第4話 人工知能

「なんかさ、最近レポートを書いてくれるAIが現れたらしいよ」


 夕食後。

ソファで寝そべっていた浩二の横に里香がドスンと腰掛け、そんなことを口にした。


 浩二もその話は知っていた。なんでもそのAIに質問するとかなり的確な答えが返ってくるそうだ。周りでも使ってみた人はちらほらいて、浩二も使ってみたいと思っていた。 


「人工知能の進化が止まらないよねー。一体これからどうなっていくんだろうね」


 本当にその通りである。浩二は顎に手をあてて考える。


「人工知能を搭載したロボットが人間みたいに生きる世界がくるのかもなあ」

「それはまるでアニメみたいだね」


 たしかにそうだと浩二は思う。

 幼い頃、サイボーグやアンドロイドが人間と共存する作品が好きだった。ただ、それはあくまでフィクションの世界の創造物であり、そんな存在が登場する世の中になるのはまだまだ先のことだろうと思っていた。


 だが、そうでもないのかもしれない。いまの浩二から見て、そんな時代はもう目と鼻の先のように思えてしまうのである。


「里香はどうなると思う?」


 里香はその問いに顎に手をあて考え込む。


「そうだなあ。私は人工知能の強みは情報量の蓄積だと思うんだよね。だから、その人の特徴から最適な進路とか結婚相手とかいろいろなものを提案するようになるんじゃないかなって思うよ。まあいまでもあるんだけど、その精度が格段に向上するんじゃないかな」


 浩二はそれになるほどと頷く。たしかにそうなっていく可能性は十分考えられる。


「しかし、そうなると人工知能の言われるがままに行動する人間も現れそうだな。それはかなり怖いな」

「そうだね。まるで人工知能の奴隷みたいになっちゃうってことだもんね。まあでもいまもスマホに依存しててまるでスマホに操られている人もけっこういるよね」

「ああ、たしかに。そう考えると、ものは違えどすでにその兆候は現れているってことか」


 最近電車の中を見渡すとほとんどの人が画面に釘付けになっている。

 なにが怖いかといえば、おそらくその本人たちに自覚症状がほとんどないということだろう。まるで飼い慣らされたペットみたいになってしまっているのである。


「恐ろしい世の中になっていくんだねー」


 里香はしみじみとそう呟く。しかし、どんなことにもデメリットがあり、メリットがある。


「そうでもないさ。それを上手く使いこなせば、人工知能が結婚に最適な相手を紹介していくれるわけだしな」


 浩二はふっと不適な笑みを浮かべる。


「いやあ、どうだろうねえ。紹介できる相手はいません、ってなるかもよ」

「それ、ひどすぎだろ。ショックで立ち直れないよ」


 普通の出会いで上手くいかなければ別の人を探そうとなるだろう。


 しかし、人工知能ということは、全ての女性を網羅しているわけである。その前提がある中で紹介できる相手はいませんと言われたら、もう相手を探す気力を完全に奪われてしまいそうである。


「まあ、頑張ってください」

「はい、頑張ります」


 娘の敬語での応援に、浩二はなぜか敬語で答える。それから顔を合わせて笑う。


 ひとしきり笑い、ソファーから立ち上がったところで浩二はふと最初の会話を思い出す。


「ああ、そうだ。レポートはちゃんと自分の力で書くんだぞ」

「もちろんそうするよ。まあでも歴史学は、こと卒論なんかになると、まだ誰も利用してない史料を使ったりもするからさ。そもそも人工知能には書けそうにないんだけどね」


 里香は天井を仰ぎ、あーと疲れたような声を発した。


 その姿は、残業中の社会人がときおり見せる姿と類似していて、少し悲しくなる。


「まあ、なんだ。頑張ってくれ」

「うーん。昔の史料を読んで訳してくれて、その上先行研究の動向をもとに論文を書き上げてくれる人工知能を開発すればもっと楽なんだけどなあ」

「それが完成するのは一体何年後になることやら」


 そんな浩二の最もな指摘に里香はうーと頭を抱えるのであった。

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二人暮らし 緋色ザキ @tennensui241

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