第2話
翌朝早く、電話の着信で起こされた。
重い頭で画面を見て、ため息をついて出る。
「……はい」
『
休みの日に朝からすみません』
「いえ……」
電話の相手は上司である、夏目課長だった。
『今日、イベント予定だった
ほんっっっとに悪いんですが、柊木さん、代わりに出てこれませんか?』
「え……」
課長のいうイベントとは、昨日の駅前広場とはまた別の場所でおこなわれているクリスマスマーケットのことだ。
私の勤める会社はそこで、ドイツ直輸入のクリスマスオーナメントの店を出していた。
店番の人間は持ち回りで、今日は夏目課長と桜川さんの番だ。
課長はクリスマスに仕事をしたいヤツなんていないだろうと上司らしく引き受けてくれたし、桜川さんも旦那とのクリスマスは明日でいいとイブの当番を引き受けてくれた。
しかし、熱が出たとなれば仕方ない。
仕事、しかも尊敬する上司の頼みとなれば断れるわけがない。
それにこれって、彼氏とのデートをキャンセルする口実にならないだろうか。
あんなことがあったあとだ、無視して行かないのがいいのはわかっている。
しかし、待っていると言われたら断れないのが私なのだ。
でも、仕事だったら?
「わかりました、行きます。
とりあえず会社に行ったらいいですか?」
『恩に着ます!
ありがとう、柊木さん。
じゃあ、会社で待ってますね』
「はい、わかりました」
話を終えて電話を切った。
これで、彼氏と顔をあわせないでいい。
クリスマスイブの休日出勤にこんなに感謝する日が来るなんて、誰が思うだろう?
準備をしてマンションを出る。
電車の中で彼氏に、仕事が入ったからいけないとメッセージを送った。
「ほんっっっとにすみません、柊木さん!」
出社したら先に来ていた夏目課長に拝まれた。
私より三つ年上の二十八歳、軽くパーマのかかったミドルヘアを七三分けにし、べっ甲調のボストン眼鏡をかける彼は、優しげなイケメンだ。
そんな彼に拝まれて、悪い気はしない。
「いえ、かまいませんから」
準備をして車で一緒に会社を出る。
「その。
……彼氏さんとか、よかったんですか?」
運転しながらちらりと、夏目課長が眼鏡の奥から私をうかがう。
「いいんです、もう」
今日はプロポーズされるかも、なんてうきうきしていた。
それが、こんな最悪な事態になるなんて想像もしない。
「あの。
……元気出して、くださいね。
なにがあったか知りませんが」
私の声が沈んでいたからか、控えめに課長が慰めてくれる。
私に彼氏がいるのは部署の人間のほとんどが知っているし、そんな私が今日の仕事を引き受けたのだ、だいたいの事情は察しているのかもしれない。
「ありがとうございます。
大丈夫ですから」
課長に空元気でもいいので、笑って返す。
今はなにも考えない。
今日は仕事に没頭しよう。
クリスマスマーケットは……恐ろしく忙しかった。
「二千四百円になります。
電子決済ですか?
では、こちらにお願いします」
「こちらですか?
こちらはドイツのメーカーから直輸入したもので、国内で販売しているのはここだけになります」
次々にやってくるお客様を課長とふたりで捌く。
閉店時間が近づいた頃には、笑顔のまま顔が固まっていないか心配になるほどだ。
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