第2話 はじめての選択
霧が立ちこめる街道を一台の車両がゆっくりと進む。その車両は、外見こそ旧型トラックのようだが、わずかに車体から漏れる青白い光が最新技術の産物であることを示していた。搭載されているのは、戦後の民間需要を満たすために開発された
龍脈から取り出された
「ずいぶん静かだな。音がしないと逆に落ち着かない」
運転席でハンドルを握るギズマが不満げに言う。
循環炉は魔力を吸収し、余剰分を再生利用する仕組みを持つため、かつての反応炉のような高出力や振動音はない。その代わり、燃費に優れ、民間での使用には最適化されている。この車両も、効率重視で作られた最新型だ。
荷台に座るスターダストが無表情な機械音声で応じる。
「この循環炉は魔力変換効率が97%。余剰エネルギーは自動で再利用され燃費効率、静動性に優れる」
「戦場で使ってた反応炉とは大違いだな」
ギズマはため息をついた。
彼がかつて乗り慣れていた車両などの反応炉は、戦場の要求に応えるために高出力を叩き出し、DVFを次々と燃やし尽くしていた。エネルギー効率は二の次で、必要なのは即座のパワーだった。暴走の危険すら伴うその強烈な駆動音は、兵士たちの緊張感を高める同時に、頼りがいのある音でもあった。それに比べ、この循環炉の静かさは、彼には妙に物足りないものに感じられる。
「戦場では静かな駆動音では頼りなく聞こえる」
スターダストはトラックと張り合う様に自らのDVF反応炉を吹かした。背部の排気口から魔力の残滓が噴出され、対照的な赤い発光が車内を照らす。
ギズマは肩をすくめると、前方の遠くに見える街並みに目を向けた。戦争を生き抜いた身として、技術の進歩は歓迎すべきことだと理解している。だが、戦場では反応炉が当たり前だった自分にとって、循環炉はどこかまだ馴染めない存在だった。
「でもまあ、静かに走る車両に乗れるくらい、世の中も落ち着いたってことか」
ギズマが呟くと、スターダストは答えずに俯く。
静寂の中で進む車両の姿が、変わりゆく時代の象徴に思えた。その循環炉の光は、かつての戦争が終わりを迎えたことを暗に告げるように、穏やかに点滅を繰り返していた。
朝霧が徐々に晴れ渡り、廃墟じみた街並みの中に、異質なほど洗練された建物が姿を現した。ヴァルター自治領でも数少ない、戦後の新技術と設計思想を取り入れた建物の一つ――重工業ギルド直営「エンヴェー・テック」の施設だった。白く滑らかな外壁が朝日を反射し、建物全体が魔導ライトによる淡い光に包まれている。その洗練された外観は、この地域の荒廃した風景とは一線を画していた。
ギズマは施設の前に車両を止め下車すると、横に並ぶスターダストに目を向けた。かつての戦争で恐れられた第6世代魔装兵。その巨大な鋼鉄の体躯が、ここでは妙に場違いに見える。
「よし、ここだ」
ギズマは軽く首を振りながら言った。
スターダストは一瞬建物を見上げた後、低い機械音声で応じる。
「……エンヴェー・テック確認。提携先としてデータに登録済。」
「なら安心だな。中に入るぞ。」
二人が施設の自動扉をくぐると、空間全体が近未来的な輝きに満ちていた。床から天井まで純白の仕上げで、壁際には魔導装置が設置され、薄青いホログラムが漂っている。人間、義体化された個体、さらには機械化の進んだ存在までもが受付や各ブースで相談をしている姿が見えた。
「おはようございます」
カウンターに立つ女性の声が柔らかく響く。彼女は整った制服をまとい、人工的な虹色の瞳が印象的だった。義体化された職員であることは明らかだったが、その所作や表情には人間らしい温かみがあった。
「予約しているギズマ・セクトと、……仮称MA-34スターダスト君だ。」
ギズマは短く名乗り、タブレットを提示した。職員は内容を確認すると、微笑みを浮かべた。魔装兵の型番で呼ばれる同行者を見ても欠片も動揺を示さない。よく教育された職員だった、あるいはよく造られたフェイスパーツか。
「お待ちしておりました。担当の技術者がご案内いたします。どうぞこちらへ」
ギズマとスターダストは案内されながら広々とした展示ルームへと足を踏み入れた。そこには、壁一面に義体のサンプルがずらりと並んでいた。義体化の程度や用途に応じて分類されたディスプレイには、近代的な人型義体から、かつての魔装兵モデルに基づいたものまで多岐にわたるオプションが示されている。
「すごいな」
ギズマは思わず呟いた。かつて彼が見た義体工場とは比べものにならない洗練ぶりだ。技術はここまで進化していたのかと、感嘆と皮肉が混じった感情が胸をよぎる。
「こちらが現在の標準モデルです」
担当技術者の青年が、中央に配置された人型義体のサンプルを指差した。スリムで均整の取れたデザインが特徴的だ。
「日常生活向けに設計された軽量型で、最近のトレンドでも燃費に優れたDVF循環炉を搭載しており操作性とエネルギー効率のバランスに優れています」
「俺にはいいだろうな」
ギズマは義体の詳細を確認しながら頷く。
「でもこいつにはどうだ?」
視線を隣のスターダストに移すと、技術者は少し困惑した表情を見せた。
「確かに、第6世代用に調整された生体コンポーネントに標準型は少し容量不足かもしれません」
他に選択肢はとギズマが尋ねると技術者は手元のタブレットを操作し、別のモデルを提示する。
「こちらは旧世代の魔装兵モデルを基にした強化型義体です。重装甲を残しつつも、日常動作用に軽量化されています。動力は魔装兵MA-34と同じくDVF反応炉デュアルコアタイプを採用しており、負荷の高い動作にも耐えられます」
「なるほど」
ギズマは顎に手を当てて考え込む。
「スターダスト、お前が選べ」
スターダストの目にあたる光が一瞬揺らめく。
「……選ぶ、という行為に慣れていない」
ギズマは苦笑を漏らした。
「慣れるんだよ。それが普通だ」
スターダストは職員の持つタブレットを操作し様々なモデルを見るが、どうにも納得のいく物は見つからない様だった。リストの最後まで確認し、職員にタブレットを返す。そのまま、彼は展示室に並べられた義体を一つ一つ眺めながら歩き始めた。
やがて、一つの義体の前で立ち止まる。
「これにする」
スターダストが指差したのは、限りなく生身の人間に近い義体モデルだった。柔らかな肌の質感、微細な筋肉の動き、そして自然な呼吸の動作まで再現されたその義体は、展示室の中でもひと際目を引いていた。
表示には
「えっと……」
案内役の技術者が、冷や汗をかきながら価格表を確認する。
「最高級モデルのHL-1000、人間互換型です。神経接続を完全模倣しており、生体感覚は実際の肉体とほぼ同じ。遺伝子情報から本来の肉体の外見を完全に再現、またはカスタムすることが可能です。ただ……その……かなり高価でして……」
技術者はためらいがちに金額を提示した。そこに書かれていた数字は、ギズマの目にも明らかに異常なものだった。
「冗談だろ。これ、戦闘兵器でもついてくるのか?」
ギズマは額に手を当てた。スターダストが選んだ義体は、単なる高性能という枠を超え、戦時中の特注品にも引けを取らない最新技術の結晶だった。義体自体が生体機能を完全に模倣しており、人間と見分けがつかないどころか、むしろそれを超越しているという触れ込みだった。
「この義体は本来、特殊外交任務や高位指揮官のために設計されたものです。非常に高度な魔力制御システムを内蔵しており、肉体的な負担を最小限に抑えることが可能です。ただ……コスト面では、一般向けとは到底言えません。」
スターダストは、ギズマの視線を無視して義体を凝視し続けていた。その鋼鉄の身体からは、どこか不安定な感情が感じ取れる。
「これが……人間だ」
魔装兵MA-34の鋼鉄の体を兵器とするなら、たしかにこの義体は人間と言えるだろう。
スターダストはじっと、義体を凝視し続けていたがギズマや技術者のなんとも言えない雰囲気を感じ取ったのか、諦めたように他の義体に視線を移した。
「……訂正。再度義体の選定に移る」
また別の義体を探そうとしたスターダストをギズマが引き留める。
「他のは機械感が強すぎる。人らしく生きたいなら形から入るのは悪くない」
ギズマは目の前の義体を見つめながら、静かに答えた。
「君にはこれが必要だ」
中古車を買いに来たと思っていた客が、高級車に乗って帰りたいと言い出した。店からすればまたとない機会だ、これ幸いとHL-1000のスペックをタブレットに表示する。
「素晴らしい選択です!表皮はバイオニックスキン、骨格は高密度チタニウムとセラミックの合金素材で造られており機関部も最新のDVF循環炉を搭載、7日に一度の給油で全力稼働を維持できます!」
タブレットのオプションプランの、生来の遺伝子情報を再現する物にだけチェックを入れる。更に跳ね上がった値段には気づかないふりをした。
義体の購入契約書にサインを入れる。その後、領収書を手にした彼は苦笑いを浮かべた。
「さて、これを持って経理部に行くとするか。きっと大騒ぎになるぞ」
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