花畑の英雄
aqri
ニセモノの花
その花の数は圧巻と言う他ない。真っ白な花が咲き乱れている。狂い咲き、そんな言葉が似合うほどに。
雪かと思うほどに真っ白な光景は、美しさを越してどこか恐ろしささえ感じてしまいそうだ。美しく、狂気じみたその景色。白の世界に真っ黒な影がせっせと働く。
旅人はそこに近寄って周囲を見渡した。ぎっしりと詰まる花の隙間から見えるのは、石や枯草。花がなければここが荒地だというのはすぐにわかった。地面はところどころくぼみ、爆発があって抉れたのだとわかる。
かつて、戦争があった。戦争は何十年も続き、一体誰が敵で誰を守るために戦っているのか皆が分からなくなったころ。一人の英雄が現れて戦争を終わらせた。
なんてことはない。皆殺しにしただけだ、味方を。
「敵を倒すよりも自国の者を殺す方が手っ取り早い。歴史に残った狂人の名言は、確かにその通りなんだな」
毒で半分殺した。
火薬で残りの半分殺した。
槍で殺した。剣で殺した。鈍器で殺した。
そうして、最後は相手の首を絞めて殺した。最後に殺した相手は国王だ。
この国の為に生きると言ったではないか! 裏切り者め!
王の亡霊が叫ぶ。
私は、私だけは助けて! 戦争をしていたのは兵士よ、私は知らない!
王妃の亡霊が叫ぶ。
「消えろ、今は昼だぞ。魂は夜に彷徨うものだろ」
しっしっ、と手で払うと二人は恨めしそうに睨みつけながら消えた。
せっせと働く黒い影。影がむくっと立ち上がり、両手で花を掲げた。しばらく見つめた後にタタタ、と駆け出して花と花の隙間にぎゅうぎゅうと押し込む。
「変だと思ったらやっぱり作り物か」
触ってみればそれは紙の花だ。地面に凄まじい量の白い紙の花が咲いている。作っては植えて、作っては植えて。一体どのくらい繰り返してきたのか。たった一人で。
「見て、アラン様。キレイでしょう?」
ロナが嬉しそうに花を見せてくれた。花を育てて売り、それで生計を立てているロナ。花を買う者はほぼいない。ただ一人、花を買い続けているのはアランだけ。
「ああ、今日は白い花か。一輪買おう」
「ありがとう」
いつも一輪買ってくれるので、ロナは一番形がきれいな花を選んでくれる。たくさん買うこともできるが、一輪買うように勧めてきたのは他でもないロナだった。金を稼ぐならたくさん買った方がいいと思うのだが。
「あのね。お花って一つ一つがとてもキレイなの。花束もキレイなんだけど。一つのお花もキレイだって気づいて欲しい。ちゃんと見てもらいたいの」
その言葉にアランは花を一輪ずつ買っている。負け知らずの戦士として最近英雄となりつつあるアラン。豪華な花束、部屋を埋め尽くさんばかりの花など何度も見てきた。しかし一つ一つの花をじっくり見た事は、そういえばなかったかもしれない。
なんとなく普段は通らない道を散歩していた時に出会った少女。戯れに花を買っただけなのだが、あまり欲がなくひたむきに生きる姿に心を打たれてこうして通っている。
いつか自分の妹として迎え入れたいとは思っているのだが。なぜかうまく言い出せない。このまま彼女には自由に花を売り続けてほしいという気持ちもあるのだ。
立派な家柄である自分の家に入れてしまったら、政略的な意味合いでの結婚を強いられるに決まっている。
花売りと客という関係を壊したくないというのも正直なところだ。人間関係でこんなに悩んだのは初めてだ。身の回りの奴は使えるか使えないかだけで判断してきた。
人の上に立つというのは、時に非情な選択をしなければいけないこともある。強くあれ、情に揺さぶられるなと父から厳しく躾けられてきたが故だ。
「この国は一体いつから戦争をしているの?」
「俺が産まれる前からだな」
「どうしてそんなに戦うの?」
「戦わなければ滅ぼされてしまう」
「本当に終わるの?」
「終わらせる、俺が」
「戦争が終わったらお花はきれいに咲くかな? 戦いがあるとね、馬車や兵士が通った後はお花が全部散っちゃうの」
ロナの悲しそうな言葉にアランは何も言うことができない。蹴散らしている側だからだ。
彼女はアランを責めているわけではなく、単純に花が散るのが悲しいと言っているだけだ。そこに何の含みもないのはわかっている。後ろめたさを感じるのは、自分の問題だ。
何故ロナと会い続けるのかなんとなくわかった。彼女はまるで鏡のようだ。自問自答を繰り返し、これで正しいはずだと自分に言い訳をして進み続けている己の道。本当にそうなのか、真正面から問いかけてくれる。
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