愛されてたはずの婚約者から捨てられた私が真実の愛を見つけるまで
コウノトリ
第1話 愛されてたはずなのに
「レナ、悪いが婚約破棄させてもらう」
カイル殿下の声が王宮の白亜の壁に金細工が施された広間に重々しく響いた。
窓から差し込む冬の日差しが冷たく、私はその光が床に描く影をぼんやりと見つめた。
広間は妙に静まり返って、その場にいたクレマチス側の侍女や騎士たちは皆、言葉を失っている。
「ドウシテデスカ……?」
「私が言いたいよ。セリスとの婚約を破棄して婚約を結び直したのに君の家は不正を働いていたようだ、そのような家と婚約を結んでしまったとは恥だよホントに。」
カイル殿下は昨日まで私のことを愛らしいと言ってくれたのに。セリスと結婚するより、私の家の方が家格も良いし、国を強固にする上では最善なのに。
分からない。カイルがいきなりこんなことを言う意図が分からないよ。
試されてる?
ドッキリかな?巷ではサプライズが流行っているっていうし。
セリスから私と婚約するって言うからわざわざ努力したんだよ。努力したくなかったし、しなくてもなんとかなる程、クレマチス公爵家は大きいからする予定もなかったのに。
広間にいた誰もが私を見ていたが、誰も動こうとはしなかった。ただ、騎士の一人が「失礼します」と言って私を抱き起こし、広間から追い出すように連れ出した。その道中の記憶は曖昧だった。
「フィデリオンはいるかしら」
侍女が部屋の前で警護をしてくれている青髪の騎士を呼びにいくとすぐに戸から心配そうな顔を覗かせた。フィデリオンは親バカなお父様が一生私をまもれるようにつけてくれた一歳年上のなんか全体的に凄い騎士。
「ねえ、私ってカイル殿下と婚約破棄になったの?」
彼は唇を噛み締めて黙っている。つまりそう言うことだろう。
「そう、私は捨てら――」
「そんなこと言わないでください」
突然の大声に驚いた。普段は温厚な彼が、こんなにも感情を剥き出しにするのを初めて見た。
彼の瞳には怒りが宿り、その怒りがカイル殿下に向けられていることが、私にはわかった。
「私の声がさ、心から好きだって言ってくれたのは殿下だけだったんだよ」
友人が陰で私の声が甘ったるくて気持ち悪い。媚び売ってはしたない。とか言われて落ち込んでいる時だった。
しょうがないじゃない。そんな声なんだから。
「声が可愛らしいね」という返事に「いいセンスしてますね」って煽るように返したのに他の男と違って殿下は「本当に好きな声なんだ」って言ってたのにな。
「失礼します」
そう言って暖かい毛布をかけられる。優しいんだね、フィデリオンは。今も私のために怒ってくれて、涙を拭いてくれる。ああ、自分泣いてるんだな。
殿下が姦通していることになるのを知っていても会っていたんだもんな。セリスは私から見ても完璧で届かない存在だったからセリスより私を選んでくれてちょっと調子に乗ってた。
「ねえ、どうして私は嫌われたの?」
大きな貴族は一つや二つ不正行為なんてしているものなのに。むしろクレマチス公爵家よりセリスのホオズキ侯爵家の方が不正してるって噂を聞くのに。
「本当にお知りになりたいですか?」
彼の目が鋭くなった。分かる。彼は心配してくれているんだ。目を鋭くして威圧して「やっぱりいいです」って言わせるために。
きっと碌でもない理由なのだろう。それでも知りたい。知らないと私は前に進めないから。そんなに嫌そうな顔をしないでよ。
「フィデリオン、真実を伝えなさい。命令です」
観念したようにゆっくりとできるだけ私が傷つかないように言葉を選びながら彼の口が事実を紡ぐ。
碌でもない。本当に碌でもない理由だった。
お父様のことが頭をよぎる。私を産んで母が亡くなってからのお父様は私に母に向けられていた愛情が向くようになったらしい。その溺愛ぶりは異常だった。私が欲しいと口にしたものはすべてを与え、あらゆる危険から私を守り続けてくれた。もう失わないというように。
今回の婚約も、「レナが幸せになるため」と称して主導していたのだ。
でも、そのためにセリスを盗賊に襲わせるなど、常軌を逸している。
この時点で頭が痛い。そもそも、私が本当にカイル殿下が好きかどうかを確認とれよ。――好きだったけど。
ここからはカイル殿下の所にいた密偵からの報告らしい。
カイル殿下がセリスをお父様から守ろうと私と仲良くすることにして、セリスとは不仲を演じることでお父様を出し抜こうとしたみたい。それで、今日まで殿下は私と仲良くしていたと。
そうか……、お互い好いていると思っていたけど、向こうは全く気がなかったんだ。優しいんじゃなくて優しくさせてただけ。私に言ってくれた言葉も全部、嘘かな……。
「ちょっと一人にして」
「それはできません」
「一人にしてよ」
「そんな顔をしたレナ様を一人にできるわけがないでしょう」
「もう、何よ。なんなのよあなたは」
どうして、あなたがそんなに傷ついた悲しい顔をしているの。これじゃどっちが泣いているのか分からないじゃない。いつもの模範的な騎士の彼はここにいない。
「レナ様は
彼の優しい怒りが続く。ああ、なんだか目の前に目と顔を真っ赤にして怒って泣いてくれる人がいると悲しいのもなんだかよく分からなくなってきた。
「どうして、あなたが泣くのよ」
悲しいはずなのに嬉しくて笑いが
それに気づかなかった私が少し恥ずかしい。
お父様が帰って、フィデリオンを私の部屋から追い出すまで、私は彼を静かに見守っていた。彼の優しい怒りが傷ついた心の奥に沁みていく。――殿下のことをあいつはマズいよ。
彼が連れて行かれた後、ベッドの中で暖かい気持ちに包まれた。
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