エピローグ


 それからしばらく経ち、田中の日常はいつも通り穏やかに流れていた。

 和菓子屋「幻魔庵」では相変わらず新作の饅頭が評判を呼び、店主の大吉さんと春子さんが温かい笑顔でお客を迎えている。


「田中くん、今日の新作もどんどん売ってちょうだいね」

「もちろん、任せて下さい」


 田中はカウンターで接客しながら、穏やかな時間を感じていた。

 お昼過ぎには、いつものように茜がやって来る。


「田中さん、こんにちは! 今日の新作は何?」

「茜さん、いらっしゃいませ。今日の新作は栗饅頭ですよ」


 茜はにっこり笑いながら饅頭を頬張り、満足げに目を細める。

 

「うん! この店の新作、いつも最高ね!」

「そうでしょうね、ここは特別ですから」


 茜の笑顔は以前よりも少しだけ柔らかくなっていた。

 あの日、ダンジョンで無茶をして気絶して以来、茜は少しだけ無理を控えるようになったらしい。



 そして夜。

 田中の「自宅」であるダンジョンは、今日も平和だった。


 大広間では、ゴブリンたちがのんびりとカードゲームをして遊び、スライムはヨギボーの上でぷるぷると揺れている。

 ミノタウロスは掃除を終えて満足げに座り込み、どこか遠くを見つめていた。


「みなさん、今日もお疲れさまです」


 田中がにこやかに声をかけると、魔物たちは一斉に振り返り、嬉しそうに反応した。


「……まあ、こんな生活も悪くないですね」


 都会で疲れ果てた自分がたどり着いたこの場所。

 どこか不思議な和菓子店「幻魔庵」と不器用だけれど真っ直ぐな茜、そして穏やかな魔物たちとの暮らし。


 すべてが不思議で奇妙な日常だけれど、それは田中にとって「新しい居場所」だった。


 ——しかし、ここはダンジョンだ。

 魔物たちが暮らし、数え切れない伝説を秘めた地。

 勇者や冒険者が訪れる運命から逃れることはできない。


「さて、次はどうやって追い返しましょうか」


 ――ダンジョン田中は、新たな挑戦者を待ち構える。

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ダンジョン田中 -平穏を求めたダンジョン暮らし、勇者の乱入で台無しです- 戸井悠 @toi_magazine

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