花を売っていた「少女」

「次の戦いで大きく動く。必ず勝てる。この戦いに勝利したら、俺専用の部隊を一つ欲しいと言ったら許可が下りた」

「すごいことなの?」

「今までは従うだけだった。これからは俺が軍を動かす」


 これは布石だ。国王は若造が自分の兵士を欲しがっているだけだと、軽く見て許可したに違いない。

 だがアランの軍を乗っ取る計画は既に動き出している。実力もないのに上に居続ける軍の重鎮たちを片付ける準備は整った。


 英雄とは、一定の者達から恨まれる。そういった者たちを全て排除して、自分を敬い従う者だけとなると勝手につけられる都合の良い称号。それがどれだけ汚く非道なことか、アランが一番わかっている。


「約束しよう。次の戦に勝ったら、もう花を散らさないと」

「ほんと?」

「ああ。お前は綺麗な花を育てて国中を花でいっぱいにしてくれ。花を見ていると心が安らぐ、皆に笑顔を与えてくれる」

「そうかな?」


 本音で話したと言うのにロナは真顔でそんなことを言った。どういうことだろうと思っていると、彼女は少し悲しそうに笑った。


「だってアラン様。一度も笑ったことないよ」

「……」



 そうして歴史に名を残す大きな戦争が始まった。相手は国が二つ手を組んだ同盟軍。数なら絶対に勝てないはずだ。しかし周辺の小さな独立国家を全て巻き込み、超巨大連合軍が既にこの国にはあった。国二つを丸ごと包囲する形だったので、この戦争はこの国が勝利すると皆が確信していた。


「まず半分国民が死んだ。これは戦争に行っていないその地に住む国民たち。井戸は地下で全てつながっているからね。井戸水が毒されればほっといてもいずれみんな死ぬ」


 極めて微量で致死率の高い猛毒だった。おかしいと気づいたときには民は次々と死んでいった。


「残ったのは弱い戦士たち。国に待機していた見習いや普通の戦士たちは、そこら中で起きる爆発によって命を落とした」


 人間が相手だったらまだ勝てる。しかし一体どこで起きるかもわからない爆発に耐えられる人間などいない。

 目の前におかしなものがあれば逃げることもできるが、まさか地面に埋められていて踏みつけたり時間経過とともに爆発が起きるなど誰も思わない。


「大混乱になる兵士を一人ひとり、いろいろな武器で殺した。物陰から、一人になったところを狙って、逃げ回って疲れているもの。国民は、おかしな噂を振りまいてお互い殺し合いでもさせたのかな?」


 次々と人が死んで混乱し、皆が不安になっていた。疑心暗鬼となった者達を操るのはたやすい。勝手に噂話を大きくしていくのだから。

 黒い影は動きを止めて旅人の言葉を静かに聞いている。まるでその時のことを思い返すかのように。


「毒で死んだなんて当時の人はわからないからね。おかしな病が流行ったと大混乱だっただろう。神の怒りだ、とか? そこで自分には薬学があるから任せろと、衰退し始めていた王家にうまく取り入ることができたんだね」


 ふう、っと旅人が影に息を吹きかける。


「ねえ? ロナ」


 彼女は無表情だ。旅人の言葉を静かに聞いている。


「戦争に勝ったって、どうせ次の戦争が生まれるに決まってる。戦争を終わらせるには戦争している国が滅ぶしかない。花や植物を育てて薬学に精通していた、頭の良い君にはそれがよくわかっていた」


 一つの国が滅んだ。それはたった一人の裏切り者によって自国を滅ぼされたと言われている。ただしそれが一体誰なのか長年謎だった。

 当時国を救おうとしていた英雄だという説が濃厚だが、戦争に出ているはずなのに自分の国を滅ぼせるわけは無い。それに各地で戦争の様子は伝えられて、英雄アランは確かに先陣で戦っていたと言われている。影武者、別の英雄をアランに当てはめているだけだという話も多いが。

 一つ確かなのは、この裏切り者は他国から英雄として語り継がれているということだ。戦争を終わらせた、勇気ある英雄。


「少女って言われるとどうしても幼い子供を想像してしまうけど。三十代だったアランから見れば年下の女の子はみんな少女だ。小さな子供が王家に交渉できるわけない。まして槍や剣で人を殺すことなんて」


 ロナは、二十歳前後の女性だ。持っていた白い花を自分の足元に置いた。


「この世に神様なんていないと思ってた。だって誰も救わないから。でもね、確かにそんな存在はいたみたい」


 ロナはつぶやく。足元に生えていた本物の花に触れた途端。花はみるみる枯れて黒い液体が溢れ出し、そのまま黒い水溜まりを作った。


「花が好きだった私はもう花を触ることができない。紙も木からできているからやがて溶けてきてしまうわ。自分で紙を作って花にして植え続ける。そうして最初の頃に埋めた花がどんどん散っていく。それの繰り返し」


 彼女は確かに罰を受けた。神というものがこの世にいるのかどうかなんてわからないが。こうして一人延々と花を作り続けている。自分が殺した、放置された死体の上に花を添えている。


「自分の罪と向き合うためなのかもね」


 数え切れないほどの白い花。どれほどの人が殺されたのか。


「結局この国は戦争に負けた。恐怖で縛り上げた連合軍なんて裏切るに決まってる。全ての国が寝返って、世界中の国とたったひとつのちっぽけな国で戦えば負けるに決まってる」

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