第3話
「お疲れさまです」
「あ……。
ありがとうございます」
閉店作業が終わり、疲れ切って近くの花壇の縁に座っていたら、夏目課長がミルクティのペットボトルを差し出してくる。
それをありがたく受け取った。
「怒濤の一日でしたね……」
もらったミルクティを飲みながら、ぼーっときらびやかなイルミネーションを見上げる。
「そうですね……」
隣に座り、缶コーヒーを飲む課長の口からも、疲労の濃いため息が吐き出される。
「夏目課長はこれが明日もですか」
「そう、なんですよね……」
虚ろな目をした彼は、はははっと自嘲気味に笑った。
「明日も頑張る僕に、ご褒美をくださいってわけじゃないんですが」
缶コーヒーを飲み終わった彼が、私の手を取る。
近くのゴミ箱に空き缶とペットボトルを捨て、そのまま課長はイルミネーションの中で舞台のように開けた場所へと私を連れてきた。
「遅い時間であまり人がいないので、よかったです」
そこは告白などの格好のスポットになっているのは知っていた。
こんなところに私を連れてきて、なにを?
「メリークリスマス」
私の手を取り、夏目課長がラッピングされた小箱をのせる。
「ええっーと、夏目課長?
これは……?」
「今日、頑張ってくれた柊木さんにご褒美です」
期待を込めた目で、課長は眼鏡の奥から私を見ている。
「その。
……開けても、いいですか?」
曖昧に笑い、求められているだろう台詞を言う。
「はい」
了承の返事をもらい、気圧され気味にラッピングを丁寧に剥いだ。
出てきた小箱を開けたら、一粒ダイヤのトップが付いたネックレスが入っていて、ますます困惑した。
「……こんなもの、もらえません」
箱をそのまま課長へと突き返す。
しかしそれはこちらへと押し返された。
「彼氏がいるから、ですか」
「それは……」
はい、と断言できない、今の自分が憎い。
それにわかっているなら、こんなもの渡さないでほしかった。
「他の女と浮気するような男が、彼氏ですか」
課長の言葉につい、反応してしまう。
こわごわ見上げると、目のあった課長は知っていると頷いた。
「昨日、あそこに僕もいたんです。
柊木さんが女性連れの男性と言い争っていたのも知っています」
……あれを、夏目課長に見られた。
羞恥でカッと頬に熱が走る。
「だから今日、他に出てきてくれる人が見つかったのでと桜川さんを断り、柊木さんを呼びました。
どうしても柊木さんを彼氏さんと会わせたくなかったんです」
嘘をついて私に休日出勤させ、彼氏に会わせたくなかったなんて、課長はいったいなにを言っているのだろう。
「僕はね、柊木さん」
押し問答になっていた箱の中からネックレスを課長が取り出す。
近づいてきた彼を黙って見ていた。
彼の両手が私の背後に回り、離れたときには胸もとに小さなダイヤが落ちてきた。
「人の頼みを断れない、優しい柊木さんが好きなんです」
視線を絡ませられ、目は少しも逸らせない。
レンズ越しに妖艶に光る瞳を魅入られたかのように見ていた。
「もう、こうやって、首輪を着けましたからね。
これで聖花は僕のものです」
軽く課長の指先がダイヤを揺らす。
首輪?
僕のもの?
さっきから課長の言葉の意味がまったく理解できない。
「携帯、出してもらえますか?」
「あっ、はい……」
操られるかのように鞄の中から携帯を出す。
画面にはメッセージが届いていると表示されていた。
「ロック、解除して」
「……はい」
言われるがままに携帯のロックを解除する。
「じゃあ、彼氏をブロックして」
「……え?」
言われた意味がわからず、課長の顔を見上げた。
「……できません、そんなの」
まだ、彼と別れたいわけじゃない。
まだどこかで、あれは本当に私の誤解なんじゃないかと思っていた。
「他の女性と腕を組んで歩くような男が、聖花を幸せにできると思っているのですか」
「それは……」
彼の浮気はこの一回だけだったんだろうか。
それにしてはあの女性は、会社の後輩なんかの域を超えて親しげだった。
「詫びる前に言い訳するような男が、誠実だとでも思っているのですか」
夏目課長の言うとおりだ、昨日、一番に彼が口にするべきだったのは謝罪の言葉だった。
なのに言い訳して、嘘をついて。
「浮気をする男は、懲りずに何度だって浮気をしますよ。
僕なら絶対に浮気をしないと誓いますし、聖花を幸せにします。
だから、彼氏をブロックして、縁を切ってしまいなさい」
動揺する私に課長が畳みかけてくる。
課長の言葉に間違いはない。
あの人はあきらかに浮気しているのに私に詫びず、言い訳をして嘘をつき、さらに機嫌を取って誤魔化そうとした。
きっと結婚したあともそうやって悪びれることなく浮気をするのだろう。
あの人と結婚しても私は幸せになれない。
彼氏とのトークルームを開く。
そこには仕事なら仕方ないが、キャンセル料がもったいないので友達と行くとあった。
それを見て、すっと頭の芯が冷えた。
友達とは昨日のあの女性では?
迷いなく、彼氏をブロックする。
「……ブロック、しました」
「よくできました」
課長は口角をつり上げてにっこりと笑ったけれど、それはどこか作り物めいて見えた。
「これで聖花は、僕のものです」
ゆっくりと傾きながら課長の顔が近づいてきて、眼鏡の向こうで瞼が閉じられる。
つられるように私も、目を閉じた。
次の瞬間、柔らかいものが私の唇に触れて離れる。
「絶対に離しませんから、覚悟しておいてください」
私の頬に触れ、目尻を下げて眩しそうに夏目課長が私を見ている。
その幸せそうな顔に、顔が熱を持っていく。
「あの、でも、私は課長と付き合うと承知したわけでは……」
「今、キスしておいてなにを言っているのですか?」
「うっ」
それはそうだけれど、あれはそういう空気だったからというか。
私を促し、駐車場へと向かう彼をちらり。
……もしかして、課長がサンタクロース?
最悪な気分で迎えたクリスマスイブだったけれど、上機嫌になっている自分がいる。
それに、尊敬する夏目課長と付き合えるのは、嬉しい気がしていた。
――後日。
もらったネックレスはガチで首輪だったと知る。
【終】
サンタクロースに執着されました 霧内杳@めがじょ @kiriuti-haruka
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