花畑の英雄と花畑の英雄

アラン様、一度も笑ったことないよ。


……。そう、だな。それでも、いや。だからこそこの国を花でいっぱいにしてくれ。


どうして?


花を愛でる習慣を作りたいんだ、この国に。花を見るのを風習にしていきたい。戦うことしか知らない俺に、安らぎを教えて欲しい。


そしたら、笑ってくれる?


ああ、そうだな。


ほんと? ほんとね? 約束する。私、綺麗な花をたくさん咲かせるからね。


約束だ、ロナ


あなたのために花をたくさん咲かせるから、笑ってね。



 消えて行く白い花。荒野に色鮮やかな花が広がって行く。やがてそこは花園通りとして、旅人や行商人の憩いの場となった。花を眺める人は笑顔となる。そんな素敵な場所。



 どのくらい彷徨っただろう。


 人を殺して殺して殺しつくして。お前さえ死ねば戦争は終わる、と泣きながら剣をふるってきた若い男。最前線に送られた使い捨ての憐れな駒だ。無理やり出兵させられたのだろう。剣技は未熟、斬り殺すことなど容易かった。

 だが、その泣いている顔に。憎しみのこもった顔に、手が止まってしまった。お前が死ねば、という言葉に納得してしまったから。戦争を大きくしていたのは己だと本当は気づいていたから。


 ――すまない、ロナ。約束を守れそうにない。


 それからどのくらい彷徨ったか。花を求めて彷徨った。花、花はどこだ。白い花。綺麗な花は、どこに。


「あっちに花畑があるらしいよ? すっごく綺麗なんだって」


 通りかかった少年にそう言われそちらに向かう。目の前に広がるのは。地平線まで広がる美しい花々。まるで天国に迷い込んだかのような、そんな美しい光景だった。


「……ああ、なんて美しいんだ。ありがとう、約束を守ってくれて」


 一面に広がる花々。朦朧としていた意識が鮮明になる。まるで生ぬるい朝に顔を洗ったかのように、くっきりと頭が冴える。ここは故郷だ。わかる、かつて暮らしていた場所。


「きれいねえ。夏には青い花が咲くらしいわ。涼しげよねえ」

「秋は紫の花が咲くんだってさ」

「冬は?」

「さすがに咲かないけど、雪で真っ白になる。白い花が咲いてるって思えばきれいだよ。それに、だからこそ春が楽しみじゃないかな」

「そうだね」


 通りかかる人々が、皆笑顔で会話しながら通り過ぎていく。花は確かに笑顔を生むのだ、間違っていなかった。


「本当に美しいな」


――私じゃない! 私が咲かせてた花はこれじゃないの! 見て欲しかったのはこんな光景じゃないの!


「ふふ。こんなきれいなものを蹴散らしていたのか、俺は。人々の笑顔さえも。なんて愚かだったのか。これで良かったんだな」


――え? 今笑ったの? こっちを向いて、見えないよ! それにこんなの私が望んだ光景じゃないのぉ! 聞こえないのアラン様! アラン様……アラン、私はここにいる! お願い気づいて!


 アランをすり抜けて素通りする行商人や旅人たち。やはり自分は死んでいて、魂だけらしい。誰も自分を見ることができない。


「少しここで休むとするか、戦いすぎて疲れた。生きていたら、日の温かさを感じられたのにな。惜しいが当然の罰だ。ロナ、お前に会いたかった。きっと天国にいけたよな?」


 モゾモゾと、目の端に入った黒い影。なんだろうと振り向くが何もいない。確かに何かがいる気はするのに。


「虫みたいなものさ。気にすることない」


 いつだったか花畑を教えてくれた少年。ふふ、と彼は笑う。花を一輪つむと、アランの髪にさした。不思議なことに花はすりぬけることなく、ちゃんとアランの髪についている。


「似合うよ」

「そう、か。……お前は、俺が見えているのか? 何故さわれる?」

「今はそんなのどうでもいいじゃん。今はこの光景を楽しみなよ、英雄。君が死んで確かに戦争は終わったんだから。血で血を洗う英雄も、一輪の花がこんなにも似合う。君の為の花畑だ」

「……。ありがとう」


 戦争は終わったのか、と今初めて知った。自分の役目はちゃんと終わっていたのだ。それなら今この時から自分の為に過ごしたい。

 疲れた心にしみわたる風景。散らし続けた花を見つめることで、ようやく己の愚かさと向かい合うことができる。英雄は花畑を見つめ続けている。これからもずっと。




――アラン! アラァァァン!!

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花畑の英雄 aqri @rala37564

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