払おうとしたり契約解除しようとしたり、そんな勇者前代未聞だぞ。まじで』
「知らねえよ。そもそも俺勇者じゃねえし」
ライルはケッ、とでも言いたげな表情でそう聖剣に爆弾を落とした。どうにでもなれ、という気持ちだった。
『何言ってんだ。勇者以外が封印魔術を抜けて俺に触れるわけねえだろ?』
「解除すればいいじゃん。俺はそうしたし」
『はぁ!? 解除!?』
聖剣は素っ頓狂な声を上げた。
『いつの間に人間が魔術使えるようになったんだよ!?』
「いや、誰も使えねえよ? 俺が封印魔術解くために頑張ったってだけで」
『頑張ったで解けたら魔術掛けてる意味ねーんだよ!』
「でも実際解けたし」
解けない、でも解けた、の言い合いを続けること数分。こんなことをいている場合ではない、と我に返ったライルが、慌てて聖剣を布に包みなおす。
『わっ、おい! 何でまた布に包む! やめろやめろ! 何も見えねえだろ!』
「村に帰ってこれからどうするか考えるんだよ! 村の誰かに見つかったらまずいから、黙ってろよ」
『まじでどうするかなぁ……。国に報告したらお前、殺されるかもな? 笑える』
「笑いごとじゃねえぞ!?」
だが有り得る。ライルが死ねば契約は解除されるのだ。国としては殺す方が利益になるだろう。ただの村人一人、死んだところでどうとでもなる。
なら逃げるか? 浮かんだ考えをすぐに打ち消す。国を相手に、それこそただの村人が逃げられるわけがない。
まさに八方塞がり。十五で処刑か逃亡者かの二択を迫られるなど、考えたこともなかった。つい舌打ちが漏れる。とりあえずは村に帰って神父に相談しよう、とライルは森を駆けた。
「ああ、なんで俺がこんな目に……!」
自業自得である。
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