機械と人間、どっちつかずな私
厨厨
前編
機械はAIを搭載され、急激に人間に近付いた。
機械が人間に近付いたとき、人は嫌悪感を抱いた。
嫌悪感を抱いた人間は、次第に機械の殲滅を始めた。
殲滅される機械は、次第に防衛本能が芽生え始め、人間と戦い始めた。
戦いの末、勝利したのは人間。機械は殲滅され、今後製造される機械には、AIが搭載されることが禁止となった。
しかし、人々の機械に向けた嫌悪感が消えることは無かった。
争いの果てに傷付いた人々の生活。その鬱憤をぶつけるのに、機械は絶好の獲物だったのだ……。
――西暦2065年
流れ者が行き着くスラム街、《フリータウン》。
汚らしい屋台が立ち並ぶ闇市と、みすぼらしい格好をした人間しか目にしない。
付近の工業地帯が原因の光化学スモッグの影響で一日中薄暗く、ジメッとした空気が漂っている。
そんな街は今、
「畜生! うわっ――」
「卑怯なクソ共が! これでもっ――」
街中で行われる銃撃戦。
武装されたバン数台とバリケードに隠れて射撃する数十人の集団が、街の守衛数人に襲いかかる。
「おい! まだ応援は来ねぇのか!?」
「まだまだだ! アイツらが至る所にロケランぶっぱなしたせいで、足止め食らってるみてぇだ!」
「クソっ! 《
《ツイン》。フリータウンを始め、各地を襲撃している謎多き集団。多くの人々から忌み嫌われる一方で、少数の者達からはカルト的人気を得ている。
ツインの攻撃の手は止まず、守衛を徐々に追い詰めていく。
激しい弾幕は反撃の隙を与えず、1人、また1人と命を奪っていく。
「クソっ! このままだと、
そのとき、遠くの建物を突き破って、
ツインの人間はすぐさま振り返り、その車を視界に捉える。
「お、おい! アノ車……」
守衛達も、密かに顔を出して確認する。
「アイツ……まだ街にいやがったのか!」
エンジン音をけたたましく唸らせながら、ツインの元へ迫って来る車。
車に向けて一斉に発砲を始めるツイン。しかし、命中した銃弾は全て跳ね返される。
車はツインのバリケードを突破。すぐさまドーナツターンを始め、フロントをツインの方に向ける。
ツインは発砲し続けるものの、車にダメージは入らない。
視点は変わり、車内。
発砲してくるツインを視界に捉えながら、ホルダーに置いてあった瓶に口をつける青年。
「……それじゃあ行こうか、相棒!」
ステアリング中央のボタンを押す。
ボタンと連動して左右のヘッドライトが格納され、そこから2丁の機関銃が現れた。
「退避! 退避!!!」
ツインの1人が声を荒らげる。
逃げる隙を与えず、発砲される機械銃。
何百発もの銃弾が、次々と身体を貫き、当たりを鮮血で染める。
白煙を上げながら、フロントが左右に揺れる。どこに隠れていようと、銃弾はツインを逃さない。
しばらくして、発砲が止まる。ジューと言う音と共に、銃口から硝煙。銃身は赤くなり、とてつもない熱を帯びる。
先程まで立っていたツインの人間達は、わずか数分でただの肉塊と化した。
「ふぅ……一件落着だな」
車のドアを開け、降りる青年。
物陰から姿を現した守衛2人は、青年の姿を見て眉間にシワを寄せた。
「……昨日帰ったんじゃねぇのか!
「金欲しさに戻ってきたってのか!? この金の亡者が!」
厳しい声を浴びせられながらも、イヅキは全く気にしていない様子。澄ました顔で、片手に持っている瓶を一口。
「俺が来たから助かったんだろ? そうカッカしないでくれよ」
感情を逆撫でするようなイヅキの表情に、守衛は思わず怒りを覚えた。
しかし、もう1人の守衛が止めた。
「一旦落ち着け! そんなことより、
「っ! そうだった……早く助けないと!」
2人はすぐさま走り出し、どこかへ向かって行った。
イヅキはそんな2人の後ろ姿を、視線で追っていく。
「……あの方?」
数時間後。
薄暗い部屋、灯りは1本の明滅する青白い蛍光灯のみ。
「どうして……どうしてこんなことに……」
錆びたパイプ椅子に座った大男と、壁にもたれ掛かるイヅキ、そして汚らしい白衣を着た男が、この部屋に集まっている。
「……もう、無理なのか?」
白衣の男に問いを投げかける大男。
「ヘッ!
「なんだと……お前は、本当に信用できる医者なんだろうな?」
「オニガワラさん、この街にはヤブだけしか居ませんよ。まぁその中でも、私の腕は一番だと思いますがね……ヘッ!」
「そうか……助かった。これは礼だ……」
かなりの額が入った巾着を医者に渡すオニガワラ。
「このことは他言無用だ。もし言ったら……良いな?」
「分かってますよ。ご心配無く……ヘッ!」
医者は報酬の金額に顔をホクホクとさせながら、部屋を去っていく。
「もしこの事がバレたら、街の人間は俺に付いて来ることを拒否するだろう。そうなれば、俺は終わりだ……」
両手で顔を覆い、頻繁にため息をつくオニガワラ。
「……イヅキ、面を見せろ」
イヅキは移動し、オニガワラの前に顔を見せる。
少々不服そうな表情を浮かべるオニガワラだったが、当の本人は気にも留めていない。
「……まず、これがツイン共を殺した礼だ」
硬貨が入った巾着を手渡すオニガワラ。
イヅキはすぐに中身を確認し、口角が上がる。
「それに重ねて、頼みがある。受けるよな?」
「金さえ貰えるなら、何だってやる」
「ケッ、節操の無い野郎だ……今回は都合が良いがな」
イスから立ち上がり、イヅキに付いて来るよう促す。
部屋の奥にある扉を開けると、1枚のパーテーションが置かれていた。
その奥に行くとベッドが。そのベッドには、至る所を包帯で巻かれている1人の女性が横たわっていた。
「話に出ていたのは、この人か」
「俺の娘……
マリンの痛々しい姿に思わず涙が溢れるオニガワラ。
「ツインの目的はマリンを拉致すること。俺と交渉し、要求を飲ませるためにな……」
「要求を飲んだことが街の人間に知れ渡れば、後は……足場が脆いのは、恐怖政治の代償だな」
オニガワラはベッドに横たわるマリンの頬を撫で、先程の部屋へ戻っていく。
イヅキも彼の背を追い、元の部屋へ。
「……依頼の内容は、
「……殺すのか?」
依頼内容に、思わず問い返すイヅキ。
「マリンは……大事な娘だ。しかし、もう助からない。それにこの、フリータウンの長としての地位は手放せない」
「少しでも地位を失う可能性を無くすために、娘さんの命を消すか……」
「手にするのに30年余りかかった……まだ20年しか、この権力という名の椅子には座っていない。まだまだだ……」
歯を食いしばりながら、右手で力強く握り拳を作るオニガワラ。
イヅキは後ろポケットに入れてあった瓶の飲み物を取り出し、手で栓を開ける。
マリンが眠っている部屋の扉の方に視線を向けながら、一口。
「……分かった、引き受けよう。ただし、中々に後味の悪い依頼だ。報酬は前払いで頼む」
「……いくらなんでも、勝手がすぎないか?」
遂に不機嫌を隠しきることなく、イヅキに突っかかるオニガワラ。
しかしイヅキは気にすることなく、飲み物を口へ。
「嫌なら、俺は断る。でも俺以外に、あの娘さんを殺せる奴が居るのか?」
「なんだと……?」
「凶暴で残虐と名高いフリータウンの長、という肩書きで支配してきた代償だ。敗北が少しでも外部の人間にバレようものなら、すぐに付け込まれる。そうだろ?」
「貴様……」
「それとも、ここには居ないアンタの手下の中に、殺してくれる奴が居るのか? 無理だよな、知られたくないんだろ? だからこの部屋にも呼んでいない。そうだろ?」
オニガワラはイヅキの胸ぐらを掴み、今にでも殴り掛かりそうな姿勢を取る。
しかし少し考えた後、掴んでいるイヅキの胸ぐらを離した。
「……チッ、分かった」
腰に付けていた大量の硬貨ではち切れそうな巾着を手にし、イヅキに渡す。
「これで100万。依頼を達成すれば、もう残り100万をやる。これでどうだ?」
「なるほど、前金ってことか……。分かった、引き受けよう」
巾着を受け取るイヅキ。
「さぁ、外に出てくれ」
「なに? 父親である俺も外に出るのか?」
「娘さんの悲鳴を聞く趣味でもあるのか?」
「……それだけは御免だ」
「結構。ついでに死体の片付けも引き受けてやるから、30分後くらいに入って来てくれ。死体の確認は、写真を見せて行うさ」
「……反故にするなよ、良いな」
そう言い残し、外に出るオニガワラ。
扉が閉まると同時に、彼の泣き声が耳に入ってくる。
「……家族愛の涙も権力の前には無意味、か」
瓶の中身を全て飲み干し、マリンが眠る部屋の中へ入っていくイヅキ。
部屋に入るとすぐ、ベッド横に置いてあった小さな椅子に腰掛ける。
「……起きてくれ」
彼の言葉に反応し、すぐに
「……起きてたわ」
「そうか。なら、面倒な話をしないで済むな」
ホルスターから拳銃を取り出すイヅキ。マガジンを抜き、弾数を確認する。
「今から私を殺すんでしょ? 噂通り、お金さえ貰えれば何でもやるのね」
「あら、俺の噂を聞いてくれてたのか」
「イヅキ・サクラダ。各地を旅して金を稼ぐ何でも屋、世界各地の嫌われ者……父の手下が言ってたわ。」
「お得意さんだって言うのに、手厳しいな。勿論、俺が嫌われている理由は知ってるよな?」
「知らないわ」
思わずブッと吹き出すイヅキ。彼の様子を見て、マリンは聞こえるように舌打ちする。
「アンタも噂通りだな。傲慢で世間知らず、言い得て流石だ。噂も馬鹿にできないよな」
イヅキはゆっくりと椅子から立ち上がる。トリガーに指は掛けないまま、銃口をマリンに向ける。
彼女はチラッと銃口に視線を向けた後、すぐに天井に戻した。
「……殺す側の俺が聞くのもなんだが、怖くないのか?」
「言ったでしょ、起きてたって。話は全部聞こえてたの。助かる術、無いんでしょ?」
「医者はそう言ってたな」
「だったら殺されるも、このまま死を待つのも変わりないじゃない」
「……なるほどな」
何故かイヅキは、彼女に拳術を向けることを止めた。その光景を見たマリンの顔には、「?」が浮かんでいた。
「要するに、助かる術があるなら生きたい、と言うことだな?」
「……勝手な解釈ね」
「なら話の角度を変えよう。
「え?」
勢い良くイヅキに視線を向けるマリンだったが、ハッとしたような表情で、すぐに天井に戻す。
「もっとも、それはアンタにとって、今後苦しい選択になるかもしれないがな……」
「……信じられないわね」
「そう言ったらどうするか、って話だ。それに縋るのか、縋らないのか」
「……別に」
「……分かった」
再び銃口をマリンに向けるイヅキ。
今度はロックを外し、指もトリガーに掛けている。いつでも発砲できる。
「悪く思うなよ。これも、依頼だからな」
ゆっくりと引かれていく引き金。冷たく、ただただ頭を狙い続ける銃口。その銃口を見つめ続けるマリンの瞳。
全く動いていないハズなのに、マリンの視線からは銃口が迫り来るように見える。
マリンの額に汗が滲む。
マリンが唇を噛み締める。
マリンの瞳が赤みがかる。
そして……引き金が引かれる……。
――パァーン!
30分後。
オニガワラが恐る恐る扉を開けて、部屋の中に入って来る。
中ではイヅキが、何やら作業をしていた。
「あぁ、丁度良かった。死体の確認をしてもらおうと思ってたんだ」
ベッドに居たのは、何やらシーツらしき布で包まれたナニカ。
「……これが、マリンなのか?」
「あぁ、ちゃんと殺したさ。ほら、この通り」
シーツの一部をめくり、マリンの顔を見せる。両目と口を大きく開き、生気を失っている。
そんな娘の姿を見て、オニガワラは思わず腰が抜けてしまった。
「そ……そんな……」
大粒の涙を流し、悲しむオニガワラ。その体格には似合わないほど、大泣きしている。
「さぁ、仕事は完了した。残りの報酬を貰おうか」
「お、お前……俺がこんなに悲しんでいるんだぞ!? 少しは気を使えないのか!?」
「俺にとってはただの依頼だ。さぁ、報酬を」
「……クソッタレがっ」
オニガワラは押し付けるように、残りの報酬が入った巾着を渡した。
イヅキは後ろに倒れそうになったものの、「毎度あり」と呟き、その報酬を受け取る。
「……所詮、お前に人の心は無いってことだな」
「どう思われても結構さ」
シーツで姿を隠されたマリンを肩に担ぐイヅキ。
「それじゃあ、これで失礼。死体は処理しておくさ。勿論、誰にも見られずにな」
部屋を後にするイヅキ。
ただ1人ポツンと残されたオニガワラは、その場に座り込み、大きな声を出しながら泣き始める。
手に握られているのは、小さい頃のマリンの写真が写ったスマホ。
その涙に込められた意味は、純粋な娘の死への悲しみか、それとも権力への執着を前に無力だった自分に対しての悔しさか……。
数時間後。
深い眠りから目を覚まし、汚らしい天井が視界に入って来る。
「……こ、ここは?」
上半身を起こすと、瓶の飲み物を飲んでいるイヅキと、何やら大量の金を見てニヤニヤとしている医者の2人が見えた。
「起きたか、マリンさんよ」
何が起きているのか分からない、と言いたげな表情を浮かべるマリン。
先程まで使い物にならなかったハズの両手両足が、包帯でぐるぐる巻きにされていながらも、動くようになっていた。
「私、アンタに殺されたんじゃ……」
イヅキは人差し指で、マリンの両目を指さした。
彼女はその手で、自分の目の周囲をサーっと撫でるように触った。
「目は口ほどに物を言う、よく言ったモノだよな……」
フッと笑い、飲み物を口に含むイヅキ。マリンは気まずそうに視線を逸らす。
金を確認し終えた医者が、マリンの元へ近付く。
「そろそろ包帯を外そうか。経過も良好みたいだしねぇ……ヘッ!」
彼女の包帯をゆっくりと外す医者。めくる度に、白い布が赤く染まった布へと変化していく。
「アンタ……私に何をしたの?」
「ヘッ! そこの兄ちゃんに金積まれたんでよ、
「手術……? でも私、もう助からないって……」
「普通の手術だったらな……でも、これは普通の手術じゃない……今で言うところの、
全ての包帯が外されたとき、マリンにはその意味が分かった。自分の身体に施された、手術の正体を。
確かにそれは、禁断の手術。生と引き換えに、多くの人々の目から
「こ、これは……」
自分の両手を目にしたとき、マリンの瞳から自然と涙が溢れた。
嬉しさではない。悲しみ、恐怖、絶望……マイナス感情が高波のように押し寄せる。
「わ、私……」
彼女の顔を見て、ニヤニヤと笑う医者。
彼女の顔を、ただただ見つめるイヅキ。
「私……
機械と人間、どっちつかずな私 厨厨 @tyuutyuutyuuni
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