馬とチキン

柿月籠野(カキヅキコモノ)

第1話 譲れ! 責任者チェア!

 すこやかショッピングパーク――通称『すこパー』。

 とある町にある、そこそこ大きなそのショッピングセンターには、『うまチキお助け隊』なる、半分冗談のような部隊が存在する。


 彼らの使命は、困っているお客様――ではなく、困っている従業員を助けること。

 そして、配線むき出しの薄暗いバックヤードの最上階、四階のすみっこに設置されている『うまチキお助け隊・ちっぽけ事務所』――。

 そこには今日も、てきぱきと従業員たちの困り事を解決する――のではなく、ぐだぐだとやりたくない仕事を押し付け合う、たった二人のお助け隊員の姿があった。


「座っていいよ」

「お前が座れよ」

「いいよ、僕つかれてないし」

「俺だって疲れてねえし」

「疲れてないなら座ったらいいじゃない。だって、責任の大きな責任者の席だもん。疲れてない人じゃないとつとまらないよ」

「ならお前だって疲れてねえんだろうが」

「僕そんなこと言ってないよ」


 ――うまチキお助け隊の二名の隊員――瓜生うりゅう真人まひと明智あけち金時きんときが見苦しく押し付け合っているのは、これから依頼される仕事の責任者が座る、壊れていない方のパイプ椅子である。


『うまチキお助け隊・ちっぽけ事務所』にはパイプ椅子が三つあるが、そのうち壊れていないものは二つ。

 一つはもちろん来客用。もう一つがお助け隊の責任者用で、もう一つは――。


「あー、そうだ。あの椅子が、もしかしたら時間の経過によって、勝手に直ってるかも。自己犠牲の精神を持った僕が、座って確認しなくっちゃ」

 真人はそう言って、座面すらない『パイプ椅子』ならぬ『ただのパイプ』に腰掛けようとするが――。

 真人の尻は、床に落下することはなかった。


「おーっとっとぉ」

 真人の下で、小狡こずるい引き笑いが響く。

「この明智金時様が、大事な相棒にそんな真似まねをさせることなんざ、できるわけねえだろうが。俺はお前に、安全な椅子に座ってほしいんだ。それなのになぜ、お前は、この俺様の親切を断るかねえ?」

 ――金時が即座に真人の下に差し入れた責任者チェアにれる寸前で、真人はその気配を察知し、尻を止めたのだ。


 ……まずはドロー。

 しかし、二人はめげない。

 責任者のサポート役何もしなくていい人用のただのパイプを、今回こそ絶対にゲットしなくてはならないのだ。


「あらあら金時様」

 真人は、両手を上げてくるくると優雅に舞い踊りながら、責任者チェアから距離を取る。

「そんな重たい高級チェアァをお持ちになりたてまつりあそばされて、本当に心からとっても大層たっぷりお疲れなのではなくってかしら?」


「ふん」

 金時は鼻を鳴らすと、責任者チェアを再び持ち上げて、ちっぽけ事務所の中を逃げ回る真人の後を、速足でぴたりとついていく。――しかし、その注意はただのパイプかららさず、金時は真人を追跡しつつも、真人がただのパイプに近付こうとするたびに、転んだふりをするなどの力業ちからわざで、真人を遠ざける。

「あなた様、瓜生真人様に御椅子おいすをご用意して差し上げるのが小生しょうせい、真人様の下僕げぼくであるわたくしめの生涯の唯一のほまれなのでございますのですよ。ですから、わたくしめがこのすんばらしい御椅子を、こうして瓜生真人様に差し出せるようにお持ちいたしましたその時が、わたくしめの下僕としての運命が決定付けられた、やんごとなきすんばらしい清水しみずの湧き出るような喜びの数億倍もの慶喜けいきの瞬間でございましてでありますのでございます」


 ――いつもの通り、らちが明かない。

 こうなれば、いつもの通り。


「座れ!」

「テメェが座れ!」

 真人と金時はみ合い、押し合い、シンプルに物理的なパワーで相手を責任者チェアに座らせようとする段階に入る。

 こうなれば、いつもの通り。


「その元気を問題解決に使え」

 すこやかショッピングパークの嘱託しょくたく警備員けいびいん伊藤いとう諭道つぐみちが、薄くなってきた頭にくたびれた制帽を被り直しながら、やれやれといった顔で入ってくる。


「こんな小さい事務所なんだから、責任者もなにもない。二人でやればいいと言ってるだろうが」

「「いやだ!」」

 二人でやると、『何もしなくていい人』がいなくなってしまうではないか。

 真人も金時も、何もせずに一日を終えて、早く帰って大好きなカンノちゃんが出演しているドラマをたいのだ。

 ――それにしても、こういう時だけは、真人と金時の息が合う。

 二人は同時に反対の意を表明したのちそろって伊藤の方を見た。


「ほら、依頼人だ」

 伊藤は大きな溜息ためいききつつ、丁寧に手を差し出して、扉の前に立つ人物を紹介する。

 その人物は、あまりに見苦しい真人と金時のいさかいに、眉をひそめていたが――。

「……あれ?」

 振り返った伊藤は、首をかしげる。

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馬とチキン 柿月籠野(カキヅキコモノ) @komo_yukihara

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