幽霊ポストの噂
その日の夜、バイトが終わって恋人の沙織にその話をした。ついでにおかしな郵便配達員の話も。すると彼女はこんなことを言ったのだ。
「幽霊ポストって噂聞いたことない? 子供の頃」
「いや?」
「地域限定なのかな? あのね」
沙織が語ったのはこんな内容だ。亡くなった人に手紙を書いて幽霊ポストというポストに出すと、死者に手紙を届けてくれるという。しかしそのポストがどこにあるのかは誰も知らないらしい。
「いやそれおかしいだろ、俺は生きてるんだぞ?」
「……こんなこと言いたくないんだけど。ほら例のストーカー。隆介のこと逆恨みして、死者に送る手紙を書いたとするでしょ。だからその辻褄合わせのために殺そうとしてる、とか」
アホくさ、と喉まで出かかったがやめた。自分の考えを否定されると沙織は機嫌を損ねる。
「確かに警察がやったのは近づかないようにっていう厳重注意。留置されてるわけじゃないからな」
「でしょ!? あのねこの噂って――」
確かに辻褄は合っている。沙織の話をてきとうに聞き流しながら、もう一度警察に相談してみようと思って沙織とはそのまま別れた。
その日を境に、一歩間違えれば大怪我か下手をすれば死ぬような出来事がだんだん増えてきた。怖くて電車待ちは前に並べないしいつも周囲を見回してしまう。
今日は帰り道に後ろから液体をかけられた。それは酸だ、服が溶けた。幸い皮膚にはかからず火傷はしなかったが。かけた奴はわからない、慌てているうちにいなくなっていた。
それを警察に言っても見回りを強化しますからと言うだけだ。ストーカー殺人がなぜ起きてしまうのか今痛いほど体感している。
(これはもう誘き出して現行犯で捕まえるしかない)
危険な賭けだが、女一人だったら自分でもどうにかなる。あまり他人に言った事はないが、実は護身術を習っていた。両親が共働きで小学生の時一回だけ空き巣と鉢合わせたことがあったのだ。その時から強くなりたいと高校生まで続けていた。
わざと人気のないところを通るようにしたり、公園で意味もなく椅子に座ってスマホをいじってみたり。そうやって過ごして数日後。
つけられている、間違いなく。足音はしないが、武術をやっているとなんとなく人の気配がわかる。ピンとした緊張感、気のせいなんかじゃない。
わざと自販機でジュースを買おうとしてみる。相手は今がチャンスと思ったのかとうとう足音を隠そうとせずに駆け寄ってきた。そして気づいていないふりをして襲い掛かって来たところに思いっきり蹴りを入れる。
「いてえ!?」
しかし声を上げたのは女ではなく男の声だ。しかもその声は、日ごろからよく聞いている。
「……直樹」
呆然と言うと直樹は血走った目でナイフを振りかざしてくる。それをギリギリでかわして腕を掴んで捻るとあっさりとナイフを落とした。そして鳩尾に膝蹴りを入れて突き飛ばす。
「どういうことだよ」
「げほ、テメエクソが! さっさと死ねよ!」
恨まれていたのか。虚しい感情に頭が真っ白になるが、直樹が落としたスマホを拾った。気になるものがちらっと見えたのだ。返せと再び襲いかかってきたが今度は強めに頭に蹴りをはなつ。脳震盪を起こしたらしくうずくまったまま起き上がらないので、ロックがかかる前にスマホを見た。
「おしごと掲示板?」
要するに闇バイトや裏の仕事だ。一般では出回らないような犯罪関係の仕事。そこにはっきりと書かれている。
『斉藤隆介を殺してくれた人には百万円差し上げます』
「は?」
直樹の髪を掴んで無理矢理上に引っ張り上げる。自力で立てない直樹は髪の毛だけで宙づり状態だ。痛い痛いとギャーギャー喚くが、鬼のような形相の隆介に怯えて黙り込んだ。
「要するに何? お前金欲しくて俺を殺そうとしたわけ?」
そう言うと一瞬直樹は目が泳いだが、やがて見たこともないような蔑むような笑顔を浮かべる。
「別にいいだろ、おまえごときで百万手に入るんだったら! パチスロもガチャもやり放題じゃねえかよ!」
そんなことのために。怒りを通り越して笑いさえこみ上げてくる。
「そっか。よかったな、留置所では何もできねえから依存症治療にちょうどいいだろ」
そう言うと今更気づいたように悪かった助けてくれと喚き散らし逃げようとする。
「両手足折っておいたほうがいいか? そうすれば逃げられないだろ」
低い声で静かに言うとおとなしくなった。こんなクズと気が合うなんて思っていた自分が本当にばかばかしくなる。警察に電話をしようとした時だった。
「隆介!」
「沙織?」
沙織が駆け寄ってくる。
「なんで」
「あの話しちゃったのは私だし、心配だから実はこっそり後つけてたの」
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