第2話 新たなる門出

「昨日の騎士は追い出したよ」


 翌朝、お父様が朝食の席で事も無げに言った。


 お父様は15年以上、私に仕え続けていた騎士を追い出したというのに彼に対してなんの感情もなかった。


「フィデリオンを追い出したのですか?」


「ああ。どうしたんだい。レナ淑女の部屋で泣くような無礼を働いたんだ殺していないだけ温情というものだろう」


 まるで褒めてくれというように言う。昨日の彼を見ていなかったら、特に何も思う事なく「」と言って忘れる事ができた。


 けれど、今の自分にフィデリオンを追い出されて正気でいる事ができなかった。親バカも私への愛だと分かっていたから嬉しかった。けど、この時の私は無性に腹が立った。


 はじめてかもしれない。こんなに腹が立ったのは。


「どうして!どうしてお父様は私に許可なく勝手に行動を起こすのですか!!」


 別にお父様は私の許可なんて必要ない。それでも言わずにはいられなかった。お父様ははじめての私の怒りに分かりやすく狼狽えている。


 ――バァァァン


「公爵様、レナ様お逃げください!!」


 突如、開かれた扉から血相を変えて執事が部屋に許可なく入ってくる。お父様はまだ私が怒鳴ったショックからかえってきていない。


「何があったのか説明しなさい」


 お父様の代わりに私が毅然とした態度で問うた。


「カイル殿下の私兵が大勢で迫ってきております。王家の紋章入りの強制召喚状を持って――」


 殿下はクレマチス公爵家を潰す気みたいだ。抵抗しようものなら兵が武器を抜いて雪崩込んでくるだろう。


 「フィデリオン卿が今、食い止めています。早く!!」


 それだけ言うと執事は部屋を飛び出していった。しばらくすると喧騒が部屋に近づいてくる。


「殿下の思し召しだとしても陛下の認可なしにこのようなことをして──」


 復活したお父様に手を引っ張られて、隠し通路を引きずられる。お父様が追い出したはずのフィデリオンの声、逃げたと思った執事の怒鳴り声が聞こえる。他にもたくさんの人の声が。


 ――こんなに大切にされていたんだな


 今、こんな時に思うような事じゃないけど、そう思った。彼らのおかげで恐怖はあまり感じない。


 人の目につかないように裏通りや雑木林の中に身を隠す。一緒に逃げていた使用人たちが街で買ってきたものを食べて生き繋ぐ。


 ――あの騒ぎから三日後

 私とお父様が処刑されたと噂が流れ始めた。


 小さな不正で処刑だなんておかしいでしょう。

 ――狂っている


 娘狂い以外何の落ち度もない貴族にしては珍しい我が家を潰した。こんなに不正の少ない貴族家はそうないのに。

 

 もう殿下に心から忠誠を誓う貴族は居なくなるだろう。



――噂が流れてから二日後


「公爵閣下、アズレオス・フィデリオン迎えにあがりました。」


 全身ローブに包んだ彼が私とお父様の前に傅く。その時捲れたローブの隙間から拷問を受けた跡が見受けられた。


 ――どうしてこんなにも尽くしてくれるのですか?

 お父様に追い出されたのに尽くしてくれる彼が分からない。嬉しいけど素直に喜べない。私たちに仕える価値はありませんよ。


 彼はお父様からお褒めの言葉をもらうと古びた管理のできていない貴族邸に案内した。そこには公爵家で雇っていた身近な人たちが外見とは裏腹に綺麗に整えられたエントランスで私たちを迎え、無事を喜んでくれる。


 公爵家で働いていた人たちが権力を失ったクレマチス家私たちを支えてくれる。それだけで、質素なこの生活も特別なもののように感じる。

 今までの何不自由ない生活より、人から愛されて支えられながら過ごす今の方が充実していて心が温かい。


 この生活が二週間くらい続いた日、フィデリオンが元の生活に少し戻れるようになったと私たちに告げた。


 殿下の暴走は隣国カスタルクから帰ってきた国王の怒りに触れ、王太子の身分を剥奪され、ロータス公爵として封爵された。

 

 フィデリオンは侯爵家から勘当され、元々与えられていたヴァルモア伯爵になった。私たちは彼が国王に生存を伝え、国が公爵が抜けた事で荒れるのを恐れた国王陛下がお父様を名誉伯爵公爵の名を冠する伯爵に封じられた。


 そう伝える彼は完全に元に戻す事ができなかった自身を恥じているようだった。それでも、またクレマチス家が貴族に戻ることを自分たちのことのように喜び、お父様も久しぶりに上機嫌に笑っていた。


 しょうがない。クレマチス公爵家は影響力が強すぎた。殿下と私の婚約は王家をクレマチス公爵家が乗っ取ろうとしているという噂が聞こえてくるくらい。




――国王陛下から爵位を授与された夜


 お父様は今、新しく名誉伯爵邸で上機嫌でクレマチス家のために働いた臣下に褒美を取らせている。皆の顔は喜色に染まり、振る舞われる食事と酒を楽しんでいる。今回の一番の功労者、彼の出番が回ってきた。


ヴァルモアフィデリオン、今回の働き誠に大義であった。好きな褒美を与えよう」


アズレオスが静かに言った。『レナ様を一生お守りする栄誉を、与えていただけますか』


 騒がしかった名誉伯爵邸が時が止まったように静まり返った。誰もがお父様の返答に注目している。


 「レナ……、レナが答えなさい」


 今までのお父様だったら私に答えさせる事もなく断っていただろう。今もプルプルと耐えるように震えている。今すぐにでも追い出したいというように。


 アズレオスを追い出して私に怒られたことで私の意見を聞いてくれるみたいだった。それがとても嬉しい。それでもお父様の望む返答を返すことが私にはできない。


 アズレオスの求婚が苦しいほど嬉しいの。

 ごめんなさい。――お父様


「有り難く受け入れようと思います」


 お父様は項垂れ、会場は湧いた。


 アズレオスは深く頭を下げ、私を見守るその目には、変わらぬ忠誠と愛情が宿っていた。私は殿下に心を踏み躙られた。それでも、新たな道を心から愛する人と第一歩を踏み出すことができたのだと、心から思えた。

 

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愛されてたはずの婚約者から捨てられた私が真実の愛を見つけるまで コウノトリ @hishutoria

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