罪
英雄が討ち取られ首が晒されている、と。逃げ帰った兵士が伝えて国は混乱した。ロナは花を育てるのをやめた。大切な人を、愛する人を殺されてしまったから。
だからみんな等しく死ねば終わると思った。
「でも君だけは死ぬことが許されなかったね。作っては消えて作っては消えて。どれだけ花を供えても死者がうかばれる事は無い。そりゃそうだ、自分を殺した奴にお供えなんてもらって何が嬉しいのさ?」
殺されても残ったのは憎しみだけだ。国を救いたかったわけでもなく、やけくそのような行動で殺されてしまった罪のない人たち。
この国を救う英雄だと、薬学の天才女性を皆が信じて救いを求めた。救いを求めた人たちを全て殺した。
「君は好きな花に囲まれて、幸せかい?」
旅人は笑いながら尋ねる。
「ええ、とってもね」
「嘘だね」
「なんで?」
「だって君、花を前にしてるのに全然笑ってないよ」
「……」
いつだったかアランに言った言葉。花を前にして、自分はこの花と向き合う資格などないと負い目を感じていたら。その気持ちよくわかる。
花は何も語らないし、何かを求めているわけではない。でも美しい。花は美しさ以外にないのだ。美しいものを前に後ろめたさを感じるのなら、それはいつだって己の問題だ。
「私はただ、あの人に笑ってほしいだけ。あの人の魂がここに帰ってきたら、花でいっぱいにしておきたいだけよ」
周囲を見渡す。真っ白な花がそこら中にぎゅうぎゅうに敷き詰まっている。まるで雪が積もっているかのように見渡す限り白、白、白。
骨も白い。そこら中骨だらけになって、気が狂いそうで、花で覆い尽くすことでごまかしてきた。狂い咲いている花。狂っているのは一体誰だ。
「それにしても白い花だけじゃつまらないなあ」
「……何する気」
「道を作って、道標を立てておくよ。ここに花畑があるよって」
「やめて」
「本物の花を供えてやれないなんて可哀想じゃないか」
「……」
「お前はせいぜい、きれいな花を見続ければいいさ」
じゃあね、と旅人は歩き出した。そしてこの場所に行くための道を作り、道標を立てる。
「こんなもんかな。突貫工事だけど仕方ない。崖をつないで陸繋ぎにしただけでも頑張ったんだし、かんべんしてもらおう」
ふふ、と笑うとそのまま別の方向に歩き出した。
「この先に道があったんだね?」
道標を見ながら幼い少女は父に問いかける。
「本当だ。地図屋め、なーにがこっちは崖、だ。金返せまったく」
行商をしている親子は知らない道へと歩き出す。ここを突っ切ることができるならとんでもない近道だ。歩いて行くと崖などなく、白い花が咲き乱れていた。
「うわあ、すごい!」
「本当だ、こりゃあ圧巻だ」
「ちょっと休憩しよう。……あれ? これ、花じゃない」
「ええ? 本当だ、紙だなこりゃ」
おかしな光景に親子は目を丸くする。一体誰が? 何のために? 周囲に民家などない。近くの地域の風習か何かだろうか。
「なんかもったいないなあ。本当に花畑なら凄く綺麗なのに」
「花屋のカナリアとしては腕が鳴るな?」
「うん!」
父は装飾品を、娘のカナリアは花を売っている。育てるのが上手く、肥料や土の状態から旅先で少し花を育てて切り花を売るのだ。
「ここ、きれいな花畑にしちゃおう!」
――やめて! やめてよ! 私の花畑を変えないで!
叫んでも親子には聞こえない。カナリアはウキウキと白い花をどけて土を調べ始める。
――私の花に触らないでよ! 触るな!
「結構酸性かな? 肥やしを調整すればもう少し和らぎそう」
「じゃ、いろんな花が育つな。楽しみだ」
――やめてやめてやめて!
「うるさいなあ。本物の花に囲まれてこそ罪と向き合うってことだろう。なーに自分に都合のいいもので満足してるんだ気色悪い」
いつからいたのか、ロナの後ろで寝ころんであくびをしながら旅人は笑う。結局、向き合っているようで向き合っていない。悲劇を演じて自分に酔いしれているだけだ。花も好いた人の為に作っているだけ。命を奪った人たちを偲んでいない。
「ちゃんと向き合え、自分の
――花なんて咲かせない、枯らせるから! ここは私の花畑よ、渡さない!
「ああ、触ると枯れるんだったね。触れないようにしておくか」
ちょい、と指を動かしてロナの動きを封じた。彼女はこの先永遠に立ち尽くしたままだ。白い花も作れない。
――いやあああ!
「そこで奇麗な花を眺めておきなよ、お馬鹿さん。花を眺めるのは幸せなことなんだろ? 英雄との約束も果たせてよかったじゃないか。喚くな」
ふふん、と笑い今度こそ旅人は歩き出す。きっときれいな花畑になるだろう。戦争があったことなど覆い隠してしまうほどに。道ゆく人が笑顔になる光景になるに違いない。
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