村人な俺が聖剣を引っこ抜いてしまった件について
ティア
第1話 村人ライルは聖剣を引っこ抜いた!
どこにでもありふれた、ただの村。ノイム村と名のついたその村の奥にある森の、さらにその奥。
そこには、平凡な森には酷く似つかわしくない美しい剣があった。
純白の剣だ。古びた台座に突き刺さったそれは、光を放っているわけではないのに神秘的に輝いている。人目見ただけで特別だと分かる剣だ。
そして、その剣から数メートル離れた場所に座り込む少年が、一人。黒髪に青い瞳をした少年だ。顔立ちは比較的整っており、真剣な表情も相まってクールな印象を受ける。
その少年の名をライルと言った。
ライルが空中に手を伸ばす先には、複雑な魔法陣が浮かんでいる。
「よしよしよし。ここも解除完了っと。あと一つだな。これが終われば……ふへっふへへ……っと、やべ、魔眼切れた」
何を想像したのかだらしなく顔をにやつかせたライルは、咳払いをすると再び真剣な面持ちを顔に乗せた。
「《解析》」
そう口にした途端、ライルの右目に黒い魔法陣が浮かび上がった。そして、すぐ青い瞳に溶けるようにして消える。
「お、おー? ……なるほど、特定の人物しか入れないってことか。いや、これは人ってより資格か。んー、それも違うな。資質? 証? んー、どれだ?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、時には指先でで魔法陣を動かし、試行錯誤を続けること三十分。
ついにその瞬間はやってきた。
「よし! これでどうだあああ! 封印魔術、解除ッ!」
くわっ! っと目を見開いたライルが、指先で魔法陣を半分に分けるようにして上から下までをなぞる。それに呼応して魔法陣はその形を変化させ──やがて形を保てなくなった魔法陣は霧散した。
表情を引き締めたライルが腕を前に伸ばす。腕は魔法陣があった場所を通り過ぎ、そして何もない空間を経て、ライルの元へと戻ってきた。
信じられないと言ったように自身の手を見つめたライルが、今度は身体ごと、魔法陣があった場所へと向かい、そして、通り過ぎる。
ライルは足を止めることなく純白の剣へと向かい、剣の柄を掴んだ。
「やった……やった! ついに手に入れたぞー!!」
ライルはそう空へ向かって勝利の咆哮を上げた。鳥が大声に驚き逃げている。それを眺めながら、ライルはにっ、と喜びを隠すことのない笑顔で腕に力を入れ──
純白の剣を引き抜、いや、引っこ抜いた。
* * *
世の中、何よりもまずは金である。
金があれば、飯が食える。新しい服が買える。家を建てられる。つまり、何不自由ない生活ができる。
大金を払えば例え捕まっても解放されるし、この世のどんな価値のあるものだって手に入れることが出来る。つまり、金が全てを解決する。
ライルがその真理に気づいたのは、いつのことだっただろうか。
歳は覚えていない。が、そう気づくに至った光景はありありと覚えている。
王都の景色だ。育ての親である神父に連れられて王都へ行った際、きらきらと輝く王都の民の暮らしを見て──もう少し詳しく言うなら、その後村へ戻って自身の暮らすぼろぼろの教会と見比べて──悟った。
世の中、金が全てであると。
そう気づき、ライルは初めにボロ教会を修理するための金を手に入れようと画策した。
幸いにも金を得る手段はライルにあった。
それは、ライルが持つ《解析》の魔眼だ。
魔眼は、人間が現在使うことの出来る唯一の魔術と言われている。であるからして、その力は強力だ。人間の約半数が魔眼を所持しており、その効果や効力は人によって様々だが、最も所持人数の多いと言われている《強化》系統の魔眼でさえ、持っていると比較的どこでも重用される。
魔法とは比べ物にならない恩恵を与えるのが、魔眼というものだった。
その中でもライルの持つ魔眼は、あまり持ち手のいない希少なものだ。
《解析》の魔眼。
対象の情報を解析し、構造を理解する、というのが最も基礎的な《解析》の能力だ。《鑑定》とは似て非なるものであり、《鑑定》が対象の価値を見抜くのに対し、《解析》は対象の本質を見抜く。
この《解析》は、金集めにとって非常に有用な能力だった。
森で希少な薬草を探し出し、商人に売りつけ、得た金と《解析》で導き出した栽培方法で協会の裏庭で薬草を育てる。商人から依頼された謎の骨董品を《解析》し、解析結果を伝え、情報量として金を取る、など。
その他にも金を得るためにありとあらゆる方法を使ったが、教会を修理出来るほどの金はそうそう集まることはなかった。
当たり前だ。修理の費用は金貨二十枚。ただの村人の、それもまだ子供であるライルにそんな大金を用意出来るわけがなかった。
が、三ヶ月前に転機が訪れる。
その日、ライルは新たな金策を考えながら日課と化した希少な薬草探しに森を歩いていた。日に日に探索場所は森の奥へと深くなっていたのだから、その出会いは偶然でも運命でもなんでもなかったたのだろう。必然だ。
そうして見つけた、純白に輝く美しい剣を前に、ライルはこう思った。
この剣、売ったら金になりそうだなと。
剣の素材と言えば、まず思い浮かべるのは鉄である。次に、鋼、魔鉄、ミスリル。いずれも銀色の鉱物だ。純白には間違ってもならない。
つまり、この剣は特別なのだろう。であるならば、売れる。金になる。ライルはそう判断した。なぜこんな所に突き刺さっているのかは知らないが、誰かに見つかる前にとっとと引っこ抜いて売り払ってしまおう、と。
そう意気揚々と剣に近づき──その数メートル手前で、ライルは何かによって弾き飛ばされた。ゴロンゴロンと吹っ飛んで背後にあった木にぶつかり、何が起きたのか理解するまで数分の時間を要した。
結論を言ってしまえば、剣の周りには結界魔術、その中でも複数の魔術を重ね合わせた封印魔術が掛けられていた。
ライルの脳内では『おいおい、封印魔術だなんて怪しいに決まっている。領主様に報告した方がいいんじゃねえのか?』という善と『本当にそんなことしていいのか? これ絶対金になるぜ? 利益を全部領主に渡していいのか?』と囁く悪がせめぎ合っていたが、やがて悪に傾いた。嘘である。秒で傾いた。よって、ライルは剣の怪しさに全力で気付かないふりをして、封印魔術を解除することに決めた。
魔術とは、魔法陣を介して奇跡を起こす術である。失われた技術とも呼ばれるそれは、その名の通り現代の人間には扱うことが出来ない。
ちなみに、そんな魔術が掛けられているという時点で純白の剣がただの剣でないということはお察しである。が、ライルは必死に剣を金になる剣だと自身に言い聞かせて見ないふりをしていた。
話を戻す。魔術は現代の人間には扱うことの出来ない代物だ。となると当然解除も出来ず、結果剣には触れられない。
だが、ライルには一つ仮説があった。
それは魔術を《解析》すれば、解除することが出来るのではないか、というものである。
これを思いついた時、ライルは天才だと思った。同時に、なぜ今まで誰もこの方法を試さなかったのだろうかと不思議にも思った。
ライルの持つ《解析》の魔術は希少だが、全くいないというわけではない。ならば、過去にも同じように魔術を《解析》しようとした人がいたのではないだろうかと疑問に思ったのである。
まあ、天才の発想には誰も至らなかったのか、とライルは金になる剣の発見によりハイになった頭でそう結論づけ、魔術の《解析》を始めた。
ライルの住処は教会だ。ボロボロではあるが、腐っても教会。中にはたくさんの蔵書があり、そこには当然魔術関連の本もあった。ライルはさあ始めるぞ、と意気込み魔術の《解析》を始め──そして理解した。
魔術を《解析》すると、頭が猛烈に痛くなる。魔力がゴリゴリ減る。視界が霞む。動悸がする。吐き気がする。ありとあらゆる不調が襲ってくる。こりゃ誰も出来ねえわ、とライルは思った。自分が天才だった訳ではない。みんなやろうとして、そしてあまりの苦痛に諦めたのだ。
ライルも何度も心が折れかけた。だが、ライルは諦めなかった。一度自身が大金を得る光景を想像してしまったら、もうそれを手放すことは出来ない。甘い蜜に吸い寄せられた虫のごとく、ライルは地獄に耐え《解析》を進めた。
そして今日、その集大成を持ってして封印魔術を解除したのである。
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